花言葉

端音まひろ

花言葉

 福井県福山市にある「福山フレンドパーク」はユリが有名である。季節になると、観光客でいっぱいになり、そのことで新聞に載るほどだ。一方で、目立たないが、ユリより古い歴史を持つ遭逢の噴水という大きな噴水があった。この噴水の側にあるベンチで、アキラは一人大股を開けて座っていた。

 そして、大きな欠伸をし、どうしようかなあ、と小声で独り言を発する。

「あの……すみません」

 アキラは声のする方を見ると、ピンクのコンパクトカメラを持った若い白人女性がそこにいた。


 ほぼ満開に近いスカシユリの花壇にきたところで、

「アキラさん、どうもありがとうございました。ユリを見に来たっていうのに、屋台をぶらぶらしていたら、迷っちゃって。その上方向音痴なものだから、地図があっても……あはは」

 白人女性ははにかみながら、アキラにお礼を言う。

「いやあ、別にどうってことも。ネルさん、これがスカシユリってやつですか。大きいなあ。そして鮮やかなオレンジなんですねえ」

 ネルと呼ばれたハニーブロンドの女性は、軽快な音を立てて何枚か写真を撮る。それから、

「ええ……そうですね」

 と静かに言った。

 アキラは、そういえば、と言葉をつなぎ、

「ネルさんって、どこの国の方なんですか? この国の人じゃないですよね?」

 疑問を投げかけた。

「えぇ。生まれはアメリカです。父がここの軍人で、私自身も軍で働いているんです」

 ネルはアキラに向かって柔らかな表情でほほえみかける。

「最近は戦闘機を飛ばさないように、軍のお偉い様が呼びかけて、事実そうなったはずなんだけど、何故かここ数ヶ月間、まだ飛んでいるのよねえ。どこの部隊が約束を破っているのかしら。ホント、とっちめて欲しいわ」

 ネルは深くため息をついた後、こう質問した。

「で、アキラさんはなにをやってらっしゃるのですか?」

 アキラは困った顔をして、

「う……うん。夢を追いかけるフリーター……みたいな」

 ネルは首を一瞬傾げて、それから

「もしかして、俳優さんのタマゴ……的な?」

 と訊いた。

「え……ええ……そんなところです」

「へえ! すごいじゃないですか! 俳優って大変ですよね。台詞覚えなきゃいけないし、いろいろ演技とかダンスとかやらなきゃいけないんでしょう?」

「まあ、そんな感じ……ですね」

 ネルは

「そんな感じってまたまたあ。謙遜しなくて良いのに」

 高いキーで笑い、

「スカシユリの花言葉は『注目を浴びる』。アキラさんもそうなりますよ」

 アキラの茶色い目を見て言った。


 ネルはスカシユリの写真が撮り終わり、非常に満足した様子で

「アキラさん、ありがとうございました。では、これで」

 頭を下げ、その場を去ろうとした。しかし、

「もうちょっとお話ししたいです。いいですか?」

 アキラは照れくさそうに、ネルを引き留める。

 その言葉を聞いたネルは満面の笑みを浮かばせ、

「ええ、是非」

 快諾した。


 アキラとネルは楽しく園内を回った。様々なユリの花言葉を説明するネルに、こんなにもユリにもいろんな種類があり、そしてそれぞれに花言葉があるのかとアキラは驚いた。

 白いユリの花壇に来たとき、ネルは感歎の声を上げた。

「どうしたのですか」

 アキラはネルに尋ねる。

「このユリはカサブランカっていうのですよ。花言葉は『威厳』。ユリの女王って言われているほどなんです。素敵ですよね。結婚式でもよくブーケにされるんです」

 ネルは赤らめてそう言った。

 アキラはそのネルの姿を見て、この人は素敵な人だ、と確信した。

「ま、まあ。次行きましょう。次」

 ネルはは挙動不審にアキラをカサブランカの花壇から離れるように急かした。


 アキラはネルともっと話したいと思っていたが、ネルは顔から湯気が出るぐらい真っ赤になっていて、アキラと目を合わせようとしなくなった。

 それでも、アキラは諦めずになにか話すきっかけがないかと、ネルを注意深く観察する。ネルのカーディガンからちらりと腕時計が見えた。女性にしては大きく頑丈そうな時計である。

「女性にしてはゴツい時計ををしてらっしゃいますね。やっぱり軍人さんは違うんだなあ」

「これ、御守りがわりなんです。でも、やっぱり大きいですよね」

 ネルは恥ずかしそうに顔を伏せ、文字盤を内側に向けた。


 空の色がオレンジ色になった。ネルは腕時計を見る。

「あっ。時間だわ。帰らなきゃ」

 ネルは頭を下げて、

「今日一日、ありがとうございました。すごく楽しかったです」

 ネルの言葉を聞いたアキラは

「あっ……いや……こちらこそ、楽しかったです。あ……あの」

 アキラはそう言って、大きく息を吸い、吐くと、

「最後に、オレのとっておきの場所に行きたいのですが、いいですか?」

 目を見開いて、

「とっておきの場所ですか? 行きたい。行きたいです! どこでしょう?」

 ネルはアキラに食いついた。

「じゃあ、来てください」


 ネルがアキラに連れてこられた場所は、「福山フレンドパーク」からちょっと外れた雑木林だった。

 フェンスの先には飛行場が見える。

「ちょっと……道、間違えていませんか?」

 ネルは顔には不安の二文字が書かれていた。

「間違っていませんよ」

 アキラの顔は得意げな顔で、答える。

「うそだあ。こんな雑木林になにがあるっていうのですか?」

 ネルはアキラを茶化す。

「いや、本当に間違っていないですよ」

 そう言って、アキラは片笑みを浮かばせ、

「オレのこと、勝手に俳優やらなんやら勘違いしているようだけど……本当は違うんです」

 その言葉に、ネルはふふっと笑って、

「職業なんて、この地球上では小さな誤差範囲ですよ。で、なにをなさっているんですか?」

 そうネルが言い終わる前に、重低音が響き始めた。

「戦闘機……? いや、これは戦闘機の音じゃないわ……なんの音かしら……」

 ネルの頭に疑問が押し寄せる。

 橙色の空はだんだん暗くなっていく。

 重低音が鳴り終わると、ネルは叫んだ。

「なにあれ!」

 ネルとアキラの頭上には、アダムスキー型の飛行船と思われるものが浮かんでいた。 

「な……なによ……これ……なんかのギャグ?」

 それしか反応は出来ないネルにアキラは

「大真面目も大真面目。ギャグなんかじゃない。オレは「最高の地球の女性」を探していたんです」

 アキラはそう言うと目をつむってから見開き、

「オレの星では地球の女性を持つことがステイタス。手に入れた女の中でも最高に素晴らしいものをコンテスト形式で競うんです。オレ自身もどうせ手に入れるのなら、コンテストで優勝するようないいのを手に入れたい。そう思って、こんなど田舎まで来ました」

 アキラの言葉にネルは目を白黒させ、

「え、じゃあ、アキラさんはいわゆる宇宙人……地球外生命体ってやつなんですか? 地球の女性をハンティングするためにきた……?」

「あなたがたの目線からみたらそうなりますね」

「うそでしょ……」

「嘘じゃないです。証拠をみせてあげましょう」

 アキラは指を鳴らした。宙から黒い箱が落ちてくる。その箱をキャッチすると、箱に手をかざし、一周円を描く。

 すると、箱から一筋の光が差した。

「これはこの星で言う方位(コン)磁石(パス)。こっちが北ですね」

 アキラは光を指す方を指す。

「にわかに信じがたいわ……。でも、この技術は地球じゃ無理だわね……」

 アキラは箱を地面に置くと、真剣な顔してネルの手を握り、

「素晴らしい地球の女に出会うためにわざわざこんなド田舎まで来んです。だれも開拓していないところに行けば、もっと生きが良いのが手に入ると思ったから。でも、何度来ても、田舎過ぎてハズレばかり。いい加減諦めようかなとか思っていた矢先に、最高のものが手に入ったんです! ネルさんでオレは優勝するぞ!」

 言い終わったアキラはネルを抱きかかえようと襲いかかった。

 ネルは抵抗するそぶりもせず、むしろアキラに腕を回す。アキラはやった、手に入った! と喜んだ瞬間、ネルの内側に向けた腕時計の文字盤から針が飛び出し、アキラの首に突き刺さった。

 アキラはネルによりかかって倒れる。

 ネルはアキラを地面に寝かせるとしゃがみ込み、アキラの頭に手を添える。

「な……なに……が……おきた……?」

 アキラはやっとの思いで声を絞り出す。

「アキラさん、スカシユリのもう一つの花言葉って知っていますか?」

 ネルは深く息を吐くと、

「『偽り』です」

 と冷たく言い放った。

「いつ……わ……り……?」

「そう、『偽り』です。ちなみに今打ち込んだのは、体を動けなくする薬。宇宙人に効くとは思わなかったけど……。ねえ、エリア五十一って知ってますか?」

 ネルは渇いた笑いをすると

「わたし、軍人は嘘じゃないけど、本当はここ福山基地じゃなくて、いわゆる宇宙人研究をやっている基地――アメリカはラスベガス近郊のエリア五十一で研究員やっているんです。でも、本当は信じてなかったのよね、地球以外の生命体がいるなんて。まさか自分の前に宇宙人が現れるとは思いも寄らなかったし。研究仲間はそれぞれ、最高の宇宙人だ、とか言って、どこかで拾ってきた死体を自慢してたけど、生きた宇宙人なんて、最高にロックだわ」

 ネルは子守歌を歌うように優しくこう囁いた。

「心配しないで。最高の待遇にしてあげるわ。だって貴方にとってわたしは最高の地球の女性であるように、わたしにとって貴方は最高の宇宙人なのだから」

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