後編

「ねえ、パパ。さっきのもう一回やってみてよ!」

 ススムは目の前のタイムマシンにすっかり夢中になったようだった。

「ああ。……おっと。いかん、もう夕食の時間だな」

 時刻は、午後六時を回ろうとしていた。博士はススムの背中を優しく叩いた。

「続きは明日にしよう。さあ、そろそろお家に帰ろうか」

「うん!」

 博士はススムとともに研究所を出ると、しっかりと入り口に鍵を掛けた。


「遂に完成したんだよ。タイムマシン」

「本当なの!? すごいじゃない!!」

 その晩、家族三人の食卓で。

 博士が妻のヒナコにタイムマシンの完成を伝えると、ヒナコは涙を流して喜んだ。

「もう駄目かと思っていたわ。あなた……本当におめでとう」

 ヒナコの涙を見て、博士も思わず目頭が熱くなった。

「あぁ。十年間、僕を支えてくれてありがとう」

 ヒナコはかぶりを振った。

「ボクも見たよ、タイムマシン」

 ススムが得意気に言った。それを聞いて、ヒナコは顔を綻ばせた。

「……あら。二人で内緒にしてたのね」

 ススムはにっこりと笑った。


 食事を終えると、ススムはリビングで学校の宿題をやり始めた。

 ダイニングに残ったヒナコと博士は、息子について会話をした。

「あの子は、本当にあなたにそっくりね。好奇心が強くて、頭が良くて」

と、ヒナコ。

「それは楽しみだね」

と、博士が答えると、ヒナコは頷いた。

「それに、探し物がとっても上手いのよ。この前は、私がなくしたと思ってた爪切りを見つけてくれたわ」

「そりゃ、すごいな」

 博士は素直にそう思った。


 翌朝の早い時刻に、博士は妻、ヒナコに揺り起こされた。

「……あなた。あなた、起きて」

 博士は寝ぼけ眼をこすり、時計を確かめた。

「どうしたんだ。まだ四時半じゃないか」

「あの子がいないの」

「なんだって!」

 ヒナコの言葉を聞いて、博士は一気に目が覚めた。

「家じゅう探したけどいないわ。ひょっとして、研究所かしら」

「まさか」

 博士は書斎に行って、机の引出しを開けた。

 ――ない。研究所の入り口の鍵が。ススムが持ち出したのだ。

 二人は、慌てて研究所に駆け込んだ。入り口の鍵は開いていた。

「ススム!」

「ススム、どこ!?」

 二人は叫んだ。が、答える者はいなかった。

「未来に、行ってしまった……みたいだな……」

「そんな……」

 ヒナコはその場に座り込んでしまった。

 誰かにタイムマシンが使われた形跡があった。行き先は、百年後の未来にセットされていた。

「あなた……私、あの子が心配よ」

「僕もだよ。しかし、あの子とこの先も一緒に生きるには、方法は一つしかない。覚悟はいいかい?」

 ヒナコはこくりと頷いた。


 その二週間後、ある研究者とその一家が突如、謎の失踪を遂げたというニュースが話題になった。

 遺族や警察は懸命に捜索を行ったが、何の手がかりも掴むことができなかった。

 その一年後、博士の家や研究所は、ヒナコの親族に相続されることになった。

「なんだ、これ?」

 研究所の中に入った親族の一人が、残されていた大きな機械を指差して、怪しんだ。その変てこな見た目の装置は、ゆうに人ひとりが中に入れるほどの大きさだった。

「ガラクタだろ。ここの博士は、落ちこぼれの研究者だったっていうし」

「そうだな」

 その大きな機械は、粗大ゴミとして処分された。


(了)

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博士と未来のタイムマシン 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

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