第9話 スープ


随分と気分がいい。

そうだ、俺たちは手掛けていた大きな仕事が終わって打ち上げに来ているんだった。


「いやー、これで■■も■■だな!」


「主任こそ■■■じゃないですか!」


「しかし念願の■■が■■■■……」


周りは、そうだ。仕事の同僚だ。仕事が上手くいったことで話をしているはずなのに、何を言っているのかよく聞き取れない。

少し飲みすぎただろうか?

普段から悪酔いはしないように気を付けていたはずなんだけどな。


「■■さん、飲んでますか?」


女の子が俺に微笑んでくれる。いやいや少し酔っぱらったみたいだからお冷でも頼もうかな。


「ええー、でも折角■■■なんですよ! もっとパーッといきましょう!」


無理をしたら明日の仕事にも障ってしまうしな、君だって若い女の子なんだから酔いつぶれたりしたら危ないぞ。


「仕方ないですねー、じゃあそろそろ帰りますね」


一転して飲み屋から外に放り出され、俺は女の子を見送っていた。

あれ……? 何かおかしいぞ。


身体に衝撃が走る。


「■■! ■■!」


ダメだ、俺は……そうだ、ここで死んだはずだ。

同僚達が必死に俺の名前を呼んで体を揺すっているが、そんなに揺すったら首が曲がってしまう。俺の身体はもうだめになってしまっているんだ。


「■■! エリク!」



ブワッと目が覚める。

夢だったのか。

死ぬ間際の夢を見るとは、なんて嫌な夢だ。

首筋にもじっとりと汗をかいているし心臓もドキドキしている。ああ、嫌な目覚めだなぁ。


「もう、晩御飯だから呼びに来たのにすごくうなされてるから心配したわよ! 何か怖い夢でも見たの?」


横を見ると、女の子……そうだ、ルルだ。ルルがいた。

街について、孤児院にきて、部屋で寝ていたんだ、そうだ。


「だいじょうぶ、ちょっと嫌な夢だったけど、だいじょうぶだよ」


「本当? すごい汗よ。調子が悪いならご飯は持ってきてあげようか?」


「良い、食べに行く。一人で居たくない」


そう答えるとルルは「わかった」と応えて俺を案内してくれた。

食堂と呼ばれる場所にはモラール院長と他に、最初に見なかった少し大きな子が9人と、俺くらいかそれより小さな子が4人いた。大きな子には男児が2人しかいなかったが小さい組には男児が3人と比率が少し偏っている。

それでも全体的には女児のほうが多いようだ。

大きい子の間に小さい子が座るようにして小さい机をつなげて長方形にしたテーブルについていた。


俺が部屋に入ると皆が珍しい物をみるように注目してくるので、軽く会釈をしておく。

ルルに案内されるままにモラール院長の横に立たされた。


「はい、皆さん静かにしてください」


院長が軽く手を叩くと、ざわついていた場が静かになる。


「結構。先ほど軽く紹介しましたが、今日からこの家で新しく家族になるエリク君を紹介します。エリク君、自己紹介をしてください」


「エリクです。年齢は5歳です。今日からお世話になります、よろしくお願いします」


「はい、皆さん拍手」


俺がお辞儀をするのと同時に、モラール院長が拍手をする。それに続いて子供たちも拍手をして俺を歓迎してくれた。


「エリク君は5歳なので、年少組になります。同室になる男の子達は後で自己紹介をするといいでしょう。女の子達は少し数が多いので、明日からでもゆっくりとお話をしてください。それでは食事にしましょう。エリク君、シル君の隣に座りなさい。シル君は手を挙げて」


シルと呼ばれた男の子が手を挙げたのでその隣の空いた席に座った。


「よろしくな、俺はシルっていうんだ。今日の晩御飯は俺が採ってきたんだぜ」


「よろしく、シル君。採ってきたって、今日はどんなご飯なの?」


「ポポコ芋のスープだ。おっきなやつが掘れたからたくさん食べれるぞ」


お、ポポコ芋は知っているぞ。

確か樹の知識では色んな料理に使われる芋だってきいている。

見た目はサツマイモみたいなのだけど、味はどっちかというとジャガイモに近いやつのはずだ。

俺はどちらかというとジャガの方が好みなのでこれは楽しみだな。


そんなことを話しているとモラール院長が鍋を持ってきた。

湯気が立っていて、芋を煮た良い匂いがしてくる。


子供たちがお皿を持って順番に院長の前に並んでいるので、俺もシルについて並んだ。

全員分に芋スープがいきわたると子供たちは祈るようなポーズをとったので、慌てて俺も倣う。


『火の神様、今日も暖かい食事をありがとうございます』


アーメン、とかは無かった。

多分これがこっちでの「いただきます」みたいなものなんだな。次からは失敗しないようにしよう。


芋スープは美味かった。

なんというか、まず芋が美味い。あっさりしたような味なのに、ものすごく芋の香りというか味というか、とにかく濃いのだ。

塩で味付けされていたけど、これは芋を茹でただけでもスープになるんじゃないかな?

他にもパセリみたいな葉っぱが浮いていたけど、こちらも清涼感のある香りがして気に入った。


シル君はというと、一生懸命食べる中でチラチラとこっちを見ていた。

自分が採ってきたと言っていたし、美味いと言ってほしいのだろうな。

実際に文句なく美味いので「シル君の採ってきてくれたお芋は美味しいね」と言うと、とても嬉しそうにしていた。無邪気でかわいいものだ。


いかんいかん、俺は5歳なんだからあまり大人ぶった余裕はだめだな。


食事が終わって部屋に戻ると、男子達が勢ぞろいする。


普通なら皆すぐに寝るのだろうが、今日は俺というイレギュラーがいるので興味深々みたいだ。


齢の大きい順に自己紹介を受けると、9歳のシル、7歳のティト、5歳のノッツ、同じく5歳のケール、4歳のサルタだ。

皆普段は畑仕事を手伝っているらしい。


年長となるのは6歳から上で、5歳までは年少組とされてあまりたくさんの仕事はふられないそうだ。

ノッツ達の話では草むしりがメインの仕事で、他の難しい仕事等は年長になってから任される。

その間、色々な事をやってみる中で自分の適性を探して職につくというわけだ。


とはいっても、孤児院から出るのでは男は大抵が農夫になるらしい。

そりゃ農作業メインでやってたらそうなるよな。


たまに親が存命の頃に教育を受けていたようなヤツがいて、そういうのは商売人が丁稚として引き抜いていくんだそうだ。

農作業が楽しいと言うシルとは対照的に、ティトは将来偉くなってお金持ちになりたいんだと言っていた。


「ティト君は何かやりたい事があるの?」


「……わからない。けど、学校とかへ行って色んなことを勉強してなんでもできるようになりたいんだ」


「学校へは行けないの?」


「すごくお金がかかるんだ。僕たちは孤児だから無理だよ。でも、勉強して偉くなれればいいなってずっと思ってる」


どこの世界でも金か。

そう考えると前世は恵まれていたな。何もしないでも親が子供に教育を受けさせることが義務化されていたわけだし、嫌でも学校へ行かされていたんだから。

それがすごくありがたい事だと気が付くのが学校が嫌なものじゃないとわかってからなのだから皮肉なものだ。


「学校ではどんなことを習うの?」


「文字の読み書きとか、数術とか、歴史とか、そういうのだよ」


ふんふん、だいたいその辺は俺の認識と同じなんだな。

うーん、どうしようか。

折角なので文字くらいは教えてあげて恩を売っておきたいという気持ちもある。

何せこれからの事を考えればティト君は俺の年上且つ先輩になるのだ、味方を多くつけておくにこしたことはないだろう。

幸い、俺は語学だけはずば抜けて達者なのだ。

産まれてすぐ両親の言葉が意味不明だったおかげで、この世界の言語を質問しまくったからな。

喋るのも勿論、文字もばっちりだ。多分魔法とか特殊なのを除いて一番俺にとって価値のあるスキルだ。

前世じゃ母国語しかしゃべれなかった俺もここじゃ世界中どこでもマルチリンガルな生活ができる。はずだ。


「歴史とかはわからないけど、文字はわかるから教えてあげようか?」


「本当!? エリク君は文字を教わってたんだ! じゃあ僕の名前をどう書くのか教えてよ!」


「いいよ、じゃあ何か書くものをちょうだい」


そこでティトはハッとして残念そうにうつむいた。

訳をきくと紙とペンは大人が仕事に使う所くらいでしか見た事がないそうだ、もの凄く高価というわけでもなさそうだが、子供が字の練習をするほどは手に入らないのだろう。

落ち込むティトがかわいそうだが、代わりになる物もすぐに用意できそうにないし、困ったな。


「明日明るくなったら地面に書いて教えてあげるよ」


「うん! 約束だよ!」


文字を覚えるのがよほどうれしいのか、ティトは一瞬で笑顔になった。

シルもそうだけど、ここの子達はイメージした孤児院の子供と違うというか、スレてなくていいね。

もっとなんていうか、新人は先輩に飯をよこすのが普通だとか言われたらどうしたものかと思ってたよ。

魔法無しの俺はひょろい体なので多分喧嘩しても普通に負ける。

結構肉体労働も多そうだし、少しくらいは鍛えておかないとまずいだろうか?


「エリクは何かやりたい事とかあるのか?」


シルだ。ほかの年少組を寝かしつけてから俺たちの会話に入ってきたみたいだ。


やりたい事か……。そういえば生まれてからここまで1週間くらいかな? 怒涛の日々でとにかく生き延びる事を考えていたからやりたい事って考える事は無かったな。

俺がこんな事になってるのは何か重大な使命があるとは知ってるけど、結局何をすればいいのかもよくわからない。


「そんなに難しく考えなくても良いと思うけどなあ、字が読めるんだったら色々できると思うし、モラール院長が良い働き口を紹介してくれるよ」


「うーん、そうかな? でもそうだなあ、折角だし人の役に立つことをしたいかな」


「まってまってエリク君、どこかに働きに行く前に文字を教えてよ!」


俺が別のとこへ就職してしまうかもしれないと聞いてティトが慌てている。明日教えると言っているんだから安心してほしい。


「わかったよ。じゃあ今日はそろそろ寝よう」


さっき寝て起きたばかりだけど、お腹が膨れた事でまた少し眠くなってきたのでベッドに入る。

まともな物を食べて、ベッドで眠れる。

今の俺にはこれが一番の幸せに思える。


けど、ここでは子供といえど何か仕事をするなりしないと生活していくことは難しいのだ。

将来何をするか、か。

さっきは思わず就活面接のときみたいなこたえを言ってしまったけど、働くっていうことは少なからず社会に貢献することだから誰かの役に立つことだ。

問題は何をしたくて、何ができて、何をしなければならないのかだと思っている。


別にそれは働くことにだけ当てはまるわけじゃ無いけど……俺は何をしなければならないのだろう?

考えるのは“使命”のことだ。

使命を果たせないと世界循環から外れるらしい、けどそれは受けた説明から考えるに全ての生き物に適用される。


前世の記憶を引き継いでまでやらなければならない事が、何かあるのだ。

それがどんな事かはわからないけど、それが出来なかった時“本当に他のデメリットが無い”のか?

魔法なんてファンタジーの世界でだけ出てくる才能を与えられてまで与えられた使命という、俺が成し遂げなければならない何かってどれほどの物なんだろう?


記憶の過去にある偉人達は歴史に残るような偉業をなしていたが、彼らももしかしたらこうして他の世界から転生してきた人間だったんだろうか?

それとも、もっと途轍もない何か大きな事をする必要があるのだろうか?


次第に頭の中は暗くなっていった。

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