ウケない小説家

北海ハル

ウケない小説家

 勤しむ。

 ただただ、休日をこの作業に注ぐ。

 そして、後悔する。


 一体どれほどの時間を無駄にしてきただろうと、俺はため息をつきパソコンの電源を切る。

 俺は、小説を書いている。

 ネットの小説投稿サイトに、様々な小説を投稿している。

 そして、それを消している。

 書いて、その文章の拙さに恥じ入り、消す。

 日常それの繰り返し。


「ああああああああ……」

 両の手を頭の後ろで組み、ゴンゴンと閉じたパソコンにぶつける。

 こんなことを始めて、かれこれ2年経つ。

 それでも未だに書く事をやめない理由は、同じクラスの奴にあった。

 俺と同じクラスで、俺と同じ小説投稿サイトで小説家として書くそいつは、クラス内外でもべらぼうに評価が高い。

 長編をいとも容易く書き綴り、ものの2週間で50万文字もの物語を仕上げる。

 その上その内容は市販されている本に引けを取らないほど質が高く、将来はこれで賄えるのではと様々に噂されていた。

 一見するととても頭の切れるとんでもない才能の持ち主に思えるが、唯一性格が酷い事が玉に瑕だろう。

 俺はよく、あいつと小説談義をしている。

 あいつはその時になると決まって口が悪く、人の話も聞かずに否定しかしなくなるのだ。

 それを知るのは俺ぐらいなもので、クラスの連中はそんなの露知らずといったふうにあいつを崇拝している。


 俺はクラスの連中に小説を見せない。

 それは、あいつの存在があるからだった。


 何とかして大成したい。その願いに反するように出来上がるのは駄文の数々。

 これでは勝ちたいと願っても追いつくことすらままならない。

 俺はふと、投稿サイトのマイページを開き、最終更新日、終了が去年の長編小説を見る。

 評価は、ゼロ。閲覧数も3桁と、30万字を超えるものなのに全く認知されないこの小説を、俺はある一種の戒めとして残している。

 こんな中身の無い小説を、もう二度と世に出すな────それを常に思わせるためだった。




 翌日登校してみると、クラスは騒然としていた。

 騒ぎの中心には、あの憎きあいつがいた。

 思わず気になり、端で騒ぐ奴に聞いた。

「なあ、何の騒ぎだ?」

 そいつは俺に煩わしそうに言う。

「ああ?何だよお前読んでねーのか。〇〇の奴、また長編を仕上げたんだよ。しかも一日でとんでもない評価だってよ。」

 ────何だって?

 俺は人混みをかき分け、真ん中で恍惚の表情を浮かべるあいつに聞く。

「おい。どういう事だ。」

 するとあいつは俺の顔を見るなり口角を上げ、「ちょっと」と立ち上がり廊下に出る。そして俺に「来い」と手招きをした。

 何だ。何なんだ。

 言われるまま廊下に出ると、あいつがスマートフォンを突き出してきた。

「読みな。」

 これが、その一日で仕上げた小説か────

 無言でスマートフォンを受け取り、粗筋からざっと目を通す。

 2話、3話辺りで、何となく違和感を感じたが、さして気になるものではなかった。

 5話あたりでスマートフォンを突き返す。

「これが、何なんだよ。」

「あれ?気付かない?」

 あいつは挑発するように俺に聞き返す。────気付かないだと?

「お前にしては随分と面白くない文章を書くな、としか思わない。」

 そう言うとあいつは声を上げ笑った。

「何がおかしい。」

「いやー、気付かないとはねぇ?まさか自分の小説だとも……はははは!!」

 また笑う。いやそれより───俺はあいつのスマートフォンをひったくり、もう一度文章を読み返す。よく読めば────それは俺の書いたあの長編のそれだった。

 あいつはふと笑いを止め、俺に真顔で向き直る。

「分かったか?所詮、小説は内容じゃない。ほんの少しの知名度があれば、大して面白くなくてもウケるものなんだ。しかも自分の文章だと気付かなかった?お前がお前の作品に対する執着がそれくらいなら尚更だろうな。良いか?このネット小説家に群がる連中はみんな、知名度で作品を計る。それを逆手に取ってやるのが売れる道だ。尤も、今のままじゃダメだな。────売れたきゃ自分のせいで小説がウケないって事を自覚するんだな。」

 一息にあらゆる事を言われ、俺は廊下に立ち尽くす。

 ネット小説とは、こんなものなのか────


 俺には、無理だ。

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