第3話
「もう、ホントさっきは死ぬかと思った」
当たり前のように僕の隣に座る彼女が文句を投げつけてくる。
「わかる?ドーナツを口に突っ込まれた状態で2キロ先の
バス停まで走らされる気分、口の中の水分の持っていかれ方ったらないよ」
、、、、でもさっき自販機でジュース買ってあげただろう?
しかも値段が倍くらいするエナジードリンクを買わせといて、苦情はこちらが
言いたいくらいだよ、、、でも、まあ、「ごめん」
「まあ、もういいけどさあ」 さきほどのやり取りを計3回位ループして
やっと時が動き始める。
車窓から流れる景色に目をやる。平日のいつもの時間。
まるで録画した映像を見ているかのようだ、、、ほら そこの路地から
小学生の集団登校する姿、それを見守る緑のおばさん。
そして時間ギリギリなのだろうか、駆け足気味のサラリーマン。
いつもの映像だと分かっていても、なぜか見入ってしまう自分。
おそらくだが、他に何も見るモノがないという理由ではない気がする。
僕はバスが苦手だ。たまたま席が空いていて座っただけなのに
バスが混みだすとなんだか悪いことをしているような気分に陥ることがある。
それならば席をゆずればいいと思うかもしれないが事態はそれほど
簡単なものではないのだ。
今回はパターン別で考えてみるとしよう。
①ゆずろうにも、学生やサラリーマンが大半でゆずる理由が見当たらない。
②おばあさんに席をゆずろうと、声をかけようとするが なかなか勇気が
出ずに先に降りられてしまう。
③勇気をふりしぼって声をかけるが、たまたま降車時に押すブザー音と
重なりかき消されてしまう。
④勇気をふりしぼって声をかけるが、反応なし。耳が悪く聞こえず。
、、、、ただの屍のようだ。
⑤おじいさんに席をゆずるため声をかけるが、なぜか怒られる。
「ワシはそんなに年寄りじゃない!!」 、、、、ワシとか言ってますけど。
⑥おじいさんに席をゆずるため声をかけるが、なぜか怒られる。
「ワシはそんなに年寄りじゃない、、、じゃが座ろう」
いっそ、席が空いていても座らずに立っていようかとも思うがそれはそれで
周りから怪訝な目で見られるだろうし、目立ちたくないし、何よりワシも座りたい。
*
(ねえ、なんだか混んできたね)彼女は少しでも他の乗客が座れるようにとの
配慮からか、僕の方へ身を寄せ席を詰めてくる。
、、、、はっきり伝えた方がいいのだろうか?いくら席を詰めたところで二人掛けの
席なのだよと。
そうこうしているうちにギッチギチの満員になってしまう。
、、、うっわ今日は高齢者率高いな。同じグループなのだろうか、席の横で
約10人ほどのじいさん、ばあさんが何やら話し込んでいる。
「おじいさん、おばあさん、よかったらどうぞ」 そんな僕をよそに彼女は率先して
席を立つ。
ああ、やってしまったな。1人の場合はいいとしてもこれだけの人数を相手取るとは
、、、、全然わかってないな。良かれと思っての行動が場合によっては
惨劇を生むことになってしまうかもしれないのだ。
さあ、想像してみよう。
①多人数のため、自分の席だけではまかなえない。
②年寄りどうしが知り合いのため、お互いゆずりあってしまいなかなか決まらず
どっかの芸人みたく延々と「どうぞ、どうぞ」と言いあっている。
③そんなお年寄りの話に巻き込まれてしまい、若いころの苦労話を聞かされる
しかも人数分のエンドレスストーリー。
④どんどんヒートアップしていくお年寄り達のテンションについにほかの乗客から
苦情がでてしまい、なぜか自分が怒られる、、、引率者じゃないのに。
⑤引き際が分からず、いつの間にか乗り越してしまい学校を大遅刻。
⑥受けたい講義が受けられずに、受けたくない説教を受けるハメに。
⑦イイ事したはずなのに、、、こんな事なら、、と悪の道に身を染めていき
年寄りを助けるどころか、騙すようになる。
、、、、恐ろしいことだ。だが反面、彼女の勇敢さに敬意を示したいくらいだ。
まあ、事の重大さに彼女が気づいているうえでの行動だったとしたらだが。
、、、ほらやっぱり。彼女が声をかけた途端に年寄り全員が彼女の方へ
振り返る。
どうする?これだけの人数相手に、、、それとも何か策でも?
僕が思案に暮れていると、おもむろにグイーッと手を引っ張られ席から
立たされてしまう。
「ほら、ナイトーっ何やってんの、早く立ちなさいよ」 無理やり立たせといて
彼女は促すような発言をする。
、、、てか、なんで僕の名前を?
僕の訝るような表情に気づいてか、彼女は僕のバッグの一部分を指さす。
「モノに名前とか、ちょっとカワイイ」 カワイイという表現にもいろいろあると
思うが、これは完全に下に見ている感じのヤツだ。
、、、拝啓、 母さん
余計な事をしてくれたおかげで、今僕は恥をかいています。
お気づきかと思いますが、僕は今年から大学生になりました。
僕はバスの車内より母へ念を送る、、、届け!!
少しそれてしまったが、僕と彼女が席をゆずったところで2人しか
座れないのだが。
「この中の誰に座ってもらうの?」
「みんなに決まってんじゃん」 僕がおそるおそる聞いた問いに彼女は
なんの迷いもなく、答える。その爽やかさにある種の男前感を抱く。
、、、無理じゃね?パズルゲームみたく年寄りを組み合わせて
積むつもりなのだろうか?
そうそう腰が丸くなってる年寄りと、こっちの年寄りを組み合わせてと
、、、、ってそんな事出来る訳ないだろう。
一体何を考えているんだ、そんな事したら年寄り愛護団体的な
アレに訴えられて完全にアレされてしまうぞ。
僕は彼女の浅はかな考えに、若干怒りすら覚える。
そんな僕の憂いをよそに彼女は次々と近くの席に座っている乗客の
手を引っ張り、半ば、、いや完全に強引に引き起こしていく。
しかし、とんでもないのはその行動よりも その時に発するセリフだ。
「はい、そうですねー席をゆずろうと思ってもなかなか恥ずかしかったり
しますよねー」 、、、彼らの顔をちゃんと見てやってください。
内容が年寄りに席に座ってもらうという大義名分があるだけに、
文句を言うモノはいないが彼らの彼女を見る目がすべてを物語っている。
、、、彼女の中ではみんながみんな席をゆずりたいのだが、勇気が出ない
だけだと思っているのだ。
おかげでというべきか、年寄りはみんな席に着くことが出来た。
そのお年寄りの1人が彼女に「ありがとう」と伝えたことが、なぜかいつまでも
僕の心の中を反芻していた。
*
「あ、わたしは姫子(キコ) 仲のいい友達からはヒメって呼ばれてるから
ヒメでいいよ」
バスを降り、歩いていると彼女はおもむろに自己紹介してくる。
「ほら、私だけ知っているのってなんか不公平でしょ?」
彼女のいう不公平の基準は僕には分からないが、なんとなく
うなずく。
「でもさあ、ナイトとヒメってなんか面白くない?」
言いながら、彼女はケラケラと笑う。普段は整った顔が恥ずかしげもなく
くしゃっとなる感じはブサイクというよりはぶちゃいくといった感じで
かわいく見えなくもない。
「別におもしろくない」
もし、僕が馬に乗れるのならば多少は面白いかもしれないが。
今の所、そんな事に労力を費やすつもりはない。
「ナイトってさー、なんかおとなしいっていうか、暗いよね」
先ほどの発言が彼女の意にそぐわなかったのだろうか。
にしても、もう少しオブラートに包んでもらえないだろうか?
「もっとさあ、楽しんでいこうよー、ほらあ」 少しつまらなさそうに言った
かと思ったら今度は今にも踊りだしそうな明るい声で言い、ピョンと
跳ねるように少し先を歩く。
よくしゃべるヤツだ。彼女はまだ雨の残る水たまりをよけるように
足を運んでいく。
、、、まるで子供だな、とバカにするわけではなく純粋にそう思った。
「そんな風にしていたら、幸運が逃げちゃうよ?」 少し強くなってきた
日差しをまぶしそうに受けながら彼女が言う。
「別に幸運が欲しいとは思わない」
「幸せになりたいと思わないの?」
「不幸じゃなければいい。普通に暮らせて健康で常に抜き差しならないような
状況に身を置くわけでないのなら、それはそれで幸せだとおもう」
彼女の問いに少し間をおいて返す。
すると彼女はぼくの言葉を反芻しているかのように、ゆるく握った手を
自身の顎にもっていく。
これが座った状態で、なおかつ少しかがんでいたのならリアル考える人
だと僕はひそかに思った。
ここ数日で派手な飾りつけに変わった大学の校門をくぐる。
校門だけではなく通路や校舎も切り絵で作った花や、屋上からの垂れ幕
来てくれるであろう方に向けたカラフルな、ようこその横断幕等それらしい
雰囲気に変わっている。
心なしか、通り過ぎていく学生たちのテンションも普段に比べると
高まっているように感じる。
それらを目にして、みんなよくやるなあと感心する。
もちろん僕は参加していない。学園祭の参加は強制ではなく自由なので
お言葉に甘えて自由にさせてもらっている。
少し前を歩いていた彼女が振り返る。
「じゃあ私こっちだから、またね」と彼女が手をふる。
僕は手を少しあげて返すと、校舎に入っていく。
上向き彼女と下向きカレシ まるお @mameo
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