白日記 第3話 「お前が明日死んだ場合その神剣は誰が継ぐ?」
僕には休暇を取るために声をおかけしなければならない方が他にもいた。
執務室を出て、前を向いた次の瞬間だ。
ぎょっとして扉に背をつけた。
そこに、蒼い瞳の王の御子が三人、並んでお立ちになっていたからだ。
「やぁ、ラシード」
向かって右、左腰に左手を当てつつ胸を張っていらっしゃるのが、第一王子にしてアルヤ王国王太子であらせられるハヴァース殿下で、
「聞いたぞー?」
向かって左、腕を組んでねめつけるように僕を眺めておいでなのが第二王子のセターレス殿下で、
「お前、お見合いするんだってなーっ!」
お二人の真ん中で仁王立ちなさっているのが、第一王女であるシャムシャ姫だ。
「ちょっといらっしゃいラシード。少しお喋りをしようか」
ハヴァース殿下が僕の右腕をがっちりつかんだ。同時に、セターレス殿下も僕の左腕を捕まえた。
まずい、逃げられない。
そう思ってももう遅い、お二人が僕を引きずって歩き始めなさる。
シャムシャ姫が「お見合い、お見合い~っ!」とはしゃぎながら走り始めなさった。楽しそうで何よりだが、僕には何が楽しいのかさっぱり分からなかった。
アルヤ王国の昼は暑い。照りつける太陽が大地を焼く。だから人々は屋根の下の陰に逃げ込む。
僕らも、白軍の詰所のある南の塔を出て、北の塔の一階の回廊に辿り着いた。脇を人工の小川が流れている様子は涼しげでいい。
北の塔は、その時は、二人の王妃様とそのお世話を担う女官たち、そして、三人の王の御子とその乳母、乳兄弟たちが住んでいた。
大華帝国では、皇帝の女性たちと関係を持てないよう、後宮には男でなくならない限りは入れないのだそうだ。でも、アルヤ王国では、警備のためだと言えば白軍兵士も入れてもらえるんだよね。
それに、当時の後宮の支配者は、ハヴァース王子だった。
女官たちはハヴァース殿下を王より重んじた。お仕事の後に南の塔からお戻りになる王のご命令より、ご公務で外にお出掛けになる以外はずっとここにいらっしゃる王子のお世話を優先した。誰もがかの方の前に平伏した。ハヴァース殿下の髪は蒼くない。それでも、かの方はまるで『蒼き太陽』であるかのように振る舞うことを許されていた。僕も、髪が蒼くなくても生まれつき人の上に立つことを許された王子もお生まれになるものなのだなと思っていたものだよ。
とにかく、そういうハヴァース殿下が「ラシードは僕がいいと言ったんだからいい」とおっしゃったから、僕は自由に北の塔に出入りできた。
え、今? シャムシャ姫しかいらっしゃらないのに誰が後宮の住人と過ちを犯すと? あ、僕じゃない、おっしゃったのはセターレス殿下です。
「まあ、その辺に座りなさい」
ハヴァース殿下に命じられ、僕は回廊の端に小川の方へ向かって足を投げ出す形で座った。その隣に、セターレス殿下もしゃがみ込みなさった。シャムシャ姫はハヴァース殿下に甘えるように寄りかかりなさる。ハヴァース殿下は目を細め、姫の細い肩を抱き寄せるように手をお置きになった。
「さて、ラシード。確認しよう。君、お見合いするんだって?」
僕は逃げられないことを受け入れ、素直に「はい」と頷いた。
「お相手は?」
「母によるとレザー家の長女だそうです」
「はぁん、彼女か」
「ご存知ですか?」
セターレス殿下はそこで「兄貴はエスファーナの若い女すべての顔と名前を覚えている」と僕に告げ口なさったため兄上に「黙れ」と怒られた。
「まぁ、これと言って特別何かに秀でているわけではないけれど、良い
おっしゃいつつ、ハヴァース殿下も座り込み、僕と目線を合わせられた。殿下の蒼い瞳が、試すように僕の目をお覗きになった。こんな時、僕はよりいっそう強くこの方には逆らえないと思うのだ。
「ラシード。相手は良い
僕は、そんな風に見えるのだろうか。
「今すぐ結婚せよと言われているわけでもない。お見合い。アルヤの古臭い伝統とやらからすればなんと進歩的な会合だろうね? 彼女もいきなりハイ明日から顔も知らない男のものになってねと言われることはなく、君もいきなり連れてこられた女の子を嫁にしなければならなくなることはない」
「僕は気に入った女の子を勝手に選んで明日から僕の妃になってねと言うけど」と殿下がおっしゃったので、セターレス殿下の「兄貴の助平」とおっしゃる声とシャムシャ姫の「兄さまのえっちーっ」とおっしゃる声が重なった。
「何とでも言いなさい、こんなにかっこよくて頭が良くて剣もそこそこできて優しくて女性に甘い僕を拒む女性などこの世におりますか、いやおりますまい」
「そうだな、甘いよな、女にだけはな。弟の俺には鬼のようなのにな」
「セータどうしたんだい嫉妬かい? そんなに心配しなくても僕がいつか君の花嫁も探してきてあげるよ」
「俺の選択権を勝手に捨てるな」
「えー、シャムシャもー? シャムシャのだんなさまも兄さまが決めてしまうのー?」
「何を言っているんだいシャムシャ、そもそもこんなに可愛いお前を外に嫁に出すわけがないじゃないか。どうしてもシャムシャと結婚したいという男は、セータを倒してから」
「兄貴は俺をいったい何に使う気だ」
僕が溜息をついて「殿下?」とお呼び申し上げると、ハヴァース殿下の意識が僕に戻ってきた。
「はーい何でしょうー?」
「自分は、今は結婚している場合ではないと考えております」
一人腕を組み、「なぜだろう」と殿下が呟かれる。
「確かに反王政派はまだ動いている。君の父上が亡くなってまだそう経っていない。けれどね、どこぞと戦争しているわけでもないし、内戦になっているわけでもないんだよ」
「ですが自分のような未熟者が結婚など――」
「では考え方を変えよう」
突然、ハヴァース殿下のお顔つきが変わった。
「これは、命令だ」
低い声で、射るような目で、おっしゃった。
「命……令……」
「そうだ。心して聞け」
空気が変わったのを――兄君が変えられたのを、感じ取ったのだろう。セターレス殿下は黙った。まだほんの八歳のシャムシャ姫でさえ、兄君に甘えるのをおやめになり、まっすぐお立ちになった。
「今のメフラザーディー家にはお前の他に男がない。ということは万が一お前が明日死んだ場合その神剣は誰が継ぐ?」
言われて初めてはっとした。僕が死んだら白将軍が空席になってしまう。それは、あってはならない。
「明日と言わずとも、このままお前が結婚しなかった場合、お前がいなくなった時に誰が僕らや僕らの子、孫を守るのだ。それをよく考えろ」
僕は黙ってうつむいた。
白将軍だけは、他の将軍たちとは違って、完全な世襲制なんだ。白将軍は結婚して次の白将軍を育て上げることまで義務付けられている。
「そう……ですね……」
母は唐突に騒ぎ始めたわけではなかったんだ。その時期が来たから、白将軍の母としての務めを果たそうとしているだけだ。
「では、十五日は休暇をいただきます」
ハヴァース殿下が「よろしい休め」とおっしゃった。
「――とまぁ、ちょっと強引に言ってしまったけど、セータとシャムシャはどう思う?」
「仕方がないだろう、あいつはあれくらい言ってやらないと動かないからな」
「そうなんだよねぇ、困った白将軍を相棒に持つはめになったなぁ」
「嫁を貰ってよろしくすれば少しは考え方も変わるのでは? 腑抜けられたら困るけど」
「それは大丈夫、あのラシードが僕より嫁を選ぶことはないでしょう」
「兄貴は何を根拠にそういうことを言うんだ」
「ラシード、ずーっと元気がないからな。かわいいおよめさんをもらって元気になるといいなー!」
「そうだね。本当に、それを祈るよ。まったくラシードのやつはこんなにいろんな人に心配をさせてだめな軍神様だなぁ」
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