博士と未来のタイムマシン

卯月 幾哉

前編

「やった! 遂に、タイムマシンが完成したぞ!!」

 博士は自宅に併設した研究所の中で一人、歓声を上げた。

 目の前には、人ひとりがゆうに入れるほどの大きさの機械装置――タイムマシンがあった。

「この十年の研究の成果がやっと実ったなぁ! いやぁ、今日は素晴らしい日だ!」

 博士は結婚し、子供もいたが、研究者としては一匹狼である。彼は少しだけ、独り言が多かった。

 この十年は家族にも苦労を掛けてきたが、特にタイムマシンの完成を心待ちにしていた息子は、きっと大喜びするだろう。

 出来たばかりのタイムマシンはまだ試作段階ということもあって、配線やパーツが外部に露出しており、不格好だった。

 ――今は、仕方がない。研究成果が認められて予算が下りたら、もっと格好良くしよう。

 博士はそう思っていた。

「だが、待てよ。この私の理論に狂いは無いはずだが、万一ということもある。まずは慎重に検証を重ねなければ」

 用心深い彼は、まずストップウォッチのタイムカウンターをスタートさせ、そのまま一分後の未来に送ってみることにした。

「成功だ」

 一分後、虚空から出現したストップウォッチのカウンター表示は、一分前のものだった。

「生き物でも試してみよう」

 博士は実験用のモルモットを、ケージごと一時間後の未来に送った。ケージには先ほどのストップウォッチも、カウンターを動かしたまま一緒に入れておいた。

 すると一時間後、モルモットとストップウォッチが入ったケージが研究所内に出現した。タイムカウンターの表示は一時間前のままだった。

「よしよし」

 気をよくした博士は、次に博士自身が未来にタイムスリップしてみることにした。腕時計を見ると、時刻は午後三時一五分だった。


 博士は二時間後の未来にタイムスリップした。研究所内に変化はなかったが、置き時計やパソコンの時計を確かめると、午後五時一五分になっていた。一方で、博士の腕時計は午後三時一五分のままだった。

「やったぞ! 未来にタイムリープするという実験にも成功したぞ!」

 博士は思わず、両手でガッツポーズを作った。

「パパ、さっきはどこに行っていたの?」

 思わぬ声がして、博士はビクッとした。

 一人息子のススムが研究所内に入り込んでいた。好奇心旺盛な年頃の息子は、研究所で遊ぶのが好きだった。どうやら学校から帰ってきたらしい。

「ススムか。ここは危ないから、パパがいないときに入っちゃ駄目だって言っただろう」

「うん。でも、いまはパパがいるよ」

「そうだね。それより、いよいよアレが出来たよ」

「あれって?」

「タイムマシンだよ」

「うそ!! できたの!? パパすごい!!」

 息子の素直な感動の声に、博士は鼻が高くなった。

「ああ、見ててごらん」

 博士はデスクにあったボールペンを一本、一分後の未来に飛ばしてみせた。

「三、二、一、……ほうら、ボールペンが一分前からやってきたよ」

「ほんとだ!! すごい!! 手品みたい!!」

「手品なんかじゃないよ。タネも仕掛けもないからね」

「パパ、手品師みたい!」

「はははっ、上手いこと言うな。ススムは」

 好奇心がいっぱいのススムは、タイムマシンについてあれこれ訊ねた。

 博士も長年の研究が実って気分が昂揚しており、気前よく答えた。

「どのくらい未来まで行けるの?」

「理論上は無限の未来に行けるよ。ただ、まだ誰も試したことがないから、何が起こるかわからないんだ。このタイムマシンでは、百年後の未来まで行けるようにしてあるよ」

「百年後!! 行ってみたい!! 百年後のボクに会えるかなぁ?」

「はっはっは。今から百年後に行ったら、百年の間、ススムはいないことになっちゃうよ」

 それに、と博士は付け加えた。

「まだ、あんまり未来には行かないほうがいい。このタイムマシンでは未来には行けるが、過去には帰ってこれないからね。とり返しのつかないことになってしまうよ」

 そう。タイムマシンはまだ未完成だった。少なくとも、博士はそう考えていた。過去へ戻る機能も揃わなければ、扱いづらいものだろう、と。


(後編へ続く)

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