第2話

それから少しして俺は重要な問題点にいくつか気がついた。

まず一つは、この子に名前がないことだ。

自己紹介を促したときに少女は困ったような顔をして自分がまだ名前を貰っていないことを申告して来た。

確かにいつまでも名前がないのは色々と不便だろう。


「確かに君を『描いた』時に名前を考えてなかったかもしれない」


それからしばし考える。

この子に一番似合いそうな名前を。

何がいいだろうか。

なんかこう、ふんわりして、純白って感じで‥‥。

さらに暫く考えたところで俺は浮かんだ名前を口にした。


「雪、君の名前は雪。そうしよう。」


理由なんてそんな高貴なものはないけれど、どうしてかピンと来たのだ。

これしかないという、確信めいた感覚が俺の脳をかすめたからだ。


「雪、私の名前は雪、いいわね!とっても気に入ったわ!ありがとう!」


自分の名前という、身分を確かにするものを貰った雪はとても嬉しそうだった。

うぅむ可愛い。

それはさておき次の問題だ。

雪はあまりにも一般的思考というものが欠けているようなのだ。

彼女の行動はどうにも「ラノベキャラの行動」に引っ張られている気がする。

というか、ラノベキャラの行動原理をなぞって行動しているようにしか見えない。

彼女がたまにとるその手の行動は一般の人からするといささか不自然に感じるのではないだろうか。

しかしこればかりは時間をかけて解決して行くしかなさそうだ。

これからの日常に淡い期待と少しの不安を覚えながらその日は終わった。


次の日、俺と雪は買い物に出かけることにした。

目的は食材の調達。

献立なんてまだ考えてはいないが、安くなっているものを買って、作れそうなものを作ればいいだろう。

雪は何やら先程から落ち着かない様子でいる。

ルンルンとはしゃぐ姿はどこか子供っぽくて可愛くもあった。

子供っぽくて‥‥なんだか散歩に行く直前の仔犬に見えて来た。

俺が財布やらカバンやら準備している間、そわそわと頰を赤くしている姿は紛れもなくそれだった。

そんな雪を落ち着かせてから玄関を開けると、外は晴れ渡ったいい天気だった。

冬なのにそんなに寒くもないし、風も冷たくない。

近所のスーパーに買い物に行く分には最高のコンディションかもしれない。


‥‥ちなみに今更ながら俺は高校三年生である。


高校生ながら俺が一人暮らしの理由も、深い理由も悲しい理由もなく、単純に寮は嫌だと無理を言って、親戚が経営しているマンションに住まわせてもらっているというだけである。

自炊生活もだいぶ板についてきたし、今の所不便にしていることはない。


玄関の鍵を閉める俺の横で、今にも鼻歌を歌いそうな様子で雪が小さく伸びをする。


「うーん、いい天気ねぇ。やっぱり部屋に篭っているにはもったいないわ。」


陽の光が当たっているその笑顔の横顔に、やはりドキッとしてしまう。

‥‥この娘(こ)オタクの心臓に厳しすぎやしないだろうか。


「洗濯物、干してから出てくればよかったな。」


絶好のお洗濯日和ではないか。

さっさと行って帰ってこよう。

そして洗濯物を干そう。

マンションを出て歩きながら、今日の昼飯を考える。

そうだ、雪に何が食いたいか意見を求めるのもありかもしれない。


「雪、お前何か食いたいものとかある?」


昨日は余り物で食べてしまったけれど、買い物に行くんだ、何か雪の好きなものでも作ってやろう。

それにこれは雪の好きな食べ物を知れるチャンスじゃないか?

雪の好きな食べ物ってなんだ‥‥?


「んー、私の好きな食べ物かぁ。私はお兄ちゃんの作るものならなんでも好き。」


しかし帰って来た答えはなんとも玉虫色だった。

ぼんやりしてるというかなんというか。


「いや。その、もう少し具体的にというか何というか‥‥。」


ゴニョゴニョと続けて解うと


「なーんーでーもっ」


と。

取りつく島もないようだ。

まぁ、いいや。

本人が何でも好きといってくれているのだから、一番得意なものでも振舞ってあげるのが筋なのかもしれない。


「‥‥。」


無言の時間が続く。

俺に話題を作れてしまうようなスキルはなかった。

しかし何が楽しいのか、雪は終始ニコニコとしながら隣を歩いている。

そろそろ気まずくなって来た。

俺が何か無理に話題を出そう口を開きかけたその時、妙にテンションの高い奴に声をかけられた。


「おーい!そこ行くお二人さん!」


そろりと振り向いて俺は溜息をつく。

今一番見つかりたくない奴に発見されてしまったようだった。

何かとうるさいクラスメイトの弘之(ヒロユキ)だ。

周りに纏わんばかりにワクワクオーラを出しつつ近寄ってくる。

その勢いのまま俺の首に腕を絡めて来た。

ちなみにいつもはここまでボディータッチしてくるようなやつではないのだが‥‥。

見た目こそモテそうなチャラ男ではあるこいつは、何を隠そう「隠れオタク」だ。

これさえ言っておけばコミュ障オタ系男子である俺がこんな奴と友達になったトリックもわかるだろう。



弘之は俺の頭をそのまま自分の方に寄せると小声で俺に問うた。


「おいおい弘之、お前にこんな可愛い彼女がいるなんて一度も聞いていないのだが!

というか紹介しやがれ!」


下心満載なセリフと表情で言われてやはりかと思う。

こいつが雪のような可愛い女の子を放って置くわけないし、そもそも女子と二人で歩く俺の後ろ姿を見かけて黙っているわけないのだ。


‥‥それにいい雰囲気だから邪魔しないでおこうという発想もあるわけないのがこいつだ。


美女にがめついというか、性格が悪いというか。

両方かもしれない。

しかし弱った。

何と答えるのが正解なのだろう。

紹介してやるくらいはまぁいいとして、彼女ということにして驚かせても面白いかもしれない。

でも嘘をつくと後々その取り繕いで面倒なことになりそうだし、そういうのはまた別の機会でいうだろう。

あるとは思わないが。


「いや、違うんだ。雪は彼女なんかじゃない」


彼女じゃないと言った瞬間、弘之の目がラブラブムードを邪魔してやろうという悪意のあるものから一転、フリーならば狙おうという獲物を狙う目になった。

テンションもさらに上がったようだ。

もう普通に鬱陶しい。


「彼女じゃないなら何で一緒に出かけてるんだ?名前も呼び捨てだしどういう間柄だ!?俺狙っていいんだよな!?」


矢継ぎ早に放たれる質問をいなしつつ、俺はさっさと伝えるべきことだけを伝えることにする。


「雪は俺の妹だよ、お前にはやらんぞ。」


俺が気怠げに答えると、弘之は笑顔をみるみる引きつらせていき、俺を突き飛ばすように開放した。


「はぁ!?い、妹?おま、お前こんなに可愛くて更には歳の近い妹が居たのか!?あんまり似てねぇけど‥‥。」


まぁ似て居なくて当然だ。

‥‥創造したという点において見てみれば、どちらかと言えば父親に近いのかもしれない。

こいつの一連の反応を見ていると、やっぱり雪は誰が見ても可愛いのだなと密かに優越感を噛みしめる。


「お兄ちゃん、この人はどちら様?」


雪はこのテンション爆超野郎の素性が気になったらしく、俺に問うて来た。


「あぁ、紹介が遅れたな。こいつは弘之。俺の学校の友人で、オt—」


俺が「詳しい事情」まで教えかけた時、背後からただならぬ気配を感じて口を紡ぐ。

別に雪はそんな事気にするタイプじゃないと思うのだが。

言ってしまえない出自はイラストな訳だし。


「おぉお俺は弘之!よろしく!」


変な空気になる事を恐れたらしい弘之は、無理やり自己紹介をしたようだ。

そっちの方が不自然だと思うのだが。

それでも雪のことだ。

その心配は杞憂だろう。


「弘之さんね、兄がいつもお世話になってます。」


やはり雪は何も思っていないようで、普通に挨拶をする。

にこやかに。

雪が一礼をすると、弘之は何か感極まったような表情で俺の肩に手をおいた。

ーなんだこいつ。

腕時計を見ると大分こいつに時間を盗まれていたようだった。

時間泥棒め。

流石にそろそろ動きたくなったのでこいつとの会話を切り上げることにした。


「おっと。すまないな弘之。俺たちこれから買い物に行くんだ。そろそろ失礼するぞ。」


釣られたように弘之も腕時計を見ると急に焦ったようになった。

何やらこの後に予定でもあったようだ。

最悪この後一緒に来るとか言われるのではと思い言い訳を用意して居たのだが、それも必要無さそうだ。


「そう言えば俺も女の子と待ち合わせしているんだった!いやはや二人とも呼び止めちゃって悪かったね!それじゃ!!」


早口でまくしたてるようにいうと、早足に去って行った。

騒がしいやつだ。

しかしここでさらに一つ分かった。

—どうやら雪はあまり人との会話に混ざるタイプではないようだ。


‥‥後で弘之から雪のメアドが欲しいというメールが来た。

条件反射的に断ったのはいうまでもないか。

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イラスト少女とオタ系男子 Kusunoki Kotoha @Rihito226

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