そして私は神になってしまった。

中田祐三

第1話

「いやーお前の家に来るのは久しぶりだな何年ぶりくらいか?」


「ああ…そうかな?」


 そんな会話をしながら私たちは彼の家に向かって歩いている。


「そうだよ…たしかお前の奥さんと軽井沢にいったとき以来だから3,4年ぶりくらいだな。」


「そうか…もうそんなになるのか」


 しみじみと彼は言った。


彼のその態度に私は思わず噴出してしまう。


「おいおいどうしたんだ?まだそれくらいなのに懐かしんじまって、もう老人化する気か?」


 軽く笑い飛ばし冗談っぽく言ってみる。


「そういえば奥さんは相変わらず美人なのか?初めて会ったときはずいぶん年下の嫁さんもらったなと思ったよ」


 彼は『ああ』とか『そうか』としか返さない。


 その生返事になんとなく気まずくなってしまい、私はふと彼の奥さんのことを思い出した。


初めて彼の奥さんと会ったのは私が家内と結婚して5年たったころだから私が三十代後半のころだった。



彼はその少し前まで一人身で、私から見ても女っ気のない奴だったが、あるとき結婚するという話を聞かされて驚かされたものだ。


 またその奥さんを見たときもさらに驚いた。


 歳は彼より若いはずだがそれでも三十代のはずなのに彼女はどう見ても二十代前半に見え本当に綺麗に笑う人だった。


 後で彼本人に聞いてみるとやはりいいとこのお嬢様だったらしい。


当時の私達にやっかみ半分で言われながらも控えめに笑う彼ところころときれいに笑う彼の奥さんの顔が印象的だった。


 しかし彼女が来ることはそれ以後なく彼も旅行には参加しなくなってしまった。


 いつも誘うのだが、彼はなんだかんだと理由をつけて旅行に参加しなかった。


 今年の春の旅行が企画されたときも彼は申し訳なさそうに辞退すると言ってきて、みんなに説得されても申し訳なさそうに笑いながらそれでも断ってしまうのだ。


 私は何か事情があるのかと思い、彼を半ば無理やりに誘って自分のなじみの居酒屋に彼を連れて行くことにした。


彼は最初すぐ帰るといっていたが、それでも私がしつこく説得し酒を飲む。


「そういえば君とは同期で昔はよく酒を飲んでは笑っていたな」


 ポツリとつぶやくように彼が話す


「うん?そういえばそうだな、お前が結婚してからは本当に飲みに行かなくなっちまったな。まああんな綺麗な奥さんがいるなら仕方ないか?」


「綺麗か…確かに彼女は綺麗だったな…。なあ君、どうやら私は大分酔っているよってしまったようだ…これから私の家に来ないか?」


「それはいいな!ひさしぶりに君の奥さんの顔でも見て癒されようかね?最近俺の家内はヒステリックでしょうがないよ」


 彼以上に酔っ払っていた私は訳のわからないことをいいながら、それを了承した。


 そしていま私達は彼の家に向かって歩いているわけである。




 彼の顔を見てみる。


彼の家に近づくにつれ気のせいか憂鬱な顔になっているように思える。


気のせいだろうか? 大抵の人間にとっては我が家とは安心するところのはずなのだが…。


彼のその顔を見ているとなんとなく言葉が出てこず、さっきまでとは打って変わって私は無口になった。


 彼も何もしゃべらず、私達は静かに路地を歩いている。


「一つ言い忘れていたけど…これから私の家についても適当に私に話を合わせてくれるかい?」


 唐突な話に一瞬面食らってしまったが、彼から話を作ってくれたことがありがたく私はわかったよと言った。


 それから彼はまた一言もしゃべらなかった。


 その間、私は私で彼の話を頭の中で考えていた。


 話をあわせてくれとはどういう意味だろうか?


酒は飲んで帰ってきたが、まだ十時前だ。


遅く帰ってきたといわれることもないだろうに…。


 それとも奥さんがあまり家に人を上げたくないくらい人見知りするのだろうか?


前にあった奥さんからはそんな感じはしなかったのだが…。


「ついたよ…ここが私の家だよ」


 彼の家は……………普通だった。


とくに広いわけでもなく、かといって狭いわけでもない普通の一軒家だ。


しいてあげれば、随分と手入れをしているのでよほど愛着があるのだなという印象を受ける。


玄関にカギを差込み時に彼は一瞬立ち止まったが、すぐに玄関の扉を開く。


「いま帰ったよ」


 するとすぐに奥さんが出てきた小奇麗な姿をして昔と変わらないように見えるのだが、前に知り合った時とは変化したように思える。


しかしそれがなんなのか私にはわかりかねた。


「お帰りなさいませ、救世尊様…あら?そちらのお方は?」


「ああこちらは私に前世から使えていた新鋭隊長のサーマーだ。お前も前にあったことあるだろう?そのころはまだ覚醒していなかったが」


「まあ…そうでしたの!そういえばこれはようこそいらっしゃいました。まだ私は覚醒が足りませんのでサーマー様のことは思い出していませんの申し訳ありません」


 そういって私の足元にひれ伏す


……なんだこれは?


救世尊とは? 私の名前がサーマーだと?


彼もそうだが、彼女も何を言っている?


覚醒? 覚醒とはなんだ? いったいこれはどうなっているんだ?


「いや…私は…」


とたんに彼が私の肩をつかむ。


それはギリギリと爪が食い込むような力で、おどろいて振り返る私に彼は真剣な顔で首を横にふる。


 何も言うなということなのだろうか?







 お互い黙り込みテーブルにつくと、彼が奥さんを呼びとめて何か持ってくるように言う。


奥さんが台所に消えると彼は寂しそうに私と話し始めた。


「すまないね…驚いただろう」


「い…いや、まあ…ね」


 なんと返していいかわからず口ごもっていると奥さんがよく冷えたビールを持ってきてくれた。


ビールの栓をあけて奥さんがコップにビールを注いでくれて一気に飲みほす。


よく冷えたビールはどうしてこんなに美味いのだろうか?


そんなことを思いつき口に出してみた。


「いやー上手いですね。なぜこんなにうまいんでしょうか?奥さんがいれてくれたからかな?」


 気まずかった雰囲気を払拭しようと軽く冗談を言ってみたが、


「私のような凡人には神の飲み物を美味くする能力はありませんわ。ただ美味しくなるように冷蔵庫の前で毎日祈りをしているだけです。美味しくなれと祈ればどんなものも美味しくなりますものね?」


「そ、そうですか」


 予想外の言葉に驚いていると彼が助け舟を出してくれた


「浩子、湯浴みをするから用意してくれないか?後はもう寝室で瞑想してなさい」


「はい…かしこまりました。それでは失礼いたします」


 軽く頭を下げて奥さんは居間から出て行った。


「大丈夫か…?すまないね」


「いや…その…奥さんはどうなってしまったんだ?一体…」


 彼はグラスにビールを注ぎ少し飲んだあと軽くため息をつき話してくれた。


「もう何年も前のことだ。妻がある新興宗教に入信してしまってね、君も知ってるだろう?テレビで散々取り上げられていたんだから」


そういえば何年か前にニュースで強引な勧誘方法と修行中の信者を殺してしまった宗教団体があったのを思い出した。


その当時はあんないかがわしい宗教にはまる奴ってのはどんなやつなんだろうと笑っていたが、まさか自分の友人の奥さんがはまっているとは思いもしなかった。


「そう…それだよ。その当時妻は実家のお母さんの病気で悩んでいてね、私も仕事が忙しくてかまってあげられなかったから余計つかれていたのだろうな。友人から誘われてその宗教団体の道場にいってそこで色々言われたらしい。なんでもお母さんが病気なのは先祖の因縁なのだと言われて勿論最初は信じてなかったのだろうが、ためしに修行してみなさいといわれてその修行の合宿にいったそうだよ。私には旅行と言ってたがね。私もその時もっと気をつけていればよかったよ。本当に……なんであの時いいよと軽くいってしまったのだろう」


 彼はまたビールの入ったグラスを傾けて飲み干した。


苦渋に満ちた顔で彼はまた話し始めた。


「一週間という予定でね、私もそのときは忙しかったから好都合だったんだが…」


 そこで言葉を切り、うつむいてしまった。


 私はビールの瓶をとり彼のグラスにそそぐ。


黄金色の液体からはシュワシュワと心地よい音がしているが、それは今この場ではかえって雰囲気を重くしているように思えた。


「それで?どうしたんだい?」


 私は彼を促した。


気分を害さないように慎重に真剣に。


「ありがとう…そう、妻はその一週間の合宿から帰ってきたんだ。帰ってきた妻を見たとき私は驚きを隠せなかった。ボサボサの髪に疲れ果てた顔。しかし目だけは異常にギラギラしていて…。まるで飢えた獣のようだった。それからの妻はまるで別人だったよ。毎日貯金から金をとりだして、ありがたい仏像や壷を買ったり…ああそうそう聖なる食べ物だとかいって豆腐の出来損ないのようなのもあったな、とにかくそうやって買ってくるものだから私が気づいたときにはすでに貯金が底をついてしまい借金まであったよ」


私は言葉を失い、黙ってグラスに注いであったビールを飲み干した。


「私は当然妻を詰問した。そのたびにケンカになってね…。思わず妻をたたいてしまったことも何回かあるよ。それでも妻はわかってくれずに現世のためとか人類のためとかいってまた借金をしていろいろなものを買って来る」


「しかし…その…専門家とかには相談しなかったのか?」


「そんなことはできなかったよ。彼女はいいところのお嬢さんでね私との結婚も半ば強引に認めさせたようなもので彼女の両親は私のことをよく思っていなかったんだ。そんなときに妻が宗教にはまったなんていってしまったら彼女と引き離されてしまうと思ってどこにも相談できなかったよ」


「そ…それじゃ…奥さんは今も…まだ」


 彼は首を横にふり、私の想像を否定する。


「いや…彼女はもうその宗教からは脱会しているよ。というより別のものに移ったというほうが正しいか」


「それじゃ彼女は今は別の宗教にはまっているのか?」


「それもまた少し違う。彼女はもう宗教団体には入信していないよ」


 彼の真剣な顔に圧倒されながら私は疑問を口にした。


「それじゃ…それじゃ…彼女のあれは…なんなんだ?…どう考えても異常じゃないか!君のことを救世尊だなんて…まさか…」


 彼は私の言いたいことを理解したようで真剣な顔でうなづき、そして言った。


「そう…妻の入信しているのは私自身だ。正確に言うと私が彼女にとっての教祖になった。ただ信者は彼女一人だけだがね」


 私はただ黙って動揺を隠そうとグラスにビールを注ごうとするが手元が震えてしまい少しこぼしてしまった。


慌てる私にふきんをわたし彼は穏やかに言った。


「そう…驚かないでくれ、無理も無いが…なあ君は私が狂ってしまったのではないかと思っているだろうが…私は正常だよ」


 自分が教祖になったというのはどう考えても正常ではない。


しかし彼のその穏やかな声を聞いていると落ち着いてきて私は当然のことを質問した。


「なぜ…?そんなことを?」


彼はイスの背もたれに背中を預け上を向き大きくため息をつく。


それだけで雰囲気がさらに重くなったようで、私はビールを少し飲みこんで落ち着こうとした。


「なぜか…?当然だな…しかし私にはこれしか手が無かった…彼女が教団にはまって2ヶ月くらいしてだったかな、私は書店である本を見つけたんだよ。どうにか彼女を昔のようにしたいと思って宗教関係の本や脱会カウンセラーの本を探しにいってそれをみつけたんだ」


一拍あけて、


「ところで…君は宗教団体がどうやって一般人を信者にするか知っているかい?」


 突然の問いかけに私は考え込んでしまった。


時間をかけて説得…? いやそれだけで信者になるならこの世は信者だらけだな、それでは


「それでは何か特別な方法があるのだろうか? 全く信じていない人を信じ込ませてしまうような方法が…?


「答えは一つ……洗脳だよ」


「…洗脳…?」


 思わずオウム返しに聞き返す。


「そうだよ…洗脳だ。まずどこかに監禁して徹底的に今まで培った価値観を否定して、空っぽになった頭に新しい価値観を植えつけるのさ、自分達の都合のいい価値観を…ね」


「し、しかしそんな簡単に考えを変えさせられるのか?」


「私の妻は2週間ですべて変わって帰ってきたよ」


「………」


 黙りこんでしまう。


彼の話が本当なら確かに彼の奥さんは2週間で変わりはててしまったのだ。


「で、でも、奥さんはその宗教団体に洗脳されたのだろう?なぜ今度は君を崇拝しているのだ?」


 彼は黙ってグラスにビール瓶を傾ける。


しかしビール瓶からはビールは流れてこなかった。


「空っぽか…新しいのをだすよ」


 そういって彼は立ち上がり、冷蔵庫に向かった。


 その間、私は彼の答えを待って黙り込んでいた。


自らの質問の答えを私は早く聞きたかったが、なぜか言葉を発することができなかった。


しっかりと冷えて水滴のついたビール瓶を持ち、それを開けて自らのグラスに注ぐとシュワシュワと炭酸の音が聞こえてくる。


いつもならその音にわくわくしてしまうのだが今日はなぜか緊張感だけが増してくる。


「さてと…質問の答えだよね?簡単なことだよ、私が彼女を再洗脳したんだよ」


 彼はそういってグラスを傾けてビールを飲み干す。


「な…なん…だって」


 私は絶句してしまった。


薄々はもしかしたらと思っていたが、はっきり言われてしまいそれが確定してしまうと何もいえなかった。


「勘違いしないで欲しいのは私は某宗教のように信者を増やしたいとか世界を救おうなんてことは考えていないよ。ただ妻と二人っきりで慎ましやかに日々をすごしたいだけだ」


「そ、それじゃ…なんでそんな…ことを」


「仕方なかったのさ…、君は脱会カウンセラーの仕事を知ってるかい?多くの場合、彼ら自身も宗教人なんだ。ある人は神父、またある人はお坊さんだったりね。脱会カウンセラーの仕事というのは危険なカルト宗教から穏健な宗教に入信させるのが仕事なんだよ。一度神を信じてしまったら昔のようには戻れない。常に神を信じなければいけない人間になってしまうんからね」


 そこで一旦話を区切り彼がビールを飲み干す。


「…だが、私にはそれが我慢ならなかった。私の幸せはその神という概念に壊されたのだからいくら穏健とはいえ神を信じる行為が私にはどうしても我慢がならなかったんだ」


「だ、だから…」


「そう…私は神になることにした」


 一瞬沈黙があたりを支配する。


「もちろん私も最初はそんなことは思わなかった。しかし私は彼女を監禁して神を否定させようと説得したがどうしても彼女は納得しなかった。そこで出会ったのがさっき言った本だよ、本にはカルト宗教がいかに人々を洗脳していくかを詳細に書いてあった…私はこれを利用しようと思ったんだよ…」


「そ…それで?」


私は話を促した。


緊張しているのか、喉はからからでビールを飲み干してもまだ渇く。


なのでさらに注ぎこみながらそれでも彼の話からは気をそらさなかった。


「まず…私は監禁している彼女の食事を意図的に減らした。そして教義の矛盾点を徹底的に突いた」


その口調は内容とは裏腹に落ち着きはらっていた。


「最初は彼女は反論していたが同じ質問を何度も何度も突きつけて彼女を疲労させつづけていくと食事を減らしているから慢性的に栄養不足になった脳は能力が落ちてきて暗示にかかりやすくなってくる。やがて彼女は何も答えられなくなってきた。そこで教義の矛盾を否定するようなことをつぶやけば食事を与えるようにしたら彼女はぽつぽつとだが否定するようになってきたよ。最初はここは間違っているかもしれないけど教義自体は正しいんだといっていた彼女もやがて教義自体も否定するようになった。彼女の価値観はまた限りなくゼロに近くなってきたので、私は次の段階に進むことにした」


淡々と神になる準備を話し続ける彼の話に私は夢中になっていた。


「そ、それは…?」


「次の段階…それは空っぽになった頭に新しい価値観…つまり私こそが神だということを植えつけることだ。」


「私は彼女に私こそが神だといわせ続けた。言わなければ食事を抜き、地獄に落ちるといってね、人間やはり極限状態になると我慢ができなくなるのだろう。彼女はすぐにそれを唱え続けるようになってきたよ。そしてそれを一週間ぶっつづけで続けさせた。睡眠時間もトイレもすべて削ってね。一週間目の朝に彼女はついに私に涙をながして謝罪した」


『救世尊様、私が盲目でした一生あなたにつかいますとね……』


一瞬の沈黙の後に…、


「その言葉が出てきたとき彼女はやっと私の元に返ってきたのだと確信して私も泣いたよ…」


そこまで告白したところで彼は力弱く、


「そして私は神となってしまった」


総括するようにポツリと言った。


「…………………」


 私は何も言わなかった。


いや何も言えなかった。


彼は狂ってはいないといっていたがやはり狂っているのではないだろうか?


監禁やろくに寝かさずに自分を崇拝させようとは狂人のやることだろう。


 しかし私は彼が奥さんを強く愛していたということを知っている。


旅行に来たときに常に彼が彼女を気遣っていたことを知っている。


「……どうして俺に…?」


 彼は下を見ながら黙りこむとおもむろに話し始めた


「なあ…私は幸せだよ。しかし私のやったことは狂人のやることだろう。君の顔をみればわかる……それでも私は彼女を愛していた。彼女と離れるなんて考えられないんだよ。しかしこの関係に疲れることもある、私はこんな関係など作りたくはなかったんだ、でも仕方なかった…こうするしかなかったんだ。君に話したのは単なるグチだよ深い意味はない、ただ誰かに話したかったんだろうな………」


色々な感情がごちゃ混ぜになった彼を見て、私は力強く言った。


「……このことは誰にも話さないよ」


「ありがとう……」


 




 帰り際奥さんは玄関の外まで私を見送ってくれた。


彼もまた玄関の外まで来て手を振っていた。


帰り際、私は彼の顔を見てみる。


心なしか明るくなったような気がする。


グチって心が少しだけ軽くなったのだろう。


奥さんは奥さんで幸せそうに微笑んでいた。


 家に帰ると妻が遅くなるのなら連絡くらいしなさいよといつものように私に文句をいいながら晩酌用のビールをだしてくれた


「せっかく用意しておいたのに遅いからぬるくなってしまいましたよ」


その文句を背中に受けながら私はグラスにビールを注ぎ飲み干す。


ぬるくなったビールは不味いはずなのだが、何故か彼の家で飲んだよく冷えたビールより美味い気がした。


「なあ…」


「なんですか…おつまみなら自分でだしてくださいよ」


「いや…愛してるよ」


 洗い物をしている妻の身体が固まったのを感じた。


「まったく…なんなんですか…いきなり…恥ずかしいでしょ!」


 ぴしゃりと言い放たれて思わず苦笑いを浮かべながらふと気づいた。


そう…これが幸せなんだ。


私にはこれが幸せなのだ。


そして彼にとってもあれは幸せなのだろう。最大限の…。


彼は幸せを守るために奥さんを洗脳した。


しかし実際に彼と奥さんは幸せになっているじゃないか、彼は奥さんを利用しようとも不幸せにしようともしていない…ただ愛している。


それならば彼の行為も許されるのではないだろうか?


そう思って、私はぬるくなったビールをただ美味そうに飲み続けるのだった。





 


 





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