七不思議 魔の十三階段

 そして階段の果て、屋上へと続く扉の前、【魔の十三階段】遠見昇はそこにいた。

 一方で有真は気を失って掃除用具入れにもたれ掛かっており、遠見をどうにかしなければその状態を確認するのは難しそうであった。

「来てくれたんですね、七白さん」

「ああ、来てやったぞ。お前を止めにな」

 それを聞いて、遠見は悲しそうに微笑む。

「やっぱり、僕の願いはわかってもらえないんですね」

「正直にいえば、お前の意志や考えはわからないわけでもない。気に食わない世界なんて塗り潰して、届かない扉そのものをぶち壊したい。ああ、わかる。……だが、知ったこっちゃない」

 そう言い切ってやる。

 遠見のための言葉で、俺自身にも向けた言葉だ。

「遠見よ。俺はな、俺のしたいことをするためにここに来たんだ」

「なんですか、七白さんのしたいことって。それは僕の願いと両立できないんですか?」

 この期に及んで遠見は俺に期待しているらしい。

 まったく、世界を塗り潰そうというのに、甘いことだ。

「ああ、残念だが無理だ。まったく正反対だ。なにしろ俺のしたいことっていうのは『世界を守ること』なんでな。だから悪いが、お前の願いは阻止させてもらう」

「そうですか……」

 さすがに俺に対して言葉を続けるのは諦めたらしい。

 遠見は視線を俺の後ろにいるミラに向ける。

 そういえば一応は協力関係にあったんだったか、こいつらは。

 だが断言してもいいが、この【鏡に映る少女】は絶対ロクな事を言わないぞ。

「ミラさん、七白さんを説得してくれるんじゃなかったんですか?」

 そんなことを頼んでいたのか。

 まあ、遠見らしいといえば遠見らしい。

 しかし説得とは、このミラという存在に最も縁遠い言葉ではないか。

 するのも、されるのも。

 実際、さっきのこいつに俺を説得しようなんていう素振りなんてあったか?

 遠見はもう少し、いやだいぶ、人を見る目を養ったほうがいい。

 案の定、ミラは呆れたような小馬鹿にした笑みで、遠見の言葉を否定しにかかる。

「説得か。まあ、最初はそのつもりではあったんだが、少々気が変わってしまってね。君だってわかるだろう? この七白空という男に変なスイッチが入ったら、そこに乗っかるのが一番面白いんだよ。君のような逆恨みの願いとは格が違うよ」

 案外真面目に説得を考えていたみたいな主張に驚いてしまったが、余計な一言を付け加えるのを忘れないのがミラのミラたるゆえんか。

「わかりました……。どうやら、僕は僕の『願い』のために、七白さんを倒さないといけないみたいですね。残念です。でも、仕方がない……」

 ゆっくりと、すべてを忘れようとするかのように大きく息を吐き、遠見がこちらに向かって歩き出す。

 階段を一段一段下ってくる。

 そのたびに、遠見を中心に階段が真っ黒に染め上げられていく。

「おいおい、どういうことだよ。お前、実力を隠していたのか?」

 俺も遠見の力を『真似』できるから理屈としてはわかる。

 自分の手に黒を宿すように、触れた部分から黒を広げているのだ。

 だが、ここまで広範囲にその影響を及ぼすのは、よほどの力がないとできまい。

 それだけの力が遠見にはあるということだ。

「驚いてくれましたか? なんてったってここは僕の領域ですからね。でも、これは僕の力だけじゃないんです。【人体模型の怪】と、あいつが持っていたもう一つの【無人ピアノの怪】、そして【開かずの教室】の力を借りて、こうやって世界を染めているんですよ」

「おいミラ、室居の力も渡したのか?」

「そりゃそうだろう。私は彼に賛同していたからな」

 俺が睨みつけても、ミラは悪びれることなく平然とそう答える。

 いずれにしても、今の遠見は一人で四人分の力を持っているわけだ。

 こちらはまず頭数自体が三人と数で負けている上、初瀬川は場所的にほぼ戦力として数えられないし、ミラは相性的に遠見に対して不利である。

 つまりここも、実質俺一人で戦うことになるわけだ。

 明らかに苦しいが、まあ、やるしかない。

 こちらだって能力の真似を一人分と数えれば、俺とさらに五人の力といえたりすることもできるんじゃないか。

「君が五つ分の能力を使えても、人数が増えているわけではないぞ」

 こちらの考えを見透かしたかのように、ミラがそんな茶々を入れてくる。

「うるさいな、お前も頭数になれ」

「まあ、善処しよう」

 相手は遠見だ。やりようはいくらでもある。

 だが、遠見の執念は俺のそんな甘い考えより一歩先を行っていたらしい。


「抵抗しようとしても無駄ですよ。僕は七白さんと戦う気はないですが、それはこういう意味合いでもあるんです」

 遠見が言葉を口にしている間にもその足元から広がった闇が階段だけでなく、壁も、床も、全てを黒く塗りつぶしつつある。

 つまり、遠見の願いは既に始まっているということだ。

 それを察した瞬間、俺は遠見のことさえも無視して一気に屋上の掃除道具入れに向かって駆け出す。

 だがそれよりも早く、遠見の願いは突如その場でぶつ切れとなることとなった。

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