悪魔はその思いを拒絶した


「……で? 俺様がこの土砂降りの中、ずぶ濡れになりながらも頑張って外の結界を張り直している間に、テメェはあの人間と浮気してたってことか」

「っ、ん……そう」

「はん、妙に潔いじゃねぇか」

「アンタに嘘吐いたって……すぐにバレるから、ね」


 日が暮れて、屋敷がすっかり夜の闇に包まれる頃になっても雨は止まなかった。ざあざあと続く雨音を背景にして、二人の声が濃密に絡み合っている。

 だが、ベルにはすぐにわかってしまった。クリスに染み付いた、別の男の匂いを。クリス自身、他の誰かに身体を許すことをベルに隠し通せるとは思っていなかったに違いない。

 つまり、確信犯というわけだ。このエロ吸血鬼め。


「ふふっ。ディータね、結構凄かったよ。初めてだって言うから、油断してたけど。やっぱり、若いからかな――あッ、ん!」

「……クリス。テメェ、この状況で他の男の話をするなんて」


 良い度胸だな。細い腰を掴み、打ち付ける。嘲笑を浮かべていた美貌が歪み、悲鳴じみた声が漏れ出た。細い指が、縋るようにシーツを掴む様が暗闇の中でもよく見える。


「クククッ、今日は随分イイ反応するじゃねぇか。あの人間とたのがそんなに良かったのか、神父さんよ? まあ、そこまで魂も変質してねぇから許してやるけど」


 許す、とは言いつつも。どうしても彼を扱う手が乱暴になってしまうのは嫉妬か、それとも独占欲か。自分の下で泣き喚くクリスを見て、込み上げる感情は何なのか。

 未だにわからないし、わかりたくもない。細い身体を何度も繰り返し揺さぶり、熱と欲で蹂躙する。しばらくして、何度目かの絶頂に身体を痙攣させるクリスの頭を撫でる。汗で肌に張り付いた銀髪を、作ったような甘さで撫でてやる。

 その度に、左手の薬指に嵌めた指輪が鈍く光る。

 

「…………」


 高揚していた気分が、一気に冷める。一体何をやっているんだか。余韻に溺れ、泣きじゃくるクリスを抱き寄せ毛布にくるんでやる。


 ベルは、自分の指に嵌る指輪を嫌悪していた。この指輪を揃いで用意し、伴侶となった相手に贈ったのは他でもない自分だ。相手のことを愛し、永遠を誓った。指輪はこの証でしかなく、外そうと思えばすぐに外せる。右手で摘まんで指から引き抜けば良い。

 でも、ベルは絶対に指輪を外さなかった。肌に直接縫い付けられているわけでも、呪いがかけられているわけでもないのに。


「あの人間……絵描き、だったか。ふうん、クリスが気に入るっていうことは随分腕の良い絵描きなんだろうな」


 腕の中のクリスを落ち着かせるべく、ぽんぽんと背中を軽く叩くようにしてあやしてやる。自分程ではないが、クリスもそれなりに長い時を生きてきた吸血鬼だ。彼が絶賛するなら、ディータの才能は本物ということだろう。

 絵なんて、今まで全く興味がなかったが。これも何かの縁なのだろうか。


「テメェが気に入った人間なら、確かに良い『餌』になりそうだな」

「……それなら、明日もこの雨は止まないね」


 毛布から顔を出して、クリスが笑う。目は潤み、紅潮した声に掠れた声。ああ、少々やり過ぎた。明日、クリスはきっと動けないだろう。ベルは胸の中だけで苦笑する。

 まあ良いだろう。それなら、明日の退屈は件の人間で潰すとしよう。


「そうだな……当分止まねぇな、この雨は。まあ、その間はあの人間に十分楽しませて貰おうぜ」


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