2-21

 トップランカーたちが熾烈な争いを繰り広げているなか、そのはるか後方を疾走するキルシには、一件の電話がかかってきていた。


《おいキルキル! どこにいんのっ?》


 電話の主はトォタリだ。ヘルメットのなかに彼女の声が響く。キルシは便利だなとのんきに思う。


「走ってます!」とりあえずあるがままの現況を伝えた。「ドンキに伸びてるんですよ! 道が! あっ、伸ばしたっていうか――」


 はあ!? とトォタリは露骨に不機嫌そうに訊き返す。後ろでは大きな金属が落下する音。彼女はまだ、あのマスクの男と――〈フレッシュ・マーケット〉に雇われた〈獣〉と攻防を繰り広げていた。


「あー……宇宙です!」


 やっぱ飛んでんのかと彼女は小さくつぶやき舌打ちする。おもちゃが陳列されていた棚のひとつにもたれかかり、一旦身を潜めている。熱を帯びた背中に、ひんやりとしたスチールの支柱が当たっている。いまは足の踏み場となっている天井の鉄格子が、裸足の足裏に食い込んで痛い。


 ガン――! と背後で衝撃音がした。がしゃがしゃといろいろなものが落下する。マスクのやつは手当たり次第に棚を破壊しているらしい。そろそろ移動をしなければならない。


「10秒で来い!」


 パッと思いついた適当な言葉を言い放って電話を切ると、トォタリはふぅとため息をついた。10秒は無理だよなと冷静に思い返す。


 10秒って言われてもな――そうキルシも思い、遥か遠くを行くドンキを見た。

 そういえば、いつもだったら行ったことのない目的地まではワープができるはずだ。今回はなんでできないんだろう。君臨号と一体化しているせいなんだろうか。


「……ん?」


 ちか、となにかが瞬いた。ちか、ちか、ちか、とドンキの表面がつづいて点滅する。気をつけろと君臨号の声なき声がする。


 いまキルシのからだを覆っているアーマーは君臨号でもあるし、道路そのものでもある。〈王さま〉たち以上に道路の深い部分にアクセスし、高次エネルギーを引き出し、同調している。そのため、この伸長した道路上で起きた異変を、キルシは敏感に把握できた。一歩一歩高速で踏み込むたび、ほかの〈王さま〉たちの混乱や興奮が足裏からつたわってくる。


 なにかが着弾したらしい。だが、ただの弾ではないらしい。


 そのことは彼以外も察知していた。そして、ドン・キホーテからなにが射出されたのかをいち早く見抜いたのは、後方を走る、ミイファの駆るアメフラシだった。


 500メートルほどまえを走っていたモンスタートラックがなにかに衝突し、大きく浮かび上がった。そしてそのまま高速で横転しながらこちらに迫ってくる。


 横転しつづける鉄塊が青白い光とともにまっぷたつに割れた。


 割れた鉄塊からなにかが飛び出し、近くを走っていたミニバンのボンネットに着地する。巨大な豪腕を持つ人型のそれが着地したせいで、走行中に大きな力を加えられたミニバンはひしゃげ、前方にひっくり返り宙を舞う。粉々に砕けたフロントガラスがまたたく。


 ミニバンを踏み台にまたも跳躍したそいつは、交通事故のシミュレーション用に使われるダミーテスト人形にそっくりだった。青白く、つるりとしたボディとわずかな凹凸のみがある顔面。つまり、キルシたちがドンキ店内で対峙していた自動人形と同じだ――針のように鋭く細い脚先と、巨大な鉄槌と化した両腕以外は。


 強襲型の自動人形だ。ミィファは宙空のそいつをアメフラシの目をとおして見た。人形の顔面も、こちらに向けられる。


 両腕が振り上げられ背中のバーナーが火を噴き、落下してくる。


 アメフラシの背中がぐぱりと開くと、緑色のジェルを撒き散らしながら継ぎ接ぎの青年がその身をあらわした。ジェルに濡れてもツンツンに逆立った髪の毛をなでつけ、チューブの伸びたマスクやからだにつながったケーブルをそのままに、とぶ。


 改造人間の手のひらがわしりと開かれ、紫色に燦然と輝く。神秘的で、そして恐ろしい光だった。


「よっ!」


 がら空き状態の強襲型自動人形を瞬時にからめとる。


 人形のボディからは紫色の結晶がつぎつぎと生えていき、やがて人形全体をびっしり覆い尽くすと跡形もなく爆散した。


 触れたものを高エネルギー結晶に変えてしまうこの光は、彼が生まれた時代の技術でもなければ地球の技術でもない。いつぞやのレースの勝利で得た、いわゆるレア装備のひとつだった。


 何事もなかったかのようにアメフラシの背中に着地したミイファは前方を見やる。人形はどんどん投入されていき、ほかのプレイヤーたちが脱落していく。もちろん、手練の者たちは各々冷静に対処していっているが……


「おい見ろよ! あの黒いやつやべえぞ」


 馴染みの宅配ピザ屋から通信が入る。アメフラシもやかましく騒ぎ立てていた。


 黒い騎士は道路標識を担いで更にスピードを上げていた。転がってくるバイクの残骸を、完璧に動きを予測しているかのように軽く乗り越えた。ちょっとそこにあった段差を乗り越えましたといわんばかりに着地する。近くで爆発が起きると、甲冑の側面が平たい皿のようにぶわっと広がりその身を守った。


 そして、細い脚でアイススケートのように滑って襲ってくる自動人形に、道路標識を叩き込む。


 標識に触れた人形は瞬時に姿を消した。


 どこだ? どこへ行ったんだ? アメフラシが反応し、記録した映像の速度をかなり落として再生する。人形は瞬間的に超加速し、常人が知覚できるかどうかぎりぎりの速度で宇宙空間に放り出されたのだ。もちろん、その瞬間的な速度によってその身をばらばらにさせながら。


 道路標識は丸く、赤と白の二重円――中には青字で999と数字が印字されていた。あれで殴られたら時速999kmで吹き飛ばされるらしい。デタラメだ。ミイファは自分のことを棚に上げてニヤリと笑う。何者なのかはわからないが、もっと近くで見たい。そう思った。


 カウボーイが馬を急くように、強化ブーツで覆われた脚でアメフラシの背をだん! と踏む。アメフラシはいななき、軟体をより激しく蠕動させる。


 鈍重に見えてしなやかで、脆そうに見えて武闘派――アメフラシとそれに乗るミイファの二面性はそれだけではない。堅実にまあまあの順位を稼ぐという彼のスタイルも、ときによっては大胆なものになる。


 道路上に散乱した細かい残骸は、柔軟な走破性を持つアメフラシにこれといった影響を及ぼさない。後方からチカチカと瞬き迫ってくる巨体をバックミラーやサイドミラー越しに確認し、一部のプレイヤーたちが舌打ちしながら脇にどく。このアメフラシと短気な改造人間に歯向かったところで、自分では返り討ちになるだけだ。そのことを熟知していた。まあ、人形たちの盾になってくれるかもしれないし別にいいか、とも。


「おまえ~」アメフラシの上で仁王立ちし、全力で走る黒いアーマーの人物に声をかけた。「面白いやつだなあ、ええっ?」


 黒騎士は戸惑ったように一瞬、声をかけてきた人物に頭を向け――そしてなにに気がついたのか、はっと前方を向いた。足裏に伝わる勾配と大きな振動の気配。


 びりびりと道路全体が振動し、わなないている。徐々に下り坂を描いている。


「うおっ! なんだ!?」


 再度巨大な振動が起こり、走りつづける車たちが軽くバウンドする。


 前方で禍々しく巨大な、炎の柱が立った。

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