少女と黒い鶴

Botan

第1話

あるところに一人の少女がおりました。

少女はとても心優しく、親の言うことを聞き、友達に優しく接する子でした。

勉強を頑張るとお母さんは褒めてくれました。

おもちゃを譲ると友達は喜んでくれました。

みんなが笑顔でいるのが一番良いと思っていました。


ある日、学校でテストがありました。

少女は頑張りましたが、どうしてもわからない問題があり、

一問間違えてしまいました。

家に帰るとお母さんは、

「どうしたの?貴方らしくないじゃない。うっかりミスなんでしょう?」

眉をひそめて言いました。

わからなかった、と言うとガッカリされると思った少女は、

お母さんの言う通りうっかりミスだったと答えました。

するとお母さんは

「ちゃんと見直しをしないとダメじゃない!」

と少女を叱りつけました。

少女は少し悲しくなりました。

問題も、お母さんへの答え方も間違えたと思いました。


別の日、友達と折り紙で遊んでいると、赤や黄色の綺麗な色はみんな友達が持って行ってしまい、少女には黒や灰色といった暗い色しか残されていませんでした。

友達は

「だって私はこっちの色がいいもの。

先に取っていいよって言ったでしょう?」

と言いました。

「黒?嫌だ。要らないよね」

友達はクスクス笑いながら行ってしまいました。

また少女は悲しくなりました。

そして、要らない、と言われた黒い折り紙が、少し可哀想になりました。


少女はその折り紙で鶴を折りました。

出来上がった鶴はピンと羽根をひろげて、とても凛々しく見えました。

鶴になった黒い折り紙は、なんだか綺麗に見えました。


そんな時、学校で作文を書く課題がありました。

少女は一生懸命考えて、作文を書き上げました。

お母さんに見せると、

「良く書けてるわね」

と言ってくれました。

次の日学校で提出すると、

「マセた文章だな、子供らしくない」

と言われました。

家に帰り、先生にそう言われた、とお母さんに言うと

「先生がそんな風に言うわけないでしょう」

と言われました。そして、お母さんはこう言いました。

「じゃあ、もっと子供らしく書きなさい」

少女は戸惑いました。

昨日は褒めてくれたのに、今日はダメだと言う。

子供らしいって何だろう?

お母さんにとって正しいのは先生なのだ。

良く出来た作文とは、子供らしい作文の事なのか。


少女は知っていました。

いつもニコニコしている先生が、冷たい顔で

「いい加減にしろよ」

と吐き捨てていたこと。

仲良しグループの女の子たちが、実は陰に隠れてお互いの悪口を言っていること。


でもそれは口に出してはいけないのだ。

わかっていても知らないフリをしなくてはならない。

何の興味もない本の読書感想文に、面白かったです、と書くように子供は子供らしさを求められるのだ。

それが大人にとって都合の良い「子供」で、同時に「いい子」と言われる子供なのだ。


少女はみんなが笑ってくれるのが一番良いと信じていました。

少女は子供を演じるようになりました。


知っていることも知らないフリをし、

嬉しくなくても嬉しいと言い、

周りの友達の反応を真似て、

浮かないように、子供らしく、黙っていよう。


いつしか少女は自分の主張をしなくなりました。

黒い鶴を綺麗だと言ってはいけない。

少女は心に蓋をしてしまいました。



歳月が過ぎ、少女は大人になりました。

お母さんの気に入る子供を演じ、周りの友達と同じように振る舞い、目立たないように生きてきた少女はすっかり「その他大勢の中の一人」になりました。

少女はこれでいいんだ、と思っていました。

目立つと叱られる。

他人と違うと疎まれる。


ですが、転機が訪れます。

少女はある日聞かれるのです。

「貴方はどんな人間ですか?」

自分という人間を、他者と違う点を挙げろ。

今まで蓋をしてきたことを今度は晒せと言うのか。

子供の頃、出る杭は打たれたのに大人になると求められる。

自分をおさえてきた蓋を取り外す機会でしたが、

少女には出来ませんでした。

子供の頃聞いた言葉は鎖となって絡みつき、心の枷となっていました。

自分は他者とはこんな風に違う、という正解の回答は何だ。

無意識に相手の求める答えを探し、辿り着けず落胆しました。そこに本当の少女はいませんでした。

自分には何もない。

叱られないように、ただそれだけを念じて生きてきた結果がこれだ。

少女は急に虚しくなりました。

長年閉じてきた蓋は錆びついた上に大きな重たい重石が乗っていました。


自分を見失った少女は何を信じていいかわからないまま、周りに流されて心はどんどん空っぽになっていきました。


過ぎた時間は取り戻せない。

周りが急にキラキラして見える。

でももう遅い。

私はもう大人になってしまった。

でも、どうだろう。

何かを始めるには遅いかもしれないが、あの日言わなかったことはもう言ってもいいのかもしれない。

あの日、子供らしくないと言われた。

大人になった今ならいいの?


その時何かが心の中をコツンとノックする音が聞こえました。

少女は恐る恐る蓋を開けました。

中にはあの日の黒い鶴が入っていました。

ピンと羽根をひろげて凛々しく佇む鶴を少女はやはり綺麗だと思いました。

と同時に、綺麗だと思えたことを嬉しく思いました。

そして今度は綺麗だと胸を張って言おうと思いました。


自分は黒い折り紙で折った鶴を綺麗だと思う。


誰かに気に入られる為ではなく、自分の答えを探そう。

そうしなければならないのではない。

それでいいんだ。

心の重石を取り払った少女に、鶴が微笑んだように見えました。

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少女と黒い鶴 Botan @botan

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