第6話 ルヴス


何というか、甘かった。


大平原のどことも知れない場所でぶっ倒れてから始まる反省会だ。

思えば何故エルフたちは森から出ないんだ。

あれだけ他者を見下しているのだ、周辺に人間やら他の鬼族が住んでいて追い払ったりしないのか?

戦うのが嫌いか苦手か知らんが、それでも完全に引きこもりを決め込むには何か理由があるはずだ。


そう、たぶんエルフは森でしか生きられないのだ。


戦場跡地を見た次の日。朝を迎えると俺は意気揚々と街を目指して歩いた。

今まで食べていた葉っぱは念のため三日は持つくらいに持ってきていた。

初日の昼頃になってひどく喉が渇いた。

葉っぱ団子を用意して渇きをしのいだ。もう何度かやったことのあるやり方で、充分に対処できるはずだった。

多少乾きは収まったが、今度は空腹がひどくなった。

多めに葉っぱを食べる。

ペース配分が気になったが、とにかく体が食べ物を欲していた。


初日の夜は残りが少なくなった食料を見て、不安ばかりが募っていた。


二日目はさらにひどい渇きと飢えに襲われた。

森から離れるごとにそれがひどくなる気がする……と、気が付いても既に遅かった。

その時点で手持ちの葉っぱは食べつくしていた。

足に巻いたサンダルまですべてだ。

その辺の草を齧ってみたが苦くて酸っぱくて食べれるものじゃなかった。


今からでも森に帰ろうかと思ったが、帰ってどうなるんだろう?

親から処刑されるように捨てられて、狼に食われそうになったあの森に帰っても何もない。

他のエルフに見つからないように端っこの方で一人葉っぱを毟って生きていくのか。


そう考えたら前に進むしかなくなった。


俺を捨てたやつらはこうなるとわかっていたのだろうか?

いや、普通なら狼に襲われてそこで終わりなんだから、そこまで深く考えてはいないか。

どっちにしても俺はもうだめだったのだ。



三日目にして前のめりにぶっ倒れた。

頭がボーッとする。

……そうだ、赤ん坊が親に捨てられて生きていけるはずもないのだ。

だから親が居て、子供を育てるのだから。


ああ、でも……なんだか色々どうでもよくなってきた。

死ぬのか。

あの晩、狼に襲われた時のような恐怖は無い。

ならこれは幸せな死に方なんだろうか。

死んだら世界循環とやらから外れて、どうなるんだろう?

あの時の話だと、そっちの末路はきいてなかったような。

まあ、生まれ変わったりはせずに消えてなくなるんだろうかな。



ちくしょう。






「おっ! なんだこりゃあ? ほほー、ふむふむ」


……なんだろう、なんかぶら下げられてるような感じがする。


「隊長! 要救助者を発見しました! 人間の子供のようです。軍規に則り人命救助を優先するべく、街に帰還します!」


「なんだと! ちょっと見せてみろ! ……ふーむ、確かに子供だ。しかしお前が抜けるのも痛手だな、誰か他の者に頼めんのか?」


「何言ってるんですか隊長。普段俺たちに言ってる事を忘れたんですか?」


「チッ! わかったわかった。そのかわり街に預けたらすぐに戻って来いよ」


「そんなに長くかかりますか? その頃にゃもう帰り道じゃないですかね」


「そーだよ! だから早く行ってしまえ!!」


何か、人の声が聞こえる。

要救助者って俺か?


「ほれ、とりあえず水飲め。水」


「グッごっ、がぼっ」


「ほーれー、こぼすなってー、死にかけてるんだからしっかり飲めよー」


違う、むせてるんだ。もう少しゆっくり飲ませてくれ。

意識ではそう考えていたが、俺の体はひとりでに水を求めて動いていた。


「よーしよし、死んでもらったらつまらんからな! よく飲んだぞ」


「ッハァ! ッハァ! ……ありがとう、ございます」


「おう! ちゃんと貸しは返してもらうからな!」


俺を抱えていた人物を見上げる。

逆光で良く見えないが、でっかい口がニカッと笑っていた。

いやでかすぎる。俺の頭とか丸呑みできそうなくらいでかい。


俺をつかんでいる手を見る。

鱗が生えた緑色の手だ。

指には何かの工具みたいなゴツイ爪がついてる。


もう一度見上げた。


貌の形が違う。

トカゲとかワニとかみたいな前に長い貌をしていた。

鬼族、爬虫類系……。


「ヒッ……!」


「おう、なんだ? 何か居たか?」


ワニ顔の男が不思議そうに後ろを振り向いたが、何もいない。

当然だ。俺はこの男? にびっくりしたんだから。

ゴツイ見かけをさらに強調するように、体のあちこちに急所を守るような鉄板を括りつけてある。基本露出が多いが、そこから見える筋肉の太さも凄まじいものだった。


数日前に見た死体とは全然迫力が違う。

そもそも間近で観察しようとしてなかったが、なんというか、生きて目の前でこうして見ると自分は食われる対象なんじゃないかという恐怖が出てくる。


「なーんもいねーぞ? 変なガキだなおまえ」


「あ、あのあの、ありがとうございました! その、でも俺お礼とかお金とか持ってなくてすみません!」


実際に一文無しだし、そういえば流通してるお金がどんなものかも俺は知らない。

ヤバいな、貸しを返せって最初から言ってる相手だし、何を要求されるかわからない。


「あー、あー。金か、金はいいや。あ、もってないのか。まーいいや。それよりよ、お前を街まで連れていくことになったからついてこい」


「街、ですか?」


「そーそー。お前どこの子だ? 名前を聞かせてくれ。送っていってやるよ。なるだけゆっくりだけどな」



名前!!


しまった、“俺には名前が無い”親に名付けられるまでもなく捨てられて、この世界で名乗れる名前が俺に無い事に今更ながらに気が付いた。

くそう、何が身元をどうするかだ、そんなことの前に色々考えなければならないことがあったはずなのに!

どうする、なんて答えればいいんだ?

種族的な違いや男女の違いはどうなるんだ?


「……おーい? あ、そうか。俺の名前から言えってか。そうだな! 俺はルヴスってんだ。俺の故郷で“強き者”って意味でな? まあ世界一じゃねーけど結構やるんだぜ」


俺が言い淀んだのを勘違いしてルヴスが自己紹介をしてくれる。

持っていた槍を構えたりして強さのアピールをしたりと、随分陽気な人物みたいだ。


「で、お前はなんていうんだ?」


「お、俺は……ビル、です」


咄嗟に浮かんだのが父親の名前だった。この世界の人物で知っていた名前がこれしかなかったからなのだが、男性名だろうし問題は無いと思う。


ルヴスは何かを考え込んでいた。怪しまれているのだろうか?


「……よし! ビル、良い名前だな! じゃあ街に行くぞ! おまえん家どのへんだ?」


「その、そっちの街には、ありません。俺、父さんと母さんと旅をしていて、森に捨てられたんです」


「捨てられた?! よく生きてたなお前! 森からここまで結構あるだろ。それにしても子供を捨てる親か、ひでー親もいるもんだ。そーするとどうするかな……あー、まあいいか。まず街行くぞ街!」


ルヴスは良い人だった。

街へ行く途中、俺が腹が減っているのに気が付いたら食べ物を分けてくれたり、疲れている様子があればおぶってくれた。

爬虫類っぽいからか、肌が触れるとひんやりとしていて気持ちよかった。

何故初対面の俺にこんなに良くしてくれるのかを訊ねてみたら「まあ色々ある」とはぐらかされてしまったが……。



暗くなってきて、ルヴスは適当な場所に野営の準備をし始めた。

その手際はすばらしく、あっと言う間に焚火の準備が整った。


「へっへっへ。ほんとは戦いの前に食おうと思ってたんだけどな、ビルのお蔭で面倒がなくなったからここで食っちまおう」


そう言って取り出したのは何かの肉だ。

半生の干した物みたいで、ふにゃふにゃだが血が滴るとかは無い。


「ごちそうだぜ、ゾウガエルの鼻の肉だぞこれ」


「おぉ~……」


良くわからんけど驚いておこう。

ゾウみたいな鼻をした蛙ってことかな? 変な生き物だな。

でもごちそうという言葉からして美味いんだろう。

昼間に分けてもらったパンとビスケットの間みたいな食べ物も美味かった。


さっそく串に刺して炙る。

肉が焼けるまでの間ルヴスは色々と話をしてくれた。


「ビル、俺はな……実は今日戦争に行く予定だったんだ」


うん、なんとなく聞こえてたからそれっぽいとは思っていた。

実際に戦いの跡地も見てきたし、ルヴスの恰好もそこで倒れていた兵士たちと似ていたので兵士か何かだとは思っていた。


「けどな、俺ぁほんとは戦争なんかに行きたくはねえんだ。わかるだろ?」


「戦うのはこわいもんね」


俺なら死ぬのは怖いから、だけど。

けどその答えはルヴスには違ったみたいだ。


「ちげーよ! 俺は強いって言ったろうが! 別に戦うのはこわくねー! 俺は、覚悟もないやつらを殺すのが嫌なんだ」


「覚悟?」


「そーだ。俺は良い、強いからな。けどそうじゃないやつの方が多い。そいつらは自分が死ぬって思ってる。ほんとは戦いたくないって思ってる。けど戦わなきゃいけない。俺はそんな奴らを殺さなきゃならない。だから嫌なんだ」


「どうして戦いたくないのに戦うの?」


徴兵制でもあるのかと思った俺が聴いたのは、もっとえげつない答えだった。


「戦争奴隷だ。戦争するためだけの奴隷。人間族も、鬼族も、お互いの仲間を減らしたくないから、さらってくるか、増やしたやつらで軍を作る。そんでそいつら同士を戦わせるんだよ。お前の父ちゃんたちは教えてくれなかったか?」


教えてもらえなかったな……。

さらに言うとそんなこと知りたくもなかった。

樹に質問するとしてどんな質問になるんだ?

戦争すると人が死ぬけど相手を捕まえてきて戦わせたら楽だからこの世界も当然そうだよね? とか?

発想が鬼畜過ぎるだろ、誰だよそんなこと考えたやつ。


ああ、だからあの時の跡地は東側に鬼族の死体があったのか。

人族の死体は北にあった。敵さんも同じことしてるってか。


「教えてもらっていません。そんな酷い事……」


「そーか、じゃあおぼえとけ。だいじな事だからな」


そう言ってルヴスは焼けた串に手を伸ばした。

アチチッと言いながらも美味そうに肉を食う姿を見て俺も串に手を伸ばす。


肉は美味かった。なんというか、弾力があってジューシーで、グルメリポーターが居たら絶賛していたと思う。

けど、俺の中にはある疑問が浮かんでいたおかげでその味を最後まで堪能できなかった。


「あの、戦争奴隷にされて、人間が嫌いならどうして俺を助けてくれたんですか?」


「んぁあ? あー、あのな。俺たちは従ってる種族のやつが死にそうだったらそっちを助けるのが最優先されるって決まりなんだ。いきたくもねー戦いだったし、さぼれるならその方がいい。それに他の事も期待できるからな!」


他ってなんだろう?

訊いてみたかったが、多分昼間の貸し借りに関係することだろう。

金銭ではない、のか?

親から捨てられたという事情も知っているなら謝礼とかも回収できそうにないものだ。

俺に何を返してもらうつもりだろう?


「よっしゃ、食ったな! じゃあ寝るぞ!」


そう言ってルヴスは豪快に大の字になって眠り始めた。



ともかく、命が助かった。

けど、ルヴスは最後の質問で俺の「人間が嫌いなら」を否定しようとはしなかった。

もっともな事だと思う。だからこそ俺もそう質問したのだ。

けど、ここまでの道中で感じられた彼への印象は“とても良い人”だ。

戦争に行くのが嫌だったのは本当だと思う。

その為に俺を拾ったのだというのも、そうなのだろう。


けれど、こんなに何から何まで世話をしてくれる。

彼の嫌いな人間相手にだ。

俺が子供だから無条件にというわけでもなさそうだ。


俺は何を期待されているのだろうか?

それとも他意は無く、これがルヴスの人との付き合い方なのだろうか?


どちらにしても、俺は恩を受けた。

前世を含めても今日一日で受けた恩は俺にとって最も大きなものだ。

死ぬ寸前のところを助けてもらったのだから……。


情けないが今はルヴスを頼ろう。

そんで、借りを返さなければならないなら、出来る限りなんとかしてみよう。

俺にも出来る事が何かあるはずだ。

多分、だからこそ俺は拾われることができたのだ。そう思おう。




……そういえば、体のだるさがないな。

森から出たらエルフは死ぬと思っていたけれど、ただの栄養失調だったとか?

最初のうちは樹からの栄養で持っていたとか、だろうか?

良くわからないけれど、元気になれたから、まあいいか……。

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