花畑の妖精
洞貝 渉
花畑の妖精
そこはかつて、見渡す限りに花の咲き乱れる美しい所だった。
どこまでもどこまでも広がる色彩豊かな過去の光景を懐かしみ、一匹の妖精がふらりと、今はすでに荒れ果ててしまったその地へとやって来る。
妖精には居場所がなかった。故郷の花畑はとっくに枯れ果て、どこへ行ってもニンゲンだらけで仲間は見つからず、いつも独りぼっち。
かつてあったはずの光景を、妖精は固く固く目を閉じ、すがるように想像する。やわらかに透き通る花弁、仲間たちの甘ったるい声、くすぐったいくらいに穏やかな日の温もり……。
目の裏に見えてきた景色にうっすらと微笑んで、幻の仲間に手を伸ばし、小さな羽を揺らして、ふらりふよりと舞始める。
ゆらめく妖精のはるか頭の上では、分厚くどす黒い雲が広まっていた。湿り気のある空気がたれ込み、すぐに大粒の雨が降り出す。
雨に打たれ、濡れた羽では宙を舞うことも出来ず、妖精は泥にまみれて地を這った。そして、ぐったりと動かなくなる。けれどもその口元は、うっすらと微笑んだままだった。
大雨は荒れた地に三日間降り続けた。
ようやく雲が切れ日が差し出した頃、妖精は見知らぬ狭いところで目を覚ます。上の方からぽっかりと青い空が、それからニンゲンの女の子の心配そうな顔が覗いている。そこは、女の子のポケットの中だった。
ニンゲンの女の子は旅をしている。少し前までは女の子の両親も一緒に旅をしていたのだけれど、二人とも事故で死んでしまった。だから女の子は、一人で旅を続けている。
女の子に拾われた妖精はみるみる元気になり、一人と一匹は共に旅をすることになった。
女の子はいたる所で弦楽器を奏で、異国の曲を歌う。妖精は女の子の物悲しくも優しい声を、ポケットの中でじっと聴いた。仲間の声とは似ても似付かないその歌声に、どこか懐かしさを感じながら、じっと聴き入った。
特に女の子が、遠い故郷に思いを馳せる曲を選んで歌う時、妖精は懐かしさのあまり女の子の真似をして、一緒に歌ってしまうこともあった。妖精が歌うと、女の子は嬉しそうな、楽しそうな、それでいてどこか悲しそうな顔をする。妖精が女の子の歌声に懐かしさを感じるように、女の子も、妖精の歌声にどうしようもないほどの懐かしさを感じていたのだ。
女の子は、妖精が花を見かけると嬉しそうに羽をパタパタさせているのに気が付いて、花の咲いていそうな所を探しながら旅するようになった。あちこちで歌い、集まってきた人々に花の咲いている場所を尋ねてまわるうちに、女の子は、花を追い求める不思議な声の旅人として名が知れ渡る。
妖精と女の子は長い長い道のりを共に旅した。
だが、それにも終わりが来る。
最後に訪れた村で、女の子が流行病をもらってしまったのだ。
女の子は村を出て三日後に発病し、花畑へ行く途中の荒れ果てた土地で倒れてしまう。
妖精は、病に苦しみながらも謝り続ける女の子の声を聴く。ニンゲンの言葉はわからなかったけれど、女の子が何を伝えようとしているのかは感じ取ることが出来た。女の子は、少しでも緑のある所まで行けたらよかったのに、こんな寂しい所で倒れてしまってごめんねと、うわごとのように繰り返していた。
寂しい所、と女の子は言うけれど、妖精にはわかった。ここはかつて、見渡す限りに花の咲き乱れる美しい所だったと。
かつてあったはずの光景を、妖精は固く固く目を閉じ、苦しむ女の子の隣で、すがるように想像する。やわらかに透き通る花弁、仲間たちの甘ったるい声、くすぐったいくらいに穏やかな日の温もり……。
固く閉じられた目の端から、一筋の涙が流れる。そっと見開かれた妖精の両の目は、涙でいっぱいだった。次の瞬間、それは勢いよくぼろぼろとこぼれ落ちていく。妖精には、耐えられそうになかった。このままでは女の子は死んでしまい、また、独りぼっちになってしまう。
小さな体の一体どこから湧いて出るのか、涙は後から後から流れ出る。流れ出た涙は妖精の頬を伝い、地に落ち、乾いた土を潤し、そこから植物を芽吹かせ、成長を促し、あっという間に色とりどりの花を咲かせていく。
妖精は泣いて、泣いて、泣いた。体中の生命を流して、流して、流し尽くして枯れはてた頃、そこにはどこまでもどこまでも広がる色彩豊かな花畑がうまれていた。
妖精はからからに干からびた瞳で、咲き乱れる花々を見る。どこからか仲間たちの甘ったるい声が聞こえた気がして、うっすらと微笑み、そして粉々に崩れた。
病に倒れた三日後、女の子は妖精たちの舞い踊る、美しい花畑の真ん中で目を覚ます。
たくさんの妖精たちの中に、共に旅をした妖精を見つけることが出来ず、ふと、ポケットの中を覗く。
そこには一輪の小さな花が入っていた。
小さな花は、女の子が歌うと仄かに輝き、他の花に近づければ心地よさそうに揺れる。
花は女の子の生涯、枯れることもなく共に在り続けた。
花畑の妖精 洞貝 渉 @horagai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます