冬の無い街
中田祐三
第1話
「今年は冬が無かったそうですよ?」
海沿いに作られた堤防の上に腰掛けながら芙由子(ふゆこ)が俺に言ってくる。
「今年も……だろ?」
俺は興味なさ気に答えた。
俺たちの目の前には打ち捨てられて錆びついた漁船とその残骸が砂浜に転がり、一部は波打ち際で静かに揺れている。
もう何年もこの街には冬が来ていない。
春が来て桜が咲き、夏が来て青い水平線を見せて、秋には小高い山の上に鮮やかな紅葉が俺達を魅了してくれる。
しかし冬だけは決してこの街には訪れず、紅葉が散る頃にはもう暖かくなって桜が咲き始めてしまうのだ。
当初は寒い冬が来ないことを喜ぶ人間達も一部にはいたが、一年も二年も立つとおかしいと思い始め、五年後にはどうにか冬を呼び戻そうと全員が色々と話し合った。
そして十年後にはほとんどの者が諦めてこの街を去っていった。
単純に季節が三つになったわけではない。
何十年、何百年、何千年と繰り返されてきた理が崩されてしまったのだ。
その影響力は甚大なものだった。
魚も取れず、鳥も訪れず、そして山の獣達もこの場所から離れていく。
それらを生業とする人間達も切り取られるように居なくなっていく。
そしてまたそれを相手に商売する人々も……。
切り分けられたケーキのようにスパスパとこの街を構成していたものが消えていく。
その中で俺と芙由子は何年もこの場所で過ごしている。
「どうなるんでしょうね……この街は」
「……さあな」
わかりきった答えなどわざわざ言う必要なんてない。
そしてわかっていても問いかける彼女の望みを叶えることも無い。
生まれたときからこの街に居る芙由子は寂しそうにこちらを見た。
俺は同じように、産まれたときから住んでいるこの街の最後を心の中に焼き付けている。
「……恨んでるか?お前をその身体に縛りつけたことを……。」
「冬の化身だから冬子って名づけようとしたときに比べれば恨んでませんよ」
「だからせめて芙由子って字を当ててやっただろ?」
「根本的にネーミングセンスが無いんですよね」
苦笑する彼女の横に座り、そっと身体をくっつける。
「恨まれててもいいさ……それでも俺はお前と一緒にいたかった」
「悪い男の人に捕まっちゃいましたよね……出会った時はまだこんな小さい子供だったのに」
座り込んだ肩口あたりに手を当てながら笑いかける。
「十五年もかかった……それでも不完全で代償も大きかった」
「おかげで抜かされちゃいましたもんね~、身長も見た目の年齢も……他の人が私たちを見えてたらロリコンって言われちゃいますよ」
「関係ないよ、俺はお前と出会ってからずっとうそつき呼ばわりされてたんだからな、俺にしか見えなくて冬にしか会えない少女なんて妄想癖にも程があるってさ」
「でもこれでずっと一緒にいられるでしょ?」
「ああ……ずっと一緒だ」
力強く言った俺のすぐ後ろを最後まで残った街の住民が車に乗って通り過ぎていく。
行方不明になった息子が帰ってくるのを待ち続けた老夫婦が……。
「……後悔してないんですか?」
最後の住民を見送りながら芙由子が言った。
「しないよ……反省はしても後悔はしてない」
冬の来ない街だった場所に二人で佇みながら、俺は彼女の手を握る。
『冬』はもう訪れることは無い。
なぜなら『冬』はここに存在している。
いつまでもこの場所で俺と『冬』は一緒に居るのだ。
春の桜を愛でて、夏の水平線をいつまでも見て、鮮やかな紅葉に感激して移りゆく季節を……。
ずっと……ずっと……永遠に。
冬の無い街 中田祐三 @syousetugaki123456
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