夏って、好き
松谷恒樹
■
夏休み。学校の自由水泳を終えて、ミキは更衣室にある扇風機の風に当たって、しばらく涼んでいました。他の子はみんな帰ってしまいましたが、外は日差しが強くて、家に帰るには少し思い切りがいるような気がして、ミキはもう十分くらいこうしていました。
もうそろそろ帰ろうかな、お腹もすいてきたし――そう思って、扇風機を止めて、更衣室を出ました。せみがじぃわ、じぃわと鳴いているのが聞こえました。
校門の前で、同級生の男の子たちがさわいでいました。その中に、幼稚園のころからミキと仲の良いコウくんも交じって何かお話ししていたようでした。どういうわけか、コウくんはとても困った顔をしているのでした。
「コウくーん」
ミキが手を上げて名前を呼ぶと、男の子たちはこっちを見て、にやり、としました。コウくんも、なんだか変な顔をしているのです。
ミキが首をかしげると、男の子たちはコウくんの背中を押してミキの方へとやるのです。
「コウくん、どうしたの?」
「なんでもないよ。なんでもないったら」
照れちゃってぇ! 男の子たちがはやしたてます。コウくんはミキから目をそらして言いました。
「もうお昼だし、早く帰りなよ」
「うん……そうだね。コウくんも、せっかくだから一緒に……」
「おれはいいから、ほら」
コウくんはむつかしい顔をしてそんなことを言います。
「ほらほら照れちゃって。こいつ、ミキちゃんのこと好きなくせに……」
「ばか、言うなって!」
コウくんは突然ほかの男の子たちに怒鳴って、走ってどこかへ行ってしまいました。あんなに早く走る姿は見たことがありませんでした。
「コウ、まてって!」
男の子たちはまだ何か言っていましたが、ミキはちっとも聞こえませんでした。ミキの足は勝手に家に向かって歩いていました。
(好きなんだって)
コウくんのことはもちろん大好きでした。ずっと仲良くしていましたし、よく一緒に遊んでいましたから。でも今度の好きは、そういうことではなくて、ミキの好きな漫画とか、ドラマとかで見かける、もっと大変で、不思議なものでした。
(私は、どうなんだろう)
家に帰ると、お母さんがそうめんを茹でて待っていました。そうめんは冷たくて、暑さでぽかぽかしていたからだをよく冷やしてくれました。
お昼ご飯を食べ終えてもミキはなんだか落ち着かなくて、気が付くと玄関で靴を履いていました。
「お母さん。わたし、ちょっと外で遊んでくるね!」
はぁい、気を付けてね。お母さんの言葉を背中で聞いて、ミキは飛び出しました。外はお日様が強く射していて、汗がすぐに流れてきました。
まず、いつもよくいく駄菓子屋さんで、ソーダ味のアイスを買いました。棒が二本刺さっていて、半分こできるものでした。
そして、いつも遊んでいた公園――コウくんと一緒に行った公園を目指しました。
コウくんがいてくれたらいいな、そう思いながら走りました。
公園に着くと、思った通りコウくんはつまらなさそうに木に登って、ぼーっとしていました。ミキはコウくんの傍に走り寄りました。「コウくん。一緒にアイス、食べよう」
「ミキ……なんで」
「いいから、いいから」
ミキが急かすと、コウくんはすぐに木から降りてきてくれました。
二人でベンチに座ります。コウくんはちょっとミキと離れて座ろうとしましたが、ミキはむりやり隣に座りました。
ソーダ味のアイスを、半分こ。片方をコウくんに渡すと、コウくんは黙って受け取って、じっと水色のアイスを見つめました。ミキが一口アイスをかじると、コウくんも食べ始めました。
「暑いねえ」
「うん」
「わたし、夏って好きだよ」
「うん」
「アイス、おいしいね」
「うん」
「今度、お祭り一緒に行こうね」
「……うん」
ミキはアイスを食べながら話し続けました。コウくんは時々笑って、うなずいて聞いてくれました。
蝉がいつもと同じ調子で、じぃわじぃわと鳴いている、暑い、夏の日の出来事でした。
夏って、好き 松谷恒樹 @ST0723
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