2-20
国道15号を支配する新米の少年――つまりキルシに関するほかの〈王さま〉たちからの評価は、「これといって特徴はないが、強いて言えば歩くことに妙な執着がある」で固まりつつあった。
国道15号と交差する国道304号を支配するミイファ=ミイファも同意見だった。
彼がキルシと言葉をかわしたのはまだ二回か三回ぐらいしかない。以前あの道路を支配していたヤツと比べるとすげえおとなしいな、ぐらいにしか思っていなかった。
だから、いま現在行われているレースに巻き込まれたかたちとはいえ、キルシが一時的に参加するだなんてミイファは考えもしていなかったし、
なによりも、一瞬とはいえ協力することになるだなんて、思ってもいなかった。
今回のハシャマス杯に参加していたウォリアーたちはぜんぶで35人。
開始から二度のコースチェンジを経て残ったのは22人。
そして、三度目のコースチェンジ――キルシがドン・キホーテを追うために疾走する宇宙の道路――を経て残ったのは、8名だった。
ミイファ=ミイファはわかりやすくいえば改造人間だった。そして、アメフラシのようなかたちをした全地形対応探査艇の制御ユニットでもあった。
地表がゆっくり水没していくどこかべつの世界で生まれ育ち、成長するにしたがって改造手術を重ねてきた彼からすれば、トォタリがいう「改造された」は改造のうちに入らないかもしれない。彼はそれほどまでに人間が生まれ持って有する本来の肉体を失っていたが、だが、だからといってそのことを損失とは思っていなかった。むしろトォタリ以上に改造をポジティブなものだととらえていた。
狭いコクピットのなかを満たす耐ショック性ジェルに全身を包まれながら、彼は時空のトンネルを突き抜けた。
星の海に道路がかかっている。別にその光景に変なものは感じなかった。むしろコースチェンジをしたわりには味気ないとも感じていた。
アメフラシの頭部から触覚のように生えた四対のセンサーが、暗黒物質を裂いて飛ぶ奇妙な構造体を補足した。ミイファの網膜にその映像が映し出される。念じ、その姿をズームする。真っ逆さまになったドン・キホーテの上にさらにごてごてしたものが生えていた。ああいっためちゃくちゃなことをやるのはどこなのか、すぐにわかった。
だが、なぜ〈フレッシュ・マーケット〉の資源回収ユニットに道が繋がっているのか――ぼんやり考えているところで、
「おい! あいつなんだ!?」
見知ったピザ屋の配達バイクからの通信で、道路上を疾走する黒い人影も捕捉する。その姿は細身で、頭部そのものが巨大なくちばしか角のように突き出ている。悪魔のような尻尾も目を引く。暴力的で美しい甲冑や、高性能なボディアーマーを想起させた。外見はまとまっているが、どこかチグハグとした奇妙な違和感がある。
(人か? それとも〈獣〉か?)
そいつは思い切り腕を振り上げ脚を動かし、精一杯走っていた。だが走りのフォームはお世辞にも美しいとは言えず、運動慣れしていない人間が無理やり走っているようだ。なのに、速い――それが違和感の正体だった。
まるで人のふりをした怪物だなとミイファは思う。
「放っとけ。なんか追ってるみたいだけど、どうせこっちにゃカンケーねーだろ」
おれたち〈王さま〉はそんな細かいことは気にしない。
なにかあったら、そのときはそのときだ。
ドンキに接続された道路との交接点はかなり急カーブだった。ここで何人かは脱落し、宇宙に放り出されるだろう。
ほかの参加者たちが為す列の、そのど真ん中にいたミイファは、アメフラシのスピードを上げる。高速でその巨体をうねうねと動かし、全身に仕組まれた微細なライトを高速で点滅させる。
他の〈王さま〉たちもミイファに負けず劣らずさまざまだった。
バイクや車に乗る者が大半だが、まずその車種がばらばらだし、どれもこれも改造を重ねて個性的な形状をしていた。
象ほどはありそうなモンスタートラック、70年代のアメリカで生産されたぴかぴかのマッスルカー、独特な形状をした真っ赤なバイク、せわしなく走る多脚歩行戦車、義足の老人、そして燃える四頭の馬にひかれる炎上馬車などなど……。そのあいだをトレーラーほどはあるアメフラシの巨体が、チカチカまたたきながら滑っていく。
左にふくらんだカーブにさしかかる直前、アメフラシの右――つまり内側に真っ白なオープンカーがピッタリくっついた。ハンドルを握っていた男が助手席からソードオフショットガンを手に取り、アメフラシの黒いボディに狙いをさだめた。
引き金にかかる指に力が入ったその瞬間、アメフラシの明滅はさらに激しくなり、一点に収束した。激しい閃光が消えると、ショットガンの上半分と男の頭は蒸発していた。だらりとからだが倒れ、握られたままのハンドルが大きく右にまわる。オープンカーはその場で思い切り横倒しになり、アスファルトの上を激しく横転していく。
こんな事態に慣れたものたちは横転する車を飛び越すなり、己のマシンとからだの存在を稀釈してすり抜けさせたり、巨大な重火器で消し炭にしたり、そんな感じで各々対処していった。運が悪いものが二名、その車の残骸に巻き込まれてコースアウトした。宇宙に放り出されゲームオーバーになる。
ミイファの操るアメフラシは探査艇だが、外敵に備えて装備が充実していた。速度は(ほかの〈王さま〉たちにくらべれば)まあまあだけれど、全地形対応なのでマシンの外見と性質通り柔軟性があった。鈍重そうに見えて油断ならない。そのことをほかのものたちは知っている。
急カーブに入った。絶対的な自信のあるものは高速を保ったまま華麗にドリフトしてこなす。ひとりだけ、最も外側を走るミイファに衝突しそうなやつがいた。しかしそいつもアメフラシから発せられる極細の閃光で破壊され、細切れにされる。アメフラシは大きくからだを曲げて、やすやすとカーブを乗り切った。
カーブをしのいだものは皆、高速で真っ直ぐの道を突き進んでいく。宇宙の星々が伸長して線のように見える。
(……しかしこいつ、なんなんだ)
ミイファは前方を走る人物に目を向けた。アメフラシの頭部にあるセンサーがぴこぴこと動いた。以前にも会ったことがあると伝えたいらしい。だが判別不明とも告げている。知らねえぞ、こんなやつ。
コールタールで黒く濡れた騎士――キルシは、以前見かけた人物の駆るマシンが迫ってきているのを、しっかり感じ取っていた。見ているのではない。感じている。まるで尻尾に高性能な感覚器官があるかのように思えた。これも君臨号に喰われたせいだろうか。
あの人だったら攻撃してこないだろうけど、でもいまはレース中だし自分はこんな姿だしで、どうなるんだろう。そんなことを考えていた。中途半端に面識があるがゆえにその人に話しかけられないという生来からの人見知りやらなんやらが、こんな場面でも発揮されていた。
一方、トップを走る面々はただ純粋に一位になるためにしのぎを削っていた。
燃える馬たちの手綱を握る、火だるまの御者は馬を急かす。
その右に躍り出たデコトラのトップランカーが、巨大な車体を急接近させコースアウトを狙う。
燃え盛る馬車の扉が勢いよく開け放たれ、中から突き出た灼熱の脚が荷台を思い切り蹴飛ばした。
互いの車体は大きく揺れ、片輪が持ち上がる。半車線ぶんの距離が開く。
トラックを蹴飛ばしたその足先にはヒールがある。真っ黒な革でなめしたヒールも細いその脚も、たくし上げられた豪奢なドレスも、その人物の地肌が見えないほど紅蓮に燃えていた。
豪勢な車内――とはいってもなにもかも燃えているが――に座った女性は、頭を轟々と覆う真紅の奥で、にやりと目を細める。火の粉をぱちぱちと散らす扇を口元にあてがい、嘲りで歪んだそれをわざとらしく隠す。
荒波を往く巨大なカジキマグロが塗装された荷台に、真っ黒なヒールの痕がついていた。焼け焦げ、へこみ、黒い煙がかすかにあがっている。
全長6メートルはあるカジキマグロは巨大な絵のなかで身を震わせ、その目を馬車にぎょろりと向けた。銀と青の身を弓なりにしならせ、槍のように鋭く突き出た上顎を、燃える貴婦人に向けた。
彼女はよりいっそう目を細め、炎に舐め取られ表情のない顔でにやにやと笑い、ぱちんと扇を閉じる。
憤怒にまみれたカジキが荷台の表面から目にもとまらぬ速度で飛び出した。
切先が燃える貴婦人に迫る――!
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