第10話 桜守りの運命

「あたなも辛い思いをしたのね」


彼女にとって子供のようなミヨを亡くした悲しみは、私には計り知れないくらい辛かっただろう。


「もしかして、それで丞というあの男が変わりにここにいたの?」


「そうね」


彼女は憎しみとも、悲しみともとれる、なんとも言えない表情をし、続きを語りだした。


ミヨが消滅した事により、丞は膝からくずれ落ち、そのまま何時間も動けなくなっていたようだ。

彼女自身も悲しく辛かったが、彼女の場合はその感情だけに自分を置いておくことはできなかった。

どんな場合でも、彼女の最も優先すべきことは自分の使命なのだ。


彼女は崩れ落ちている丞をしばらく蔑んだ目で見ていた。

やっと丞が顔を上げたとき、あたりはすっかり暗くなっていた。

丞は彼女が、丞が固まっていた何時間もの間、そんな冷たい目で見つめられていたとは思ってもみなかっただろう。


彼女と目があった丞は『ひっ』と小さく悲鳴を上げ、のけぞり腰を抜かした。


『丞さん』


『は・はい』


相変わらず彼女の声は、以前の綺麗な声ではなく、男のような女とも言えない恐ろしい声のままだった。


『あなた言いましたよね、ミヨの役に立ちたいと』


『そ・それはミヨが少しでも長く生きられるならと…』


『今、その願いを叶えてあげるわ』


『えっ?』


丞は恐怖に顔を引きつらせながら、腰が抜けたまま後ずさる。

自分がどうにかされてしまうという危機感があったのかもしれない。


『ミヨがいなくなった今、あなたがミヨの変わりになるの。本望でしょ?ミヨの役に立つわ』


『いや、それは…』


問答無用とばかりに、彼女は丞の顔を片手でガッとつかむと丞はそのまま意識を失った。

次に丞が目を覚ました時には彼女の恐ろしい声は丞のものとのなり、丞もまた、この桜並木から離れる事のできない体となっていた。


彼女はたとえ時間がかかっても、丞をミヨのように育てられると思っていた。

しかし、自分自身が生み出した後継者と、もともと人間として成人まで成長してしまっている丞とでは勝手が違っていた。


ミヨはほぼ素直に彼女の言葉を受け入れていたが、巧は『なんで僕がこんな事を』と何年たっても、自分から進んで使命を果たすことはなかったそうだ。

丞に何かしてもらおうと思っても、口で伝えるだけでは言うことを聞かずに、ほぼ彼女が丞の体を操っていたようで、丞は操り人間のようなものになっていた。


ミヨが消滅してよかった事など彼女にとっては何も無かったが、1つだけ幸いな事に、ミヨの力が彼女のものになったのか、彼女の力が回復していた。

全盛期までとはいかなくても、不自由を感じることは無い程度にはなっていたそうだ。

そのため、本当なら、丞もいなくてもよかったのかもしれないが、もう後継者を自分で生み出せない身となってしまった今、たとえ使えない人間だったとしても、いざというときの為にも手放すことはできなかったという。


彼女に自覚はなかったかもしれないが、なんとなく丞を手放さない理由として、ミヨを奪われた恨みもあったのかもしれないと思った。


しかし10年経っても、20年経っても丞が自分から使命に前向きになることはなかった。

それどころか、時には彼女を殺そうと襲ってくることすらあったそうだ。

しかし、当然ただの人間が彼女をどうこうできるはずもなく、その度に丞に罰を与えていたという。


「罰って?」


どんな恐ろしい事をされるのだろうと、解放してほしい自分にも決して他人事ではないと、恐る恐る聞いてみる。


「別に大したことではないわ、ただ、気絶するまで痛みを与え続ける事くらいよ。私が配下に置いたことで、たとえ人間でも老けたり死んだりすることはもうないの。消滅という意味ではわからないけど。だからどれだけ痛みを与えても大丈夫なのよ」


彼女は柔らかな優しい声色で、まるで慰めるかのように話すが、内容は何も安心できるようなものではなかった。


それのどこが大したことではないのだろうか。

十分恐ろしすぎる。

死ぬことはなくたって、意識を手放してしまうほどの痛みだなんて、むしろ、死ぬことがないからと永遠に痛みを与え続けられるなんてどれだけの拷問なんだと想像するのも恐ろしい。


「そ・そうですか」


思わず自分の両腕を抱きしめる。


そういった事を繰り返すうちに、丞も彼女に言われた事に対しては無機質に行動するようにはなったが、いつまでたっても使えるようなところにまではならなかったそうだ。

しかもどれだけ罰を与えても、忘れた頃に、無駄だと分からないのか、無駄だと分かっていてもなのか、狂ったように彼女を襲って来ていたらしい。


さらに数年が過ぎた頃、彼女も丞は使えないと諦めはじめてきたそうだ。

こんな丞を手元においておくよりも、もっといい方法があるのではないかと。

そこで、丞に解放する条件を与えたそうだ。


条件はいたって単純。


変わりの人間を差し出す事。


それが、私になってしまったのだろう。

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Kirschbaum あつまいも @atsumaimo

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