第5話 分岐路


「おお……すごいな」


あれからしばらく森の中を彷徨っていたのだが、そうすると太陽の位置やら方角やらが確認しづらい時が多かった。

そこで俺は当初の北東への進路を一旦東へ抜けて森からの脱出を図ったのだ。

一直線に東へ、と言ってもなんやかんや障害物もあるし、時々迷ったりしたが、何とか外に出られたようだ。


イメージ学習でおおよその景色は知っていたが、実際に見ると壮観だった。

なだらかな草原、というのが適切なのか。

前世での遊牧民が暮らす地域がこんな感じなのかもしれない。

真後ろから夕陽で照らされているため視界は限りなくクリアだ。

地平線まで続く緑の先から、少しずつ夜が見えてきていた。



幻想的な光景だった。



同時に、この世界に自分は一人しかいないのではないかという何とも言えない寂しさが込み上げてくる。

また夜が来る。

現実に引き戻されると前世の家を思い出してしまった。


「ほんとに、別の世界なんだなあ……」


空に浮かぶ“二つの月”をみて俺はもう二度と帰れないという事を思い知る。


放っておくと涙が流れてしまいそうだったので、夜の為の準備をする。

立ち止まっていてはダメだ。


今日歩きながら考えた事は、まず第一にこの身体のことだ。

既に限界ギリギリまで酷使しているけれど、まだ頑張ってもらわないとどうにもならない。

主な負荷は足にきている。筋肉痛や足の裏へのダメージだ。

それ自体は直接死ぬような事は無いけど、これから長距離を移動するのであればこれを抱えていくと中々つらい。

幸い、足の裏へのダメージは葉っぱサンダルが少し軽減してくれている。

驚くことに、エルフ特有の物なのか当てていた葉っぱが良かったのか、傷は歩きながらでも徐々に良くなっているようだ。

単に痛みが麻痺してるのかもしれないとおもったけど、血も止まっているしただ歩くだけなら問題ない。

勿論走ったり変なものを踏んづけるとすぐに傷が開いて痛みが再発してしまう。

森の中と外とではどっちのほうが歩きやすいのかよくわからなかったが、先ほど見た感じだと石がゴロゴロした土地って感じでもないので外のほうがいいのかもしれない。

ただ、外をまっすぐ歩こうとした場合サンダルが破れた時の補充が難しいのが難点だ。

手に持っておく分にも限界があるし……。

なので、森と草原の“境目”を出来るだけ歩こうと思う。

今は少し北に動いたけど、基本的に産まれた集落から南東に居るはずだ。

このままゆっくり北上して、タイミングをみて東へ動き、人のいる街を目指す。

目印が何もないので、完全に勘頼みになってしまうのが一番やばい気がするけど、街の周辺にたどり着ければ誰かと会う事もできるだろう。


そして筋肉痛だ。

これは昼前にかなりきつくなって休憩していた時に思いついた事だったが、電気マッサージをしてみることにしたのだ。

前世の病院とかでもリハビリだったり治療目的だったりとで、体に電気を流していたのを思い出して、少しずつ少しずつ筋肉を振動させるようなイメージで魔法を発動した。


結果は成功だった!


しかも魔法という不思議パワーのお蔭か、現代の医療もびっくりなレベルで改善した。

とりあえず人里についたらこれで飯の種に困らなくて済むかもしれないと思ったが、雷魔法は人目に付きすぎる気がしたので様子をみて封印しようと思う。

5歳位の子供が良くわからないけどすごいレアな魔法を使っていて、保護者はいない。身元も不明。俺が住んでた街でもさらわれそうだ。


そうだ、次に重要なのは身元の事だ。

これはとりあえず捨てられたと正直に言うべきかなと結論した。

ただ、自分がエルフだとかいうのは伏せておいた方が良いと思う。

見かけは人間に近いはずだから、それでいいだろう。

エルフは排他的すぎる。

自分から出てこないし、こっちから行っても追い返される。

鎖国でもしてるのかって言いたくなるが、事実そんな感じのようだ。

そんな奴らの子供と分かった日にはやれ珍しいだの、やれ人質だのと、振り回される未来が待っているに違いない。

旅をしていたら食べ物が少なくなって捨てられたとでも言えばいいだろう。

幸いというべきか、樹液で育った体はふくよかではない。栄養はすごかっただろうに、不思議な事だ。もしかしたらエルフは太らない体質なのかもしれないな。

今日一日葉っぱを食べながら過ごしていたのに、それほどの物足りなさも感じなかったしなんとかしのげている。低燃費というか、許容量が低いのか。



そして外敵への対処だ。

昨夜の襲撃は急だったので用意できなかったが、獣は火を怖がるのだ!

そのはずだ。

だから今夜からは火を焚いて寝ることにする。

全裸は寒いし、昨日もそうすればよかった。どうも魔法があるという現在にまだ馴染めていない。

時々薪の代わりにその辺の燃える物をくべていかなければならないけれど、少しくらいなら消えてもすぐに再点火できる。



「というわけで、ここに薪となる木の枝があります」


一人ぼっちになると独り言が増える。


「まず手首の縄を少し枝にこすり合わせて、枝の端と端を持つと……」


バチンッ


魔法を使うと、電撃が枝をショートさせて小さな火種が出来た。

慣れるとだいぶ使いやすそうだ。


火を大きくする頃には、空はすっかり夜になっていた。


「知ってる星座とか無いかなぁ? この世界には星座とかあるのかな、樹に聴いてないからわかんないな……」


なんとなく適当な星を選んでなんとかの大三角形とか言ってみる。

ああ、きっと俺の世界の昔の人も、こうして星座を作っていったんだろうな。


…………夜は怖い。


昨日の夜初めて感じた死の恐怖は、生涯忘れることが出来ないだろう。

実際に一度死んだ身だが、その時は心の準備もなかったし、死んだというのも後からきいて納得したようなものだ。


アレは、あの経験は、死ぬためにあの場所に捨てられ、殺されるために襲われた。


もう二度と、あんなのはごめんだ。



俺は薪を何本か追加して火を大きくした。

これくらい燃えていれば、少し眠っても大丈夫だろうか。

体が暖まった事で急激な眠気が襲ってきた。


少し、休もう。朝は別に早くなくても良い……か。



座りながら眠ったせいか、疲労がしっかりとれていない。

けど焚火の効果があったのか特に何かに襲われたりという事もなく朝を迎えることができた。

俺は日がもう少し上るまで休息をとって、歩き始めた。



森と平原の境目は不思議なほどきっちりと分かれていた。

もう少し植生が変わるというか、中間のような感じで低い木があったりまばらだったりするのが普通だと思うのだけど、切り揃えたように左が森で右が平原というかんじだ。

けど、特段人が手入れをしてるようでもない。

ファンタジーだな。こういうところを含めて世界の常識というのは俺が知っているものと随分違ったところがありそうだ。


「樹にきいてみたかったけど、こういうのは実際に見てからじゃないとわかんなかったよなあ」


それに、樹が全部を知っているとも限らないか。

イマイチ会話のキャッチボールが下手くそだった人生初の味方に対して言うのもアレだが、まじでよくわからん答えを返してくることもあったので追々わかることもあるのだろう。


今日も天気はそれなりで、お天道様は方角を教えてくれていた。

今は森から出たので、左手に森を見ていけばおおよそは迷わず進むことが出来るが、やはり多少の蛇行はあるのであまりにも進行方向がずれるようなら森に入って突っ切る形をとる。

ついでにその時手ごろな葉っぱとかがあれば採取したり、サンダルの代えにした。

その時に良い感じに細い蔓を見つけたのでいくらかまとめて持っていくことにした。

切断面をちょっとだけ腕に付けてかぶれたりしないかを確認したら腰に巻いたりするつもりだ。

いきなり巻き付けて大事なところが爛れたらシャレにならん。



太陽がそろそろ赤くなるかなというくらいまではそんな感じで順調に歩を進めることが出来た。

だが、その先で俺は嫌なものを見る事になる。



「うわぁ……何これ」


進む道の先には“色々”と落ちていた。

主に折れた矢が地面に突き刺さっていて、ボロボロになった剣や槍を持った死体がゴロゴロ。

焼け焦げたような跡や、何かが爆発したみたいに地面がえぐれている箇所もあった。


「戦争かなぁ? この辺でいうと北の鬼族と東の人間とでやったのか?」


エルフっぽい死体はパッと見た感じ見当たらなかった。

鬼族と思われる死体は主に爬虫類が混ざって出来たような種族で、どれも腐ったりしていないことから結構最近このあたりで衝突があったんだろう。


巻き込まれなくてよかった……と思ってしまうのは冷たいだろうか?

いや、自分は無力な子供なのだ。戦争なんていうのは大人に任せておけばいいはずだ。

気分が良い物ではなかったが、この戦い跡地はちょうどこのあたりが人間の街と鬼族の街の中間くらいではないかという推論を出すのには都合が良かった。


となれば、ここから東にいけば人間領、北に行けば鬼族領か。

でもそうすると、違和感がある。


なんで北側に人間族の死体があって、東側に鬼族の死体があるのかだ。


樹の知識の間違いだろうか?

それとも情報が古くて今は人間が北に住んでいるとか?


分からない。



まあいいか、深く考えなくても。

元から東にある街のほうが近いだろうから行こうって感じだったし、見た目は人間族だが中身は一応鬼族に分類されるんだ。蝙蝠みたいでちょっと悪いけど、都合よく言って助けてもらおう。


ついでに落ちていた旗のきれっぱしを頂戴して体に巻き付けた。

うん、全裸よりはましだと思う。



さて、ここから東に向かうとなると森の植物とはお別れになる。

今のところ平原側で口にできる物は見つけていない。あ、バッタみたいなのは居たけど進んで食べたくはない。今のところそれほど必要とも思わなかったし。


「エルフって基本草食だけで生きていけるのかな? 食べ物って訊いたら色々雑食っぽかったのにな」


葉っぱしか食べてない成長期にちょっと不安があるが、別に追加で肉が食べたいとかそれほど思わないのでそうなのかもしれない。

あの知識は一般的にこの世界で食べられている物って可能性もあるか。


というわけで、日が暮れるまで俺は森に入って“お弁当集め”を行うことにした。

今朝見つけた細い蔓はどうやらかぶれたりとかの毒性はなさそうなので、摘んだはっぱをまとめるのに使う。

蛮族スタイルで街に入ることにならなくてよかった。

今の恰好も似たようなもんだけど。


その日の夜は少しだけ森から離れて休むことにした。

死体が見える所で寝たくなかった事、でも森の中は少し怖かったのでこうなった。


明日一日かければ街にたどり着くだろうか?

それとも二~三日位はかかるだろうか?


うまく道とかを見つけることが出来ると良いな。

あまり長く歩くのもつらいけど、心配なのは食べ物だ。


なんだか無人島からイカダで脱出しようとする気分になりながら、俺は眠りについた。

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