第8話 孤児院
誤解が解けたことで急にルヴスとの会話が多くなった。
どうやら発見時から色々疑われたり、ルヴスなりに情報を引き出そうとしていたらしい。
怪しさだけで言えば限りなく黒だと思われたが、まだ俺が子供であることで最初から強硬な手を使うのも憚られていたそうだ。
しかしこのまま街に連れて行くよりは、脅してでもしっかり確認をとってしまった方が良いと判断されたと。
「ちなみに何で俺が鬼族で戦争奴隷じゃないってわかったんですか?」
服は脱がされたけど、首輪とかそういうのは最初からしてないし、この身体は人間と見た目は変わらない。
でもルヴスは俺の裸を見ただけでその両方を見抜いたので気になった。
「あー、エリクは戦争奴隷知らないんだったな。戦争奴隷はな、ココんとこにでっけえ傷と杭が刺さってるんだよ」
そういってルヴスは自分の胸のあたりをトントンと指さした。もろ心臓のあたりなんですがそれは……。
「心臓のところに杭が刺さってたら死んでしまいますよね?」
「そーだよ。けどこれは治癒魔法のかかった特別な杭なんだ。この杭が刺さってるやつは定期的に魔力を注がないと死んじまうんだ。だから魔法が使える人間に魔力を注いでもらうために言いなりにさせられるって事だわな」
「鬼族は魔法を使えないんですか? 俺できましたけど」
「全く使えないわけじゃ無いけどな、いつもいつもそんなたくさん使ったらすぐに“混ざっちまう”からダメだ。エリクはどうなんだろうな、見た目は人間族っぽいしあの森で生まれたんだろう? 多分特別なんだろ。……あと、鬼族には“ヘソ”が無いんだ。だから見たらわかる」
そう言われて俺は腹のあたりをさすってみた。
成る程、たしかにヘソがない。普段気にするような場所じゃなかったから無くなっている事に全く気が付かなかった。
そういえば繭から生まれたもんな、人間とは違うよな。
「そこはしっかり隠しとけ。服着てりゃバレねーだろうけど、見られたら一発で鬼族だってわかるからな」
「はい、あと“混ざる”ってなんですか?」
「鬼族が魔法を使いすぎると色んなモンと混ざってわけわかんねーもんになるんだ。一回見たことあるけどあんなもんになるなら死んだ方がマシだわな」
詳しく訊くといろんな動物や人間のパーツをツギハギにしたような塊になるんだそうだ。
ルヴスが見たケースでは塊になった鬼族は死んだそうだが、変化しても生きているケースもあるという。
ただ、生きていても自我が無くなって凶暴になったり、まったく動かずにうめき声だけをあげて死んでいったり、まともな状態じゃなくなるらしい。
魔法こええ。
今まで使ってたけどもしかしたらそんなことになってたかもしれないの?
ルヴスは大丈夫って言うけどものすごい不安になってきた。
「今度魔法に詳しいやつを教えてやるからそんな不安そうな顔するなって。それに、混ざるのはいきなりってわけじゃねーしな。長い間ずっと無理したり短い間でもめちゃくちゃに魔法を使いすぎたらなるらしいぜ。エリクはそこまで無茶してないんだろ?」
「ぜひお願いします」
それまでは魔法は封印。ほんとに。
「お、見えたぞ。あそこだ」
小高い丘の頂上までくると、街が見えた。街は塀に囲まれていて塀は畑のようなものに囲まれている。
畑では小さく見える人が何か仕事をしている。
「なあエリク、お前稼ぐアテがあるかもって言ってたけど一旦孤児院に行ってくれねーか? 会わせたい奴がいるんだけど居場所がわかんねーと困るんだ」
「わかりました」
ルヴスがこう言うからには何か訳ありなのだろう。それに魔法に詳しい人も紹介してほしいし、生活が落ち着くまではそれでいいと思う。
畑エリアを歩いていると、働いているのは鬼族の人の方が多いように見られた。
俺とルヴスを見ると皆何事だろうかと注視してくる。
戦争行ってるはずのヤツが小さな子を引き連れて戻ってきたのだから気になるのも当然か。
その中でもちょっと偉そうな感じをした人間族の男がこちらへやってきた。
「おい、お前戦争奴隷だろう。その子供をどうしたんだ?」
「ヘイテから逃げて来たらしい。親は途中で死んだそーだ。行軍中に拾ったから保護した」
俺が何か言う前にルヴスが説明を挟んでくれた。
成る程、確かに俺の言い訳やらで変に疑われるより信ぴょう性のあるバックストーリーな気がする。
その後にも奴隷じゃなかったとか色々と話を通してくれていた。
「そうか、じゃあこっちで引き取るからお前はさっさと戻れ」
「……りょーかい。じゃあエリク、あとはこのオッサンについて行ってくれ」
「誰がオッサンか!! さっさと行けっ!!」
殴りかかろうとした男から素早く距離をとってルヴスは笑いながら元来た道を走っていった。
男はブツブツと何か言いたそうだったが、こちらへ向き直ると少し表情を柔らかくした。
「あー、エリク君だったね。つらい目にあっただろう。さっきの奴に何かされなかったかい? ここまで来ればもう安心だ。ここは君が居た所と違って人間がたくさんいるからね。さてそれじゃあ街へ入ろうか」
「はい、よろしくお願いします」
男に案内されるままに街を囲う塀まで歩く。
塀には一か所、門のような場所があってそこではルヴスよりも立派な鎧を着た兵士達が3人で門番をしていた。
入門のために名前や年齢を訊かれ、一人の門番が何かを書いていた。
「身寄りがないそうなので、一旦孤児院に案内しようと思っています」
俺を案内する男が言うと門番も「それがいいだろう」と頷いていた。
孤児院は門から歩いて10分くらいの場所にあった。
樹の案内では孤児院よりも街の美味い物だとかを見ていたので、もっと違う事を勉強すればよかったとまたちょっと反省した。
案内されたのは想像していたような教会みたいなのとは違って、平屋のちょっとぼろい木造建築だった。
男がドアを叩いて誰かを呼ぶと中から白髪の混じった男が出てきた。
やっぱり優しいシスターコースは無かったか。
「お忙しい所をすみません、子供が一人保護されましたのでこちらで面倒を見ていただきたいのですが」
「いえいえ、それよりも人間の子供がこんな……何か事情があるのでしょうか?」
俺を見た孤児院の人が少し驚いている。やはりこの恰好だろうか?
手首の縄はルヴスに注意されてからは外したものの、ぼろきれみたいな布を巻き付けただけの服に森やら草むらやらを歩いてきたおかげで随分汚い。
人間の街にある孤児院なら人間の子供がこんな形で保護されるというのは珍しいのだろうな。
「ええまあ、少し事情があるらしく……すみませんが中でお話をしてもよろしいですか?」
「どうぞ、君も入りなさい。今日からここが君の家になるからね」
そう言って、孤児院の人は俺に優しく微笑んだ。
子供の扱いが上手そうだ。ここはしっかりと礼儀を示しておかねば。
「ありがとうございます。僕はエリクといいます。今日からお世話になります」
「これはこれは、しっかりした子だ。はじめまして、私はここの院長をやっているモラールです。何か困ったことがあったら遠慮なく相談しなさい」
「はい、モラール先生よろしくおねがいします」
よし、人に気に入られる第一歩は挨拶からだ。
人の印象というのは最初が肝心だからな、これでまずはいきなりひどい目にあう事は無いだろう。
俺たちは机を挟んで椅子が置いてある応接間みたいな場所に通された。
そこで俺を案内していた男がルヴスから聞いていた事情を院長に伝えていく。
一通り話し終わると院長は少し考え込んだようにして俺に向かい合った。
「エリク君、随分と大変な思いをしたようだね。だがもう大丈夫だ。この町は君が居たところのように人間がひどい目にあわされるという事は無いから安心するといい。まずはお湯と着替えを用意させるから体を洗って少し休みなさい。それともお腹が空いたかね?」
話した内容はヘイテで食うや食わずやの生活に耐えかねて街から逃げ出そうとするが鬼族に見つかり、親は俺を逃がすために囮になって死亡。俺は一人彷徨いながら歩いていたが行き倒れたが運良く保護されたという……まあ過酷な話だった。ルヴスもよくこんだけ盛って話たものだと思うが、二回ほど死にかけたのは本当だしたしかに大変な思いはしている。
「ありがとうございます。ごはんは助けていただいたルヴスさんに頂いたので、休ませていただきたいと思います」
「……そうか、わかった。それでは案内の者を呼ぼう」
院長が外に向かって声をかけると、俺より少し大きな女の子が入ってきた。
「はじめまして、ルルよ。9歳」
「はじめまして、エリクです……5歳です」
「ルルは年少組の面倒を見ている子でね、分からない事はこの子に訊くといい。ルル、まずはお湯を用意してエリク君を綺麗にしてあげなさい。そのあと着替えて部屋で休ませてあげるように」
「わかりました、院長先生」
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
俺を連れてきた男も席を立って一同解散となる。ルルは「こっち」といって俺を案内してくれた。
土間のような所でルルは洗面器より少し大きいくらいのたらいにお湯を入れてくれると、着替えをとってくるので体を洗っておくようにと言い残して行ってしまった。
裸を見られるわけにはいかない俺としても都合が良かったので適当にお湯を体にかけたり手ぬぐいで拭いたりした。
「きったねぇ~……ちゃんと風呂にはいりてえなあ」
身体を拭いた手ぬぐいを湯につけると一気にドロドロが広がっていく。
温かくて広い風呂が恋しい。こっちで風呂に入る機会は少なそうなので残念だ。
「はい着替え。ちゃんと洗えた?」
足のあたりを洗っているとルルが戻ってきた。後ろを向いていて助かったがこれじゃ振り返れない。
「ありがとう、あの……恥ずかしいから後ろを向いててもらえる?」
「男のくせに何言ってるの? ハイ後ろ向いた」
まあそうだよな、5歳の男子なんてむしろ見せつけて喜んでる子もいるレベルだよな、良いじゃないかシャイボーイってことで。
ルルは文句を言ってもちゃんと後ろを向いててくれた。実に素直で良い子だ。
この子が世話役でよかった。
「着替え終わったよ」
俺が声をかけるとルルはこっちを振り返って少し驚いたような顔をした。へそは隠れてる、何かあっただろうか?
「エリクって汚い子供だと思ったけど、結構カッコイイ顔してるのね」
顔かよ。びっくりしたわ。
そういえば両親はどっちも美形だったな。生憎鏡とかをまだ見ていないので自分の顔はわからないけど、面と向かって美形と言われる日が来るとは。
「そ、そう? ありがとう」
「じゃあ部屋に案内するからついてきて」
案内されたのは6人部屋だった。一番奥のベッドが空いているから使っていいということだ。
他の子の姿が見えないので、どこにいるのか訊いたら今は畑仕事の手伝いに出ているとのこと。
「晩ご飯までもう少しあるけど疲れてるなら寝てて良いわ。じゃあね」
ルルが部屋から出ていくと急に静かになった。
ゆっくりとベッドに腰を下ろす。
中に何が詰まっているのかわからないけど、ちゃんと寝れそうだった。
足をのばして横になる。
天井の板を見ながらため息をついた。
「生きてるうぅぅぅぅ~~……」
これまでの道程を色々と思い出しそうになったけど、全部手放して俺は寝た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます