1-8
土曜の部活が終わるのは夕方五時頃で、家に帰る頃には六時すぎになっている。部屋でごろごろし、ユザワヤの袋に目をやった。袋から少しはみ出るカーテン――とは思えないほど縮んでいる――は確かに星模様だったが、よくよく見るとその模様が少し動いたり、小さな流れ星が軌跡を描いたりしていた。ふしぎなカーテンだ。
スマホが震え、通知音を鳴らす。集合の合図だ。ワイシャツの下に着ていたランニングシャツとハーフパンツだけというラフすぎる恰好から着替えると、家を出た。
スマホで送られてきた写真を確認する。写っているのは、どこかの道沿いに建っている、なんてことのないレストランチェーン店。ポールサインには二足歩行で立つふくよかなからだつきの虎のイラストに、白抜きの文字で〈Hungry Tiger〉と店名の入った赤い看板が掲げてあった。
付記されていた住所と年代、そして細かい座標を確認する。この店に行ったことはないけれど、この店があるニュータウンには以前行ったことがある。〈君臨号〉や先輩に案内してもらう必要はなさそうだった。
僕は手頃な路地裏まで歩くと、軽く跳躍してアスファルトに飛び込む。
全身を泥で覆われるような感覚は一瞬で終わり、目的地に飛び出る。
頭上には、真っ直ぐに伸びた電車の高架が二本並走している。僕はその高架線のすぐ下、だれも人がいない場所に飛び出た。高架線の間には遊歩道があって、その道も真っ直ぐにつづいていた。遊歩道は新しめで、きれいだ。さすがはニュータウン、だなんてちょっと思う。
目的の店はすぐ近くにあった。目と鼻の先に、看板が輝いている。
遊歩道には買い物帰りの人びとが歩き、ジョギングをしている人がとおりすぎて行く。どこか遠くからは、ばうん……ばうん……というこだまが聞こえる。だれかが橋脚にボールの壁当てをしているのだろう。
高架を電車がとおりすぎて行った。壁当てをする音も、こどもが駄々をこねる声も、ジョギングをする人の息遣いもすべてかき消えてしまうが、やがてふたたび聞こえてくる。なにごともなかったかのように。
土曜日の夜ということで店内は盛況だった。入店すると、奥に座った派手な女性が中腰の姿勢で手を振って僕を招いているのが見えた。トォタリさんだ。
トォタリさんの対面には
「よお、キルキル」トォタリさんは言って、ハンバーグステーキを頬張る。「生ひへはは」
「生きてますよ」僕は答えながら先輩のとなりに座り、メニューを開いた。「それなりに」
派手なトロピカルカラーのタンクトップを押し上げるトォタリさんの大きな胸に若干視線がいってしまいつつも――メニューを読む。
僕はすっぱりと判断するのが苦手で、外食をするとずっとメニューを眺めながら迷ってしまう人間だった。なので、ウェイターさんがお冷を運びがてら注文を取りに来た際「とりあえずコーラください」とだけ頼み、またメニューを読みはじめた。まあ、ステーキハウスなのだから、ステーキを食べればいいのだけれど、ハンバーグステーキやハンバーガーも気になる……。
「迷っているね?」
先輩が骨付きステーキを切りわけながら尋ねる。
「ええ、はい」
「お腹が減っているのならばガツンといけばいい。〈王さま〉なんだから、お金を気にすることはないさ」
それもそうだけれど、普段はふつうに親から毎月もらうお小遣いとわずかな貯金でいろいろやっている高校生だから、あまり感覚が追いつかない。RPGでめちゃくちゃお金が貯まっているのに、なんだかもったいなくって最大回復アイテムを買い渋ったりしてしまう人間なのだ、僕は。
肌の露出も多く派手な柄や明るい色の服を着たトォタリさんとは対照的に――というかいつもどおり、先輩は全身真っ黒だった。黒いコーチジャケットを羽織っていて、黒いレギンスパンツを履いていた。平日会うときはハイネックのインナーを着ているせいか、華奢で白い首筋が強く印象に残る。
GUやUNIQLOやZARAやしまむらといったファストファッション店のビニール袋や紙袋が、トォタリさんのとなりには大量に積まれていた。そのうえに先輩の黒いキャップがちょこんと載せてある。宝物庫にうず高く積まれた財宝と、そのてっぺんに置かれた王冠のように見えなくもない。
「ちなみにハスコはキュージツシュッキンで今日は来ないってさ」
トォタリさんはそう言うとジョッキに入った生ビールを呷る。
「ああ、だからいないんすね。てっきりまたイオンに深く埋没しに行ってるのかと」
「行くと思うよ。イオンに。休日出勤したあと。そういう人だよ、彼女は」
先輩は言い終わると、きれいな動作で切りわけた肉を口に運ぶ。
「つーわけで、今晩はうちら三人だけ」
ちょうど僕のコーラが運ばれてきたので、ついでに料理の注文をする。オリジナルハンバーグと骨付きラムのコンボ、それのスペシャルセットにした。
「えーと、それでは――」
先輩がお冷のグラスを掲げる。僕とトォタリさんもビールジョッキとコーラの入ったグラスを掲げた。毎回、なんとなく儀礼的に乾杯するまえの音頭をとっているだけなので、先輩は柄にもなく微妙に言いよどんで目を泳がせる。
「ど、土曜日の夜に」と先輩。
「土曜日の夜に」と僕。
「どよーの夜に」とトォタリさん。
がちゃがちゃとグラスが互いにぶつかりあう音が卓上に響き渡った。
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