第28話

 ベランダから落ちて行く間に意識を失っていたと思われる俺は、気付けば地面に伏し倒れていた。体は動かず声も出ない。目は赤黒く霞んでいてはっきり見えない。どこからか鉄臭い嫌な臭いもする。信じられないが、俺は本当にベランダから落ちたらしい。自ら手摺を越えない限り、あの場所から落ちることなどないはずなのに・・・。


 落ちてから意識が戻った今までどれだけ時間が経っているのだろうか。頬に触る雑草のチクチクとした感覚と土の匂いが、恐怖と不安感を煽った。自分の体がどんな状態になっているのかはわからないが、所謂瀕死という状態なのだろう。ここまで動けないほど弱ってしまったのなら、早く死んでしまったほうが楽なのかもしれない。どれだけ怯えたところで、暴力的な死の存在感の前では祈りも望みも無意味なのだ。浅い息を繰り返しながら期待できない回復を見送って、一人死を覚悟した。


 ところが死神は弄ぶかのように心身に苦痛を与えるだけで、死という安らぎを与えることなく俺を生かし続けている。死にたくても死ねない状況に心が潰されそうになっていると、どこからか足音がしてきた。救急隊員でも来たのだろうか。それともこのマンションの住人か。不自然なくらいに揃った、軍隊の行進のような足音が短い雑草を踏みしめながらこちらに近付いて来る。


 俺の存在には気付いたから来たのだろうか。足音を聞いていると、急に理不尽な仕打ちを受けた自分がとても可哀そうに思えてきた。それと同時に、もう自分は長くはないとわかっていても、自分以外の生命の存在を感じると急に寂しくなって誰かに縋りつきたくなってきた。元気に生きている人間なら俺の傍にいる死神を追い払ってくれるような気がして、一度諦めた「生」を誰かに頼りながら再び取り戻したくなってきたのだ。


 しかし迫って来る何者かに自分の存在をアピールしようにも、指一本動かせない。絶望的な現状を憂いて俺は、あああ・・・と、情けないうめき声を出しながら赤い涙を雑草の上に零した。


 

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