第2話

列は進み、やっと自分の番までやってきた。そして店内を見渡す、、、


素晴らしい、店員の数はむしろ足りないくらいだし、店の奥では遠目に


オーナーらしき人物があわただしく動きまわっているのが伺える。


いらっしゃいませの店員の声も必死すぎずに持っているトレイも1つだけだ。


ああ、いいよ、、、ショーケースから漂ってくるドーナツの香りがたまらない。


ただ、時折吹いてくる風がまるでこの甘美な空間を削いでいくように抜けていき、


その度に僕は言いようのない虚無感につつまれる、、、、でも大丈夫、、、、ほらね


また溢れんばかりの濃厚なドーナツ臭が僕の周りに集まりだす。


、、、おいおい、あんまり焦らすなよ、、と凛と並ぶドーナツに微笑みかける。


「、、、さーん」   「お客さーん!」 店員の呼ぶ声にふと、我に返る。


「何になさいますか?」とやさしく聞いてくる店員,しまったアッチにイってしまってたか


気を取り直してあらかじめ決めていたので、その内容を店員に伝える。


慣れた手つきで箱に詰めていく店員。その動作をただ、ぼうーっと眺めていると


「あーーっ!それ最後のヤツーっ」と絶叫にも近い甲高い声がななめ後ろあたりから


ひびき、思わず耳をおさえ前かがみになってしまう。


、、、うぅ、あまかった、、、このパターンは想定していなかった。


「あ、すいません、、、大きな声出しちゃって、、、」 まだ、反響する耳をよそに振り返ると


1人の女性が立っている、多分同い年くらいだろうか?少し長くてツヤのある黒髪と


大きくて凛とした目鼻立ちが年上にも見えなくもない。まあ、どうでもいいが。


別に、と一瞥してから前を向くがなにやら店員の手が止まっている。


「あの、お客様、後ろの方がめっさ見てくるんですけどぉ、この本日限定恋する乙女


ストロベリーファッションの事めっさ見てくるんですけどー」 言いながらトングを


左右に動かす。


その動きに後ろの彼女は連動しているのだろうか? まあ、どうでもいいが。


「だめえ、本日限定恋するストロベリーファッションは私のモノーっ」


「どうしますか?本日限定恋するストロベリーファッシ、、、」思わず店員の口を手でふさぐ。

 

お願いだからこれ以上、その商品名を連呼しないでくれ。


注文するときもソレだけは指をさしてたよね?察してくれよ。


変な客相手に困っているのか、遊んでいるのか分らない店員に早く箱に入れるように促す。


これ以上、長居するわけにはいかない。後ろの変なヤツのせいで周りからの視線を


強く感じる。 そして、すぐさま会計を済まして足早に店を出る。



店を出てから家に帰るために駅に向かう途中、僕は少し後悔していた。


、、、やはりオープン初日はまずかったかもしれない。


アイツのせいとはいえ、思いのほか目立ちすぎた、、、いや、まだ最悪ではない。


じっくりと確認したわけではないのだが、あの中に見知った顔はいなかった。


でも、待てよ。本当にそれで大丈夫だろうか?


奇しくも来週から僕の通う大学では学園祭が開催される。


自慢ではないのだが、ウチの大学で行われる学園祭は結構地元では有名で


一般の方も入場できる。


もし、今日の珍事の目撃者がたまたま学園祭に来てしまったら、、、


そうなると最悪下記のような事態に陥る可能性が大なのだ。


①あれ?この学生どこかで見たような気がするな


②あ、あのたかが限定ドーナツで女の子ともめてたヤツだ


③よし、写メ撮ってSNSでさらしてやる。


④拡散に次ぐ拡散の結果、大学じゅうに知れ渡る。


⑤あだ名は恋する乙女、もしくはストロベリーファッション


⑥結果、大学を追われ就職もままならずにダンボ―ルの家に住む。


いや、待て今日のように予想外のこともある。違うパターンも熟慮せねばいけないだろう。


今の例は目撃者の目的はあくまで学園祭で、たまたま僕を見かけたことにより


負のループへと堕ちてしまうパターンだが、もしも最初から僕を陥れるつもりの輩が


一般人も大学へ入れる学園祭をわざわざ狙ってきたのだとしたら?


 そのパターンだとしたらさぞ恐ろしい事が待ち受けているだろう。


①くっくっく、この日を待ちわびたぜ。こんなに待ったのはあの限定ドーナツ以来だぜ。


②左右の靴ひもをかた結びにされ、歩いた時に派手に転倒。鼻血をふき出す。


③たまたま通りかかったユーチューバ―に、撮られてしまい投稿されてしまう。


④ジャスティン的な有名人に僕のお気に入りとコメントされ、一気に炎上


⑤大学どころか、世界中に知られてしまい、マスコミに追い回されて家から出れず。


⑥結果、ストレスのあまり対人恐怖症に陥ってしまい就職もままならずに


ダンボールの家に住むことになる。


なんという事だ、、、いったい僕がなにをしたって言うんだ。狙ったわけじゃない。


偶然僕のところで限定ドーナツが売り切れてしまっただけなんだ。



気のせいだろうか?先ほどから誰かの視線を感じるような気がする。


なんてことだ、先ほどのシュミレーションが今現実となり僕にふりかかろうというのか?


しかも驚愕のパターン2、僕は慌てて立ち止まり自分の足元に目を見やる。


、、、ふう、まだ靴ひもはかた結びにはなっていない。


しかし、まだ視線を感じる、、、いや、先ほどよりも強く、、、すぐ後ろにいる。


振り向くか?いや、やめよう。そのまま再び歩き始める、、


すると後ろから怒号にも近い声が「ちょいーっ今の振り向く感じだったよね。


てか、さっきから声かけてんのにまるで聞いてくれないし」 


その声に振り向いてみると、先ほど店にいた変な女性が立っていた。


「あ、大声ドーナツ女」 思わず口をつく。


「ひどーっ、やっと反応してくれたと思ったらそれ?」


 、、、マズい、この手のお方は刺激しちゃいけない。


僕は軽く会釈をしてその場をあとにす、、、「させない、あとにさせない」


ドーナツ女に手を掴まれ引き止められてしまう、、振り向いただろう?まだ不満か?


ソレ、と彼女は僕の持っているドーナツの箱を指さす。


そして、少し躊躇うように間を置き語り始める。


「あなたが持っているその限定ドーナツがどうしても必要なの、、、じつは私


定期的に限定ドーナツを食べないと、、、、食べないと、、、」


 彼女はそこまで言って口ごもる。


どうなるんだ?え?嘘をつくならつくで、ちゃんとオチまで考えて言えよ。


てか、そんな都合よく限定ドーナツがでるかよ。話にならんな。


「もうっ いたいけな女の子がこんなに頼んでいるのにっ」今にも殴りかかってきそうだ。  


お前、、、言うほど頼んでないぞ。 もう、行くかと背を向けると、、、ポカポカと


背中に打撃を感じる。うーん、肩たたきではないだろうな、よし。帰ろう。



翌日、いつもの朝を迎えて大学へ向かうために家を出たところで、ふいに


聞き覚えのある声に足を止める。


「あーっ昨日の冷血男子ーっ」 まさかと思い、声のした方を向くと、昨日の女だ。


まさか、ドーナツのためにここまでやるとは、、、いくら僕でも引くぞ。


「あれからつけてきたのか?」


「え?ちがうちがう。偶然だよ」 彼女には特におどろいたような様子はない。


それはそうだろう、彼女はおそらく異常、もしかしたらサイコパス的なヤツかもしれないのだ。


「だって、あそこがあたしんちだし」 と、ちょうどウチの隣に最近建ったばかりで


2階建ての真っ白いアパートを指さす。 そうそう、、、え?


驚いている僕を置いていくように彼女は続ける。


「私、憂鬱大学なんだけど実家からだと結構遠くて大変だからさー、引っ越してきたんだ」


「何年?」


「1年だよ」


ほらきた、まさかの住まいがお隣、同じ大学、同じ学年、大学生になってからの


イキナリの幼馴染的設定。 こんなベタな展開、恋愛系のオタゲーじゃあるまいし。


「玄関前で何、喋くってんのよ」 妹のアイがイライラしたような口調で言いながら


玄関から顔を覗かせる、、、が、彼女の顔を見てすぐに「おじゃましましたー」と


顔を引っ込める。


その刹那、アイの表情が若干ゲスく見えたのは見間違いではないのだろう。


マズい、、、「おかあさーーーん、お兄ちゃんがーー」 アイが母を召喚しようとしている。


そして、母は父を召喚するだろう。


僕ですら、昨日初めて会ったばかりの彼女をイキナリ家族全員で迎えてしまった


日には下手すれば家族ぐるみの付き合いが始まってしまうかもしれない。


たまに夕飯を一緒に食べたりとか、2階の部屋窓越しにお互いの部屋へ行き来したりとか?


これは直感だが、彼女とはスイーツの好みは合っても性格は合わないだろう。


それに、僕自身が彼女と知り合いになっても得どころかリスクしかないと思われる。


「ちょっと待ってて」 


僕は彼女にそう伝え、急いでウチに入り冷蔵庫から昨日の限定ドーナツを持ってくる。


「コレ、もうこの一個しか残ってないけどお前にやるよ」 そう言い、彼女に差し出す。


「、、、え?嬉しいけど、なんで急に?、、、もごご」 悪いが、急いでいるんだ。


彼女の口の中にドーナツを押し込んでやった、、、家の階段をバタバタと降りてくる


音が聞こえてくる。


同じ大学だと言っていたな、苦しみの中に恍惚とした表情を浮かべる彼女の手を


引っぱり走り出す。








































































 





 

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