第7話 エリク


朝になった。


最高の眠りとは言えなかったが、ルヴスという味方が居たことのお蔭なのか今まで一人で夜を明かしたときよりもずっとよく眠れた気がする。


「おーい、起きろ」


「おはようございます、ルヴスさん」


「寝れたか? 多分今日の昼くらいに街に着く。これ食ったら行くぞ」


そう言って渡されたのは昨日も食べたパンかビスケットかよくわからない食べ物。


「これ、美味しいから好きです。昨日も食べましたけどなんて言う食べ物なんですか?」


「干しパンだ。それパサパサすっから俺は苦手だ。……ビルは旅をしてたんだよな? そういうの食べたことないのか?」


しまった。

そういえば俺はそういう設定だった。

干しパンは乾燥しているし、多分非常食か携帯食かなんだろう。それなのにこの発言は不用意だった。


「俺が食べていたのは、乾パンという食べ物で、もっとカチカチで小さい粒の物でした」


咄嗟の嘘だったが、前世記憶を頼りにやり過ごそうとする。

ルヴスは「ふーん」と言ってパンを食べていた。

前世から俺は嘘が得意ではなかったけど、このままだとマズイ。

いつか致命的なボロを出してしまう自分を想像すると、このままではいけないと考えてしまう。


「食べないのか?」


食事を済ませたルヴスが俺の持つパンをみて言う。

俺は急いでパンを口に詰め込んだ。




平原を歩いた。

遠目にはよくわからなかったが、実際に歩いてみると草の間に人が踏み倒した道らしきものがあった。

多分ルヴスや、その前に通った人たちが通って作った道なのだろう。


ルヴスは俺の歩くペースに合わせてゆっくりと歩いてくれていたように思う。

時々口笛を吹いたり、そのへんの草を千切って齧ったり遊んだりしていた。

正直なところ俺はその無言が気になっていた。


多分、俺は怪しい。

いや普通に怪しい。

改めて自分の恰好を振り返ってみると、手首に縄を結んでいてどっかの旗の切れ端を体に巻き付けている子供。

その子供は親と旅をしていたが途中で捨てられて街の近くで行き倒れていた。

言動についても、節々で不自然な受け答えをしてしまっている。


改めて無言が辛くなった。

ルヴスはあまり積極的に俺に質問をしようとはしてこなかった。

何故だろう? 俺みたいなのはこの世界じゃ普通なのだろうか?

いやいやいや、こんなのが普通は無い。さすがに無い。無いと思う。


それとも事情聴取は街に着いてからしかるべき機関が執り行うとかだろうか?

拷問とか仄めかされただけで全部ゲロってしまいそうだ。

何しろ奴隷が居るような世界で人権に配慮なんてされようはずもない。

最初から死んでも良いというような扱いで痛めつけられるかもしれない。


「なあ、ビル」


「は、はい!」


考え事をしているときに話しかけられたものだから上ずった声が出てしまった……。

しかしルヴスはそんなことは気にしないように話を続けた。


「お前さ、親に捨てられてから俺に会うまでに誰かに助けてもらったか?」


「え!? え、いいえ? 誰にも……」


想定外の質問だ。

全く身に覚えがない。


「そっかー……じゃあ誰かに会ったか?」


「会ってないですけど……」


なんだ? ルヴスは何が知りたいんだ?

混乱する俺を置いて彼はまた黙りこくってしまった。

何かマズイことを言っただろうか?


それから少し歩いて、俺たちは水分補給と休憩をしていた。

道のど真ん中だが、俺とルヴスの他は誰も通る気配がないので二人して座っている。

俺は渡された水を飲みながら何か会話のきっかけを探していたが、何を言っても今の俺は失敗しそうで中々言葉が出てこない。

それでも確認しておきたい事はあるのでここできいておかなければならない。


「あの、ルヴスさん」


「んー? なんだ?」


「俺、街に着いたらどうなるんでしょうか?」


「あー……、多分な、親が居なかったら孤児院とか行くんじゃねーのかなー? それともどっか行くあてとかあるか?」


「いえ、無いです……」


「街に着いたら、まず人間の兵士に話を通して、難民ってわかるか? あれと扱いは一緒になるんだ。でも働けないような子供は孤児院とかに行って、働き口を見つけるか10歳になるまでそこで過ごすかだな。そのあとは知らねーなー」


「俺でも出来る仕事があるんでしょうか?」


「え、しらねーよ。逆にお前は何ができるんだよ」


「いえ、そういう意味じゃなくて……俺みたいな子供でも働いていいんでしょうか?」


「……はあ? いや、働けるなら働けよ。何言ってんだお前」


ルヴスは心底わけがわからないという顔をして俺を見ていた。

一方の俺はこの世界で労働に規制がないかとかを確認したかったのだが、どうやら子供だからという理由で働くのが禁止されたりとかは無いみたいだ。


「そういう事を訊くってことは何か稼ぐアテでもあんのか?」


「はい、一応」


「へーぇ、まあ言葉遣いとかもはっきりしてるしな、帳簿でも読めるならどっかでやっていけるさ。そういえばビルは何歳なんだ?」


「え、えっと5歳です」


咄嗟の事だったのでついよく考えずに答えてしまった。

実際のところはまだ生後一週間かそこらだけど、この身体はそのくらいまで成長してるので妥当なところだと思う。


「父親と母親の名前は憶えてるか?」


「え……」


「どうやって旅してたんだ?」


「…………」


「最後に立ち寄った街はどこだ?」


「ルヴスさん?」


「なんだ?」


矢継ぎ早に質問攻めにしてくるルヴスはいつの間にか右手に槍を持っていた。


「なんで急にそんなこときくんですか?」


「なんできいたらだめなんだ? 教えてくれよ」


「じゃあ、槍を置いてください。怖いです」


「…………」


ルヴスは答えなかった。


何だ? 何でいきなりこんな空気になってるんだ?

どこで何が警戒されるような事に?

いやそれよりどうやってよくわからん誤解を解けばいいんだ?


「ビルよぅ、まずはその水を頭からかぶれ。ゆっくりとだ」


槍で指された先は先ほどまで飲んでいた水の革袋。

訳が分からないけど、言われたようにゆっくりと水をかぶった。

頭からつま先までぐっしょりだ。


「よーし、じゃあ話の続きだ。正直に話せよ。お前どこからきた」


「……あっちの森です」


俺は歩いてきた道を指さしながら答えるが、瞬間俺の首に槍の先が当てられていた。


「そういう意味じゃねーよ。……じゃあ質問を変える。お前“本当の名前を言ってみろ”」


体中の毛が逆立った気がした。

ルヴスは俺の正体を知っているのか?!


目を見開いて驚く俺を見て逆にルヴスは目を細めて警戒を強めていた。


「やっぱりな、お前魔法使いだろ? 嫌なもんだな、ヘイテはこんな子供まで使い潰すようになったのかよ」


ヘイテ……? たしか北にある鬼族の拠点のことだ。

何だかわからないけど、ルヴスは俺の事をヘイテの何かだと思っているのか?


「違います! 何かよくわからないけど、俺はヘイテとは無関係です!」


「ほーう、じゃあその服脱いでみろよ」


急いで服を脱ごうとすると再度「ゆっくりとだ」と槍で脅された。

布の結び目が濡れて中々ほどけなかったが、一枚だけのことだ。

すぐに全裸になった俺は“バンザイ”の恰好をして無抵抗を示した。


隠すものがなくなった俺の体をルヴスはじっと観察していた。

正確には俺の胸のあたりを見ていたように思う。


徐々に、当てが外れたように彼は槍を下ろしてくれた。



「戦争奴隷じゃないみたいだな。じゃあ本当に何であんなところにいたんだ?」


俺は正直に話した。

森で生まれた事、周りが耳長のなかで俺は違うことで捨てられたこと。

何とか生き延びたが人里を目指して歩いていて力尽きたことをざっくり掻い摘んで伝えた。


ルヴスは驚いたような顔をして話を聞いていた。

話が終わると彼は膝をついて俺に謝ってきた。


「すまなかった!! てっきり敵の戦争奴隷かと勘違いしていたんだ! 疑って悪かった、それに、お前は鬼族だったんだな……姿が人間族そっくりだからわからなかったんだ」


「誤解がとけてよかったです。あの……服きてもいいですか?」


必死だったとはいえ全裸のまま大人に謝られるのも居心地が悪かった俺はまず服を要求した。

とりあえず許可が出たのでボロ布を体に巻き付ける。

濡れてて気持ち悪いけど、そのうち乾くだろう。


「ルヴスさんは何で俺が敵の魔法使いだなんて思ったんですか?」


「そりゃ、もう色々怪しすぎだからだよ。まず人間族に見えるお前が鬼族の名前を名乗ってる事だろ、お前が倒れてたこの辺りは目下戦時中で旅人なんか通らない事だろ、あと、魔法の火種に使った後みてーな焦げた縄持ってるだろ……」


ルヴスはそれからも怪しいと思った点をずらずらと列挙していった。

そして最後に


「やっぱお前敵なんじゃねーの?」


という言葉で締めくくられたのだ。

言われてみれば誰だってそう思う。俺だってそう思う。

しかし違う。

決定的な証拠として、俺が戦争奴隷ではないという点がきいたらしい。


普通、戦場に駆り出されるのは戦争奴隷とそれを指揮する者なんだそうだ。

俺みたいな子供が指揮官になるのはあり得ないし、それなら戦争奴隷……だが俺は違った。


元々俺の生まれた森は不思議な力があるらしく、誰かが立ち入る事は無いらしい。

けれど、その中に特殊な鬼族が住んでいるというのは都市伝説みたいな感じで有名なんだとか。

とりあえず敵じゃないという事は確認できたというので問題ないと判断された。


「しっかしなーこの見た目で鬼族か。っていうか最初に言えよ、俺なんか見たまんまなんだから完璧仲間だろうが」


「あ、はいごめんなさい。なんていうか周りが全部信じられないというかどうすればいいかわからなかったんです」


「……おう、まあそのナリで僕鬼族ですって言われるほうが怪しかったかもしれねーけどな。けど逆に好都合だぜこれは! おいビル、いやこれ偽名だっけか? せっかくだし人間族っぽい名前をつけようぜ」


人間っぽい名前か。正直わからない。

なんだろ? もっと家名とかあるようなそういうのが人間っぽい名前だったりするんだろうか?

ルヴスはルンルン状態で名前を考え始めた。

何がそんなに嬉しいんだろうか?

俺が嫌いな人間族じゃなかったから、だけではないな。彼は“好都合”と言った。

人間へのスパイとかでもやろうぜって言いだしたりしないだろうな……。

ルヴスと会って僅か1日の間で完璧に怪しまれるような俺はそういうのマジで向いてなさそうだし、そこら辺はわかってくれてると思いたい。


「おっし、エリクなんてどうだ!? 良い名前だろ!」


「エリクかぁ、良い名前かも」


「よっしゃ決まりだ! じゃー改めてよろしく頼むぜ、エリク!」


「よろしくお願いします! ルヴスさん!」



あれ? よろしく頼むって何をだろう?

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