第3話 忌み子
トツトツトツトツ……
穴の中に音が響いてくる。
多分、何人かがこっちに歩いてきてる音だ。
死刑囚はいつ執行されるかわからないという恐怖の中で収監されているから、罰を受けていると前世では覚えている。
当時は重犯罪を犯しておいてタダ飯が食えて、良い身分のくせになにが罰だと思っていたが、いざ自分が似たような境遇になるとこの感覚というのは本当に恐ろしいものだ。
ただ違いがあることとしては俺は何も悪い事はしていない。
少なくともこの世界では。
排他的な我が種族では、他種族を基本的に見下している。
そりゃもう、ドブネズミか何かみたいな扱いをする。
耳が長いということは世界の声を聴けるということで、とても賢くて偉いらしい。
長さだけでいうとウサギなんかはクリアしそうだが、ああいう動物は畜生なのでノーカンなんだとか。
なんでもいちゃもんをつければ良いってものじゃないと思うけど、とにかく自分たちは偉い。他は馬鹿なのでダメってことだ。
そんで俺は馬鹿な方。
賢くて偉い自分たちの一族から馬鹿が生まれてもらっては困る。
一緒にいたくないし、増えても良くない。じゃあ殺そうってな感じだ。
ただ、一応知識人らしく取り繕うためか、直接殺すというのは野蛮であるため遠くに追放。俺の場合は捨てられる流れになる。
トツトツ……。
足音が止まった。
俺の穴のすぐ近くだ。
ゴトゴトと音がして天井が外れた。
「ウゥー」
何日か振りの光に眩しくて声が漏れた。
どよめきが起こっている。
何人かの大人の男が周りにいるようだ。
「忌み子だ……」
「でかくないか」
「早くないか? 本当に4日前に生まれたのか?」
「本当だ! 俺も信じられない」
声が聞こえる。言葉がわかる。
不思議な感覚だ。初めて使う言葉なのに今までずっと使っていたような感覚で聞こえるというのは。
周囲の大人が戸惑っていると、しゃがれた声が一喝した。
「枝を外せ。養分を吸わせすぎたのだろう。ビルは初めての子供だったな。普通、枝は子供が腹を空かせたときに吸える程度に添えておくものだ。次からはわかる者と一緒にやるといいだろう」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
「良い、それよりもその忌み子を穴から出せ」
口から枝が引っこ抜かれる。
突っ込むときもそうだけど手荒いよな、歯が折れるかと思ったよ。
……歯?
この穴に入れられたときは歯なんて生えてなかったはずだ。
明るくなったので自分の体をみてみる。
すげー成長してる。
いや、そう言ってもせいぜい5歳児くらいの大きさなんだけど、俺が生まれたのは4日前らしいから1日1年ちょいくらいのペースで成長したのか?
一番偉そうな声が言ってた養分を吸わせすぎたってのは理屈でなんとなくわかる、けどそれで急成長って不思議な種族だなあ。
驚いたり感心したりしてる間に俺は大人達によって抱え上げられ、後ろ手で縄に縛られていた。
「まあいい、そのくらい成長していれば抱えて持って行かずとも自分で歩くだろう。やることは変わらんのだから手間が減ったと考えるべきだ」
偉そうなやつはだいぶ歳を食った白髪の爺さんだった。
他の大人よりも模様の多く入った服を着てるから多分長老とかそんな感じで偉いんだろう。
ただ偉いってだけじゃなく、目付きや背筋の伸ばし方からして実際に仕事ができる“叩き上げ”ってやつかな? 周りの大人も必要以上にそっちに対して遠慮してるのが見てすぐわかった。
「行くぞ」
合図と同時に前に進むよう背中を押される。
手は縛られ、大人に囲まれて歩かされる。完全に犯罪者みたいな扱いだ。
父親……ビルって呼ばれてたな。ビルは俺の方を見ようともしない。
これは愛の葛藤は期待できそうにない。
仮にあったとしてもこれだけ忌み子を嫌う他人に囲まれた中で異議も出せないだろうな。出したらカッコイイ父親だけどな!
前世の俺の父親だったらどうだったろうか? ふと思い出してみるが、マニュアルっぽい人だったから異議があるなら法廷に出していただろう。こんな場面では感情的にならないタイプの人だ。
母親はどうだろうか?
今生の母親は俺を見てヒステリーを起こしていた。
この場においても姿を見せないということは生まれた瞬間から見限られていたのか。
女は感情的になりやすいから汚れ仕事は男だけの方が良いとか、決まりでもあるのかもしれない。
そんなことを考えていたら長い階段の前まできていた。
大きな樹の幹を彫って作られたらせん階段のようだ。
手すりもない上に段差がまっすぐつくられていないので縛られた状態で降りるのはすこぶる恐ろしかった。
大人たちもあまり使い慣れていないのかゆっくりと降りていたので、先を急ぐよう押されたりもなく、無事地面に降りることが出来たが。
大人たちは無言だった。
地面に降りた後もどこへ行くのか決まっていたように、黙々と歩かされた。
ふと、森の中に差し込んだ光につられて上を見上げた。
太陽の光が遠い。
時間が分からないので確証はないが、北か南に向かっているようだ。
世界地図は頭の中にある。
俺がいた集落の場所も、その周辺も入念に予習した。
北に行けば他の鬼族が住む集落があるはずだ。
南だと山がいくつか連なっていて、その先には荒野だ。
できれば東の人間が住む村に近いほうが良かったが、北に向かっていることを祈ろう。
途中、小休止をとったときには大人達は水を飲んでいたが俺の分は無かった。
死に水くらい良いだろうに、慈悲のないことで。
ビルは相変わらず俺を無視していた。
初めての子供だっていうのに、そんなもんか。
「とまれ」
だいぶ歩いて、あたりが薄暗くなってきた頃に長老が声を出した。
「そこの木に繋いでおけ。狼の糞が落ちているから夜の間に終わるだろう」
後ろ手に縛った縄の端がちょっと細めの木に括られる。
大人たちは結び目を確認すると無言で元来た道を引き返していった。
周りが静かになる。
一人森の中に取り残されて、俺は生き延びる目を考えていた。
まず自分の身体の事だが、赤ん坊のまま捨てられるのではなく、自分で動けるくらいに成長していたのは大きな誤算だったが、これ以上ないくらいにありがたかった。ビルの子育て? が下手くそなお蔭でこうなったのだから、皮肉なものだ。
ただ、5歳児かそこらの身体で長時間引きまわされたおかげでだいぶ足にきている。
おまけに全裸だ。足の裏は多分傷ついて多少なり出血しているし、ふくらはぎから腿までパンパンだ。
けど動かないわけにはいかない。
子供の身体は柔らかい。
大人になって健康のためにと日ごろストレッチをするのがあほらしくなるくらいくにゃくにゃしてる。
後ろ手になっている手を、しゃがんだ状態から足の下を通して前に持ってくる。
辺りに石とか落ちてればいいんだが……動ける範囲で地面を触って確かめる。
ぐにゃっとしたものに当たった。
「うげ、これさっき言ってた狼の糞じゃねえの……?」
暗くて良く見えないので仕方ない。でもエンガチョ。
それからも地面をペタペタ叩いたりして探していたが、石が無い。
「困ったな」
取りあえず、木の幹に手の縄をこすりつけてみる。
何時間かかるか分からないけど、やらないよりはマシなはずだ。
ザリザリザリ……
手を動かしながら考える。
魔法の事だ。
生まれ変わりの時のガイドは希少魔法の才能をくれるって言っていた。
この世界に魔法は5種類あるらしいが、ポピュラーなものは
火魔法
水魔法
風魔法
に分類されるようだ。
次に珍しい物として
治癒魔法
最後に伝説級にレアいのが
雷魔法
この5種類だ。
魔法は基本的に一つの種類しか使えないのが原則だが、その用途は結構幅広い。
威力に関してはとにかく反復練習あるのみ、らしい。
ただ、補助的な動作が加わることで魔法の威力も持続力も上がるんだとか。
補助動作というのは厨二っぽい詠唱とかではない。
例えば火魔法を使って火を出すとする。
何もないところに火を生み出すよりも、火種となるものを用意しておくことで連鎖的に同じ労力でもより大きな火を生み出せるということだ。
さて、話はもどって希少魔法だ。
希少というからには治癒か雷のどちらかの魔法なのだろう。
薬か何かを塗っておけば効果もたかいのだろうけど、まず足の痛みに対して治れと念じてみる。念じる。治れ。痛いの痛いの飛んでいけ。
全く効果が無い。
どうやら治癒魔法の才能は無いみたいだ。
となれば雷魔法になるはず、なんだけど……
実は雷魔法は例の穴の中で試してみていた。
雷でてこーいとイメージはしたが、何も起きなかったのだ。
単に練習不足か何か間違ってるのか。
「火とか電気とかでこの縄焼き切れたらよかったのにな」
バヂヂヂヂヂヂン!!!
びっくりした!
すっげえびっくりした!!
ていうか漏らした。履いてないから大丈夫だけど足にかかったところがちょっとかゆくなってしまう。
え、なに?
電気? 何で?
見たら手元の縄が焼け焦げている。
都合よく自分の手はまったくの無傷。
「そうか、静電気が補助動作になったおかげか……」
一般に静電気というのは冬場何かを触るときパチっとなったりするやつを言うが、あれは物質内に帯電された電気が外に放電してるときのことで、物と物をこすりあわせるとそれぞれに電気が発生するんだっけか?
なんていうか、すっかり忘れていた知識だっただけに衝撃的だった。
理科とか科学とかもっと真面目にやっていればよかった。
ともかく、縄は何とかなった。ちぎれた残骸は手首に結んで持っていこう。大切な魔法の種だ。
この世界にMPとかがあるのかはわからないけど、無限に魔法が使えるって事は無いだろうから、よく考えて使わないとな。
ヴゥゥー……
茂みの中から低く唸る声と、いくつもの光る眼が俺を見ていた。
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