第4話 4日間
怖い怖い怖い!!
まともに姿が見えない事もそうだし自分より余裕で大きな動物が明らかにこっちを殺しに来てる!!
俺にとっては目の前のそいつらが狼かどうかなんか関係ない、ただの恐怖の塊だ!
すぐさま手首の縄をこすり合わせて魔法を撃てるようにする!
大事に使おうとか思った瞬間にこれだ、命より大事なものなんかない。
大きな影達は少しずつ間合いを詰めてきてるようだ、時々光る目と、草を踏む音が近づいてくる。
ッパァン!
まず一発、手近なやつに電撃をぶつける。
一瞬だけ折れ曲がった光線が周りを照らして、焦げ臭さが鼻をついた。
「ギャイン!」
効いてるみたいだ!
他のやつらが散り散りになって俺を囲む。
すぐさま俺は今までしばりつけられていた木を背中にして真後ろからの攻撃を防ぐ形をとった。
ッパン!
縄を擦る手を止めるわけにはいかない。
少しでも近づいてくる様子が見られたらすぐに魔法を発動する。
その度に狼の悲鳴が聞こえるが、おそらくそれは殺しきれてないという事だ。
この程度の攻撃ではだめなのだろうか?
もしちょっと痛いだけだとか判断されたら一気に突っ込んでくるのだろうか?
「来るなよ……来るなよ……」
パァン!!
一瞬の明かりの中、俺はあるものを見た。
こちらに背を向けて逃げようとしているヤツがいる!!
すぐにそいつの近くにいる敵に電撃を放った!
「キャイン! ヒンヒン」
ザザザザ……
逃げ出した奴を追いかけるように、二匹目が離れると周りを囲んでいたやつらも波が引くように森の奥へと消えていった。
神経を研ぎ澄ませて音を拾う。喉がカラカラに乾いている。
まだ縄を擦る手を止めるわけにはいかない。
虫の鳴き声や木の葉が擦れる音がするたびに体が強張った。
ドスっと、木の根元に腰を下ろした。
限界だった。
足はもういう事をきかないし、緊張による精神の摩耗か、それとも魔法を使いすぎたのか、俺は泣きながらうずくまった。
生温かい息遣いも、覆いかぶさってくる殺意も、やっと引き上げていってくれた……。
気が付くと朝だった。
ハッと顔を上げて、森の中にいる自分を確認する。
そうだ、昨日の夜はひどい目にあった。
恐ろしさと悔しさで涙の痕が出来ていた。
体中から痛みが出てくる。
筋肉痛だろう、あとは足の裏にちょっとした切り傷とかがあった。マメがつぶれたのかもしれないが。
喉が渇いていた。
周りを見て、どっちに行くべきか考える。
昨日の段階では北か南に進んでいると思っていた。
朝になって太陽の方角を確認すると、どうやら南だったらしい。
こっちには山とかがあって、街とか村とかはなかったはずだ。
一番生存率の低い方向へ連れてこられていたのか……。
にしても、生き残れた。
今夜はどうなるかわからない。
明日も、その次もだ。
つくづく、急成長してくれた身体に感謝するが、その身体もわりと限界に近いのではないだろうか。
魔法は有効だった。
けれど、まだまだ弱い。
敵を追い返す事はできたけど、限界まで撃ったのに一匹もトドメを刺すことはできなかった。
たしか、雷魔法は他に比べて威力も高く、連発がきくという認識だったのにこれだ。
いやいや、文句は言えない。生後5日の子供が野生動物とやりあって生きていたのだからきちんと訓練を積めばそれはすごい物になるのだろう。
「あ、この葉っぱ食べれるやつじゃないっけ」
周りを見ると細い蔦が絡まった木が何本か立っていた。
エルフは樹液しか飲まないのかと思って食事事情をきいたら結構雑食で人間みたいに飲み食いするみたいだったので、食べられる物や美味しい物をきいておいて正解だった。
葉は大葉みたいな形で柔らかかった。本家のように毛羽立ったりしていないので食べやすい。
沢山生えてるそれを重ねて丸め、口の中で水分を噛み絞った。
「行くとしたら、北東かなあ」
葉っぱを食べ、手足をマッサージしながら考える。
この身体でどこまで行けるかわからないが、耳が長くない俺は人間の子供そっくりだ。
ならば人間の街を目指すべきなのか。
というか、今の位置がはっきりわからないけど地図上じゃ南に動いたんだから北東に行くしかないんじゃないかって消去法でもある。
だがそれには問題点がある。
まず足だ。
落ち着いてきたからか、結構痛む。まあこれは我慢次第で何とかなるかな?
雑菌とか入って病気になったらもうしょうがない。
次に外敵。
単純に昨日歩いた分より長い距離を歩くのだから、また夜を一人で過ごす事になる。昨日は運が良かっただけだ。
もしかしたらあの狼たちはにおいを辿って俺を仕留めるまで追いかけてくるかもしれない。
犬系の動物はそういう狩りの仕方をしたはずだ。
あいつらが諦めていたとしても、他のやつに会わないとも限らない。
死ぬ可能性の方が高い気がする。
次に道がわからない。
地図上のおおよその位置関係は頭にいれたが、現在地がどこなのかわからないと話にならない。
最後に身元だ。
仮に街についたとして、素っ裸の子供が両親に捨てられましたって言って、どうなるんだ?
脳内観光の知識的に、この世界は文明水準が地球より下だ。
大体ファンタジーじゃ孤児なんか奴隷かストリートチルドレンって相場が決まってる。優しい孤児院のシスターとか居たらどうか知らないけど、多分いない。
アレコレ考えていたが、結局死にたくなければ動くしかない。
もう俺は天涯孤独なのだ。
木に結ばれていた方の縄を焼き切る。
大き目の葉っぱを何枚も重ねて足の裏に当て、縄で縛って簡易サンダルにする。
全裸サンダルに違和感を感じるが仕方がない。腰に巻くほどの長さは確保できなかったのだから。
持てるだけ葉っぱを摘んで手に持っておく。
ついでにさっきと同じように丸めた“葉っぱ団子”を口にくわえた。
野垂れ死になんかしてたまるか!
ビル視点
ああ、何という事だ。本当に、なんでこうなったんだ。
思えば両親の反対を押し切って結婚なんてしたのが間違いだったのかもしれない。
妻は美人だ。その美貌に僕は昔から首ったけだった。
花が欲しいと言えば花を贈り、かわいい細工品が欲しいと言われれば割に合わない交換をしてでも手に入れてきた。
両親はそんな僕の姿をみて騙されているのではないかと心配していた。
そんなことは無い、いい女を振り向かせるためには努力が必要なんだ。
それが男の甲斐性ってもんだろう?
そしてやっと、プロポーズをして受け入れてもらえたのだ。
そりゃあもう舞い上がったさ、あの時ほどうれしかったことは人生で無かったかもしれない。
すぐに子供を作ろうと提案した。
妻と僕の子供だ。美しい容姿で賢い子が生まれてくるにちがいない。
息子だったら威厳ある父親として、また人生の先輩として仲良くやりたい。
娘だったら、きっと妻に似るだろうから甘やかしてしまいそうだが、それはそれで楽しそうだった。
だが妻からの言葉は否定だった。
子供が出来たとしてもまだしっかり育てる自信がないらしい。
結婚してしばらくは大人としてしっかり自立できるようになりたい、と。
出鼻をくじかれたが僕は了承した。
確かに先を急ぐことは無い。もう夫婦なのだから二人のペースでやっていけばいいのだ。
10年、そう10年だ。
結婚してから10年して妻はようやく子供を作ろうと言ってくれた。
嬉しかった。
プロポーズを受けてもらった時の次に。
事がすんで、繭が生まれる。
ああ、この中に僕たちの愛が詰まっている。
時々中から動いている様子が伝わった。
名前はどうしようかと考える。
強そうな名前、カッコイイ名前、かわいらしい名前、幸せを願う名前、色々考えた。
妻とも相談したが、まだ性別もわからないのだから気が早いと怒られてしまった。
そうかな?
でもきっとそうなのだろう。僕はいつもせっかちだったかもしれないからな。
時期がきて生まれそうな兆候が見えてきた。
僕は村の役回りを休ませてもらって、妻と家にいる。
繭の胎動が大きくなってきた。
亀裂が入って、そこから赤ん坊が出てきた!!
「何なの!! この醜い子供は!!」
妻が発した言葉が遠くに聞こえた。
いつも天使の鈴のように俺の心をくすぐる声が、風の音のようだ。
なぜだ、なぜ耳が、ああ、そんな。
美しさ? 賢さ?
その象徴足る耳が、何故、あんなに小さいんだ?
何か問題があったのか?
事の作法? 時期? それとも僕に似てせっかちだから成長する前に繭から出てきてしまったのか?
「大丈夫だ、大丈夫だからおちついてくれ」
「大丈夫なわけないでしょう!? なんであんな耳が短いのよ! アナタ言ったわよね! 私とアナタの子供だったら絶対に美しくて賢い子供ができるって!」
「そう、大丈夫だよ。きっとせっかちな僕に似て成長する前に生まれてきてしまったんだ。乳母穴で少し育てれば耳だって伸びるさ」
「本当? ねえ本当にそうなの? 絶対そうって言いきれるの? ねえ?」
わからない。
いや、たぶんそんなことは無いかもしれない。
こんなに耳が短くて、成長すると伸びるなんて話はきいたこともない。
「大丈夫だ、ちゃんと僕が乳母穴へ連れていくから君は少し休んでいてくれ」
無邪気な顔をする息子を抱き上げて歩きだす。
どうする、どうすればいい?
耳を引っ張って伸ばす?
だめだ、そんな事をしてもすぐにばれる。伸びたとしてもほんの僅かだろう。
いっそ切り落として事故にあったと言ってしまうか?
だめだ、妻には耳が伸びると言ってしまった。そんなことをしたら疑われるだけだろう。
「ぅー? ぁー」
うるさいな、人が一生懸命に考えているっていうのに!
そもそもお前がちゃんとした耳をしていればこんなことにはならなかったんだ!
イラつきながらも僕は乳母穴に子供を埋めようとするが、抵抗されてしまった。
「うーー! うぁー!」
頼むよ、こんなところでまで面倒をかけさせないでくれ。
ええと、たしかこの中に生えてる枝をしゃぶらせておけば育つはずだ。
無許可で穴を使うのはバレたらまずい。だが事情を説明してあとで許可をもらえばいいだろう。今は急を要する事態なんだから。
騒がれても面倒だ、枝を吐き出せないように少し深めに咥えさせておく。
これでいい、あとは蓋をしておけば問題ないだろう。
家に帰って、妻に乳母穴に埋めてきたことを告げ、その日は嫌な事を忘れるために眠った。
翌日から僕は役回りに出頭した。
身体を動かしている時のほうが気分がいい。何も考えなくてすむ。
仲間からはもう産まれたのかとか、家にいなくて大丈夫なのかと言われたが、適当に受け流していた。
僕があいまいな返事をしていると、仲間は気を遣ってくれて家に帰るように言ってくれる。良いやつらだ。けど今は嫌な事を考えたくないので外に出ていたいんだ。
……嫌な事か。
結局家に帰ることになり、「ただいま」と声をかける。
家にはだれもいなかった。
ただ、昨日おいてあった繭がぐしゃぐしゃになるまで物が投げつけられていたので何があったかを察した僕は妻の実家に急いだ。
「娘は君に酷い事をされたと言っている。何があったんだね?」
到着するなり義父に問い詰められた。
酷い事? 僕はそんなことした事は無い。
妻の為ならなんだって頑張れるんだ。
「そんなことはありません、どうか妻に会わせてください」
「娘は会いたくないと言っている」
「お願いします。話をさせてください」
「まずは何があったのかを教えてほしい」
言えるわけがない!
耳の短い子供が産まれたなんて言ったらもっと面倒な事になるに違いない!
「妻と直接話をしたいんです! 夫婦でしか言えない事なんです」
結局僕は妻の実家から追い出され、一人で家に帰ってきた。
あいつが産まれたせいでこうなったのか?
いや違う、産んだのは僕と妻だ。
問題は耳が短かったことだ。
なんで短い耳だったんだ、もう伸ばす方法は無いのか?
そういえば乳母穴に入れる許可をまだとっていなかった。
すぐに長老へ面会する希望を出しておく。
3日で会えるそうだ。
長いな……。今日はもう寝よう。
長老に面会をして、乳母穴の事を切り出した。
「お前のところの子供か? 心配なのはわかるが、産まれる前から申請をだすやつは初めてだ」
そう言って長老は少し笑った。
「あの穴は子供を育てる事が出来なくなった親や、どうしても体の弱い者に使わせるための物だと言うのは知っているだろう? あれほど我が子を楽しみにしていたのにもう育てる自信がないのか?」
「いえ、そういうわけではないんです……ただ、体が弱いかもしれないし、なにかあってから申請をしていたら間に合わないかもしれないので……」
「まったく、周りのものがお前をなんと言っているか知ってるか? そんなことだからせっかちだせっかちだとからかわれるのだ。まあいい、どうしても体が弱い時だけだぞ。他には何かあるか?」
「…………その、変な事をきいてもいいですか?」
「なんだ」
「耳を伸ばす方法ってあるんでしょうか?」
途端、長老の目が鋭くなる。
言わなきゃよかったかもしれない。
「耳は伸びん。簡単に伸びるようなものであれば我ら一族の沽券に係わる」
「そうですよね、変な事をきいて申し訳ありませんでした!」
「まて」
急いで退室しようとした僕を長老が呼び止めた。
「耳が短い子供が産まれたんだな?」
もうだめだ……。
「それで乳母穴で治るかもしれないとおもったわけか、いや、仕方あるまい。ビルよ、それは“忌み子”というものだ。お前には悪いが耳の短い子供が産まれた時は森に還す決まりとなっている」
「森に、還すですか?」
それはつまり、死ぬってことだ。
殺すのか? 僕の子供を?
「忌み子は耳が短く、世界樹の声を聴くことが出来ない。そしてそれ故に人族のように我々と一緒にいては不幸を招くことになるだろう」
「不幸を……」
そうだ、あいつが産まれてから妻は出ていったんだ。
いや違う、あいつが“忌み子”だったから、妻は出て行ったんだ。
そうか、あいつのせいだったのか……。
「長老、本当に申し訳ありません。実は……」
その後僕は長老に事の次第を全て話した。
勝手に乳母穴を使ったこと。
妻に出ていかれた事。
産まれたのが忌み子だったこと。
長老は全てを聞いた後に人を集めて埋めた穴に案内するように言った。
蓋を開けると、産まれた時から遥かに成長した“忌み子”がいた。
「忌み子だ……」
「でかくないか」
「早くないか? 本当に4日前に生まれたのか?」
「本当だ! 俺も信じられない」
ああ、本当に色々と信じられない事ばかりだよ。
こんな奴はさっさと居なくなってしまうに限る。
「枝を外せ。養分を吸わせすぎたのだろう。ビルは初めての子供だったな。普通、枝は子供が腹を空かせたときに吸える程度に添えておくものだ。次からはわかる者と一緒にやるといいだろう」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
「良い、それよりもその忌み子を穴から出せ」
枝を外すときに確認したが、忌み子の耳はやっぱり伸びていなかった。
そのあとは打ち合わせ通りの場所まで連れて行って、置いてくるだけで済んだ。
これでいい。これでいいはずなんだ。
あとは帰ってこのことを妻に報告し、また前のように日常に戻ればいい。
子供は、しばらくはごめんだ。
やっぱり夫婦は二人のペースってもんがある。今回の事でよくわかった。
家に帰ると、妻が居た!
あいつがいなくなった途端に戻ってくるなんて!
「やあ、おかえり! いやただいまかな? よかった、君が帰ってきてくれて。大丈夫だ、あの子供はもうちゃんと長老とお話してちゃんとしてきたよ! だから安心してくれていいんだ」
妻の表情はすぐれない。どうしたんだろうか?
「……ビル、あのね。私、パパとママに子供の事を話したの」
「そうなんだ、でも大丈夫だよ。もう終わったことだから」
「そしたらね、耳の短い子供って忌み子って言うんだって。周りに不幸をまき散らすって」
「その事なら大丈夫、僕が長老としっかり片づけてきたんだから」
そうか、妻の両親は忌み子の事を知っていたのか。
「ママがね。教えてくれたの。忌み子が産まれたのは父親が悪いせいだって」
「……え?」
「だからビル、私の前からいなくなって」
ドスッ と、
そうだ、妻は時々こうして抱き付いてくる事があるんだ。
僕はいつもそれを抱きしめて、愛を、ささやくはずなのに。
声が、でない。
お腹に、尖った木が。
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