第29話

 すぐ傍にまで来た足音を聞きながら俺はゆっくりと瞬きをした。今はもう瞼を持ち上げることすら困難になっている。それでも薄目を開けるように目を開くと、いつの間にか目の前に何人もの人間が立っていた。顔があげられないので正確な人数はわからないが、かなりの数の足の指が並んでいるのが見えた。そしてその全てが裸足だった。


 大勢の人間が来たものの、目の前に立っている奴らはこんな状況の俺を見ていても何も声をかけてこない。野次馬だったとしても不自然だ。そして霞んだ目を凝らしてずらりと並んだ足を見て気づいた。視界に入っている足は全員女のものだった。男にはない柔らかそうな丸い感じのシルエットがその証拠だった。そして小さな爪。ずっと俺がずっと追いかけていた宝物が今、手の届く所で輝いていた。目は霞んで物の形だけしかわからない状態になっていても、俺の心を躍らせる妖しい存在感は目を素通りして脳の中に直接刺激を送り込んできた。その刺激で、一度は冷めた爪への情熱がじんじんと蘇ってきた。


 意識はだんだん薄れてきているが、心の中には熱い感動の波が押し寄せてきている。


 とうとう開かなくなった目から涙が零れた。俺の心の毒を排出したような黒い涙。


 やはり爪はいい。美しい。なんという神々しさなのか。


 蘇ってきた想いに、洩れる嗚咽を垂れ流しながら俺は顔を青臭い雑草に預けた。やっと死神の慈悲を受けられる時が来た俺のまわりを輪になって裸足の女たちがゆっくり歩き始めた。俺を取り囲んで歩きながら女たちは頭上から罵倒する。


 「変態」


 「子殺し」


 「ざまあみろ」


 「死んで償え」


 「人でなし」


 「一生許さない」


 最後に聞こえた声はフウコの声に似ていたような気がした。



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三日月恋慕 千秋静 @chiaki-s

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