第2話 誕生日
人を見た目で判断してはいけないと、前世では親や先生に言われた事があります。
社会に出ると、だらしない恰好をした人はだらしない人が多く、やはり見た目も大事なんだなと思いました。
でも生まれた瞬間からダメ出しされるのはさすがにあんまりなのではないかと思います。
今俺は薄暗い穴の中で木の枝を口に突っ込まれています。
木の枝は渋いし、口が開きっぱなしで拷問っぽいけど多分必要な事だと思うので我慢してる、でも人権を持っていた頃を思い出すとすごく心が切なくなります。
遡ること体感時間で数日位。
俺は無事この世に生を受け、“繭から”生まれました。
この時はまだ意識がはっきりしていなかったので自分がまさか虫みたいな生まれ方をしたとは想像もしていなかったのです。どちらかというと知らない場所に連れてこられてどうしようかと悩む方が勝っていたのだと思います。
やっぱり多くの赤ちゃんが前世の記憶なんか持っていない方がこうした不安もなくてベストなんでしょう。先入観は良くない。
さて、生まれたということは親が普通傍にいるものですが……居ました。
両親ともにそろって俺の誕生を心待ちにしてくれていたのか、とても驚いてこちらを見ています。
「■■!! ■■■■■■■■■■■■!!」
多分母親と思われる女性がすげー錯乱して父親? に掴みかかってる。
何か知らんけどこっちを指さしながら怒ってるみたいで大顰蹙を受けているのはわかった。あと言葉がまったくわからん。
周りをざっと見ると木造家屋かな?
壁とか全部木で出来てて丸い間取りの部屋だった。
家具とかはあまり置いてなくて、敷物にでかい動物の毛皮が敷いてあるのがなんとなく前世的に金持ちっぽい雰囲気だけど、あんまり他に金目のものは無いようだった。
それと両親の着ている服がなんだかファンタジー。
ネットにあげられていたコスプレイヤーが着てた服を“本物”っぽくした感じだ。
服だけじゃなく、顔だちも日本人とはだいぶ違う。
まず美形。どっちも美形。
髪の毛は薄いブロンドで西洋人っぽい感じがするし、最大の特徴は耳だ。
すげえ長い。割りばしくらい長い。
これアレだ、エルフってやつだ。俺の知識的に一番しっくりくるのがエルフ。
「■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■」
父親も父親でおろおろしているし、ヒスった母親をなだめようとしてるのだろうか?
多分、俺が普通の子供と何か決定的に違うんだろうなあ。
俺はそっと自分の耳を触って確認してみるが、感触的には全然長くない。
普通? の耳だ。こりゃだめだ。別種族って言われた方が納得する。
あとは鏡がほしいけど、この部屋には見当たらないみたいだ。
髪の色か、顔の造形か……? それとも赤ちゃんっぽくおぎゃーおぎゃーって泣かないのが変なんだろうか?
だって別に何もないのに騒がないよ、どうしろってんだ。
お、父親? がこっちに来た。
「■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■?」
やっぱり何言ってるかわからんけど取りあえず笑顔で“だっこ”をせがむポーズをしてみる。
何事も歩み寄ることが大事なはず。
父親の手が伸びて見事抱っこしてもらうことに成功した!
ボディランゲージが伝わってよかった。
そのまま家の外に連れていかれる。
「ぉー……」
中々壮観な眺めだった。
どうやら我が家は大きな木の上にあって、直接木に穴を掘ったような形で建設されていたようだ。
周りはすっごい森。
ただ、家の周りやらにはちゃんと床というか、歩道というか、橋がかけられていて他の木と行き来できるようになっていた。
周りの木もうちと似たような感じで、それが見える範囲ではずーっと先まで続いている。
結構大きな集落なのかな。それにしてもエルフのイメージ通りですごくファンタジーだ。
てっきり人間に生まれ変わるものだと思っていたけど、そういえばあのガイドっぽい人も「生まれ変わる」としか言ってなかったっけ。
魚とかじゃなくてよかったよ。ほんとに。
マイナスイオンを存分に堪能していて忘れてたけど、おとーちゃんさっきから全然しゃべってない。もしかして深刻な状況なのだろうか?
日本だって昔は障害を持って生まれた子供がいたらその場でキュッとやるって風習? があったくらいだし、異世界の異種族がどんな文化を持ってるかわからない。
捨てられても殺されても今の俺じゃ何もできずに詰む。
とか思っていたら、一際大きな樹に設置された階段を登り始めた。
地面がめっちゃ遠い。
ここから投げ捨てられたら前世で俺を巻き込んでくれた奴と同じ運命を辿ってしまう。奴と違って他人様に迷惑をかけるような死に様はしないだろうけどね。
「ぅー? ぁー」
やっぱり死にたくないのでちょっとアピールしとく。
声帯が未発達なせいか、録に発音できなかったけど変にゴジョゴジョお喋りするよりいいと思う。
無駄だったが。
「うーー! うぁー!」
父親は返事を返してくれなかった。
ただ、渋い顔をして俺を見た。
嫌悪だとか、残念だとか、一口には言えないような渋い表情だ。
でも無言で、俺を穴に埋めようとしていた。
抵抗もした。抗議もした。
生き埋めは嫌だ。苦しそうだからだ。せめて一思いにやってほしい。
それともこの木に開いた穴は食虫植物みたいに入れた物を木の栄養にするんだろうか?
まわりの枝にも似たような穴がぼこぼこ開いてる。
もしかして墓か。
どっちにしても生きてるやつをいれる穴じゃないよ。助けてくれ!
「うぁー!! うぁー!! うぐっ」
穴が閉じられる直前、何か棒のようなものを口に突っ込まれて俺は暗闇に取り残された。
で、現在に至る。
最初は生き埋めにされたと思っていたけど、どうやら息は出来る。
あと数日飲まず食わずかと言えばそうでもなく、口に突っ込まれた枝からは少しずつ樹液のようなものが染み出てきていて、それが栄養になってくれているみたいだ。
みたいだ、ってのは確証があるわけじゃない。ただお腹は空かないし喉も乾かないので多分そうなんだろうと納得している。
一番重要なのは他の事だ。
どうやらこの樹液を通して俺の種族は知的教育を行うらしい。
最初に気が付いたのは閉じ込められて数時間後くらいだった。
何故こんなことになったのだろう、生まれかわってすぐだというのにこのまま死んでしまうのだろうか?
そう考えていたら「この中にいるなら安全」と頭に浮かんだのだ。
自分が考えたわけではないのに、自分が考え、知っているかのような不思議な感覚だった。
最初は考えがまとまらず、急な事ばかりで頭がおかしくなったのかとも思った。
そうすると「別にそんなことはない」と答えが浮かぶ。
お前は誰だ、なんて自分に質問をしてみると、
「私は私」
なんて返答がある。すごく気分がよくない。
きっと自分は多重人格にでもなってしまったのだ。
意味が分からないまま死んで、生まれ変わって、捨てられて埋められて。
人生どんづまりのショックでおかしくなったのだ。
「別にそんなことはない」
そうかい、ありがとう。きっと君は僕の良心だ。
「私は私。どういたしまして。私はあなたじゃない」
そうだね、俺も君じゃないよ。でも名前はないのかい?
「私は私」
こんな感じだ。
何か質問をしてもイマイチ要領を得ないが、確実に自分ではない何かの意思があった。
どうやらこの不思議意識ちゃんは名前が無くて、こちらが何か質問をしたら答えてくれるらしい。
しかも答えは自分の意識のように、抽象的だがはっきりとしたイメージが伝わる。
せっかくなので色々ときいてみた。といっても頭で疑問を思い浮かべるだけだ。
俺は人間?
「ちがう。人間じゃない。人族じゃない。似てる。違う」
じゃあ何?
「………」
俺はエルフ?
「守り人。そうともいう。ちがうこともある」
ここはどこ?
「大陸。樹の中。母なる土地。寄生虫の住処。ここはここ。ステラの西」
両親が話していた言葉は何?
「エルフ語。知らない。賢人の言葉」
頭がこんがらがりそうな答えが多い。
本当に多数の人格がせめぎ合うような感じだ。
まず、質問は一問一答でないといけないらしい。
前の質問に対しての文脈がどうとか、そういうのは受け付けていないみたいだ。
イエスかノーで答えれる質問に対しても、どっちつかずや肯定も否定もある答えが返ってくることがある。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんなのばっかりだ。
逆によくわかる回答としては場所や言葉など。教科書に書いてありそうな“知識”と言えるようなものだ。
返ってくる言葉では非常にあいまいな説明になっているのに、場所は世界地図での正確な場所がイメージとして送られてきた。
言語に関する質問では言葉の意味や成り立ち、はては文字までと膨大な知識量が一瞬で頭にインプットされる。
調子にのって世界のどこではどんな言葉が使われているのか、どんな文化があるのかとか、質問しまくっていたら、いくつかの空白地帯はあるものの世界旅行を完全ガイドつきで網羅したような知識がイメージとして理解できていた。
他人に言わせれば妄想で片づけられるような事だというのはわかるけど、俺はこれがまるで自分の経験した事のように鮮明に思い浮かぶのだ。
というわけで、いくつか俺の現状を整理してみると……
ここはステラと呼ばれる世界で、現在地は世界地図でいうと西の端の方。
世界樹とも呼ばれるかもしれない樹の中である。
俺の種族はエルフと呼ばれることもある種族で、ひどく排他的で滅多に他の種族の前には出て行かない。
エルフと呼ばれるかもしれない種族の他には、人間と呼ばれることもある人族、マザリと呼ばれる鬼族がいる。というか分類的にはエルフは鬼族に入るかもしれないということ。
俺が今埋められている穴は保育器のようなもので、ある程度まで成長を助けてくれるということ。
俺は耳が長くないため、殺されるかもしれないこと。
最後のやつはマジでやばいやつなので早急になんとかする必要がある。
どうやらうちの種族は耳が長いことが誇りらしく、人間みたいな耳の子供は“忌み子”と呼ばれて殺されるらしい。
森に捨てられて狼か何かに食い散らかされるイメージがどぎつく突き刺さる。
こんな未来は断固として回避しなければならない。
俺にはまだ切り札がある。
そう、魔法だ。
希少な魔法とやらを使えば仮に獣に食われそうになっても何とかなるんじゃないだろうか?
さっそく魔法の使い方をレクチャーしていただく。
「魔法難しい。魔法こわい。魔法強い。ドーンとやる。強く強く念じる」
……なるほど!!
強い魔法を使うには修行が必要らしい。詰みだ。
ついでに生後数日の赤ん坊が森の中に捨てられて生きていけるか、色々と角度を変えて質問をするが、まあ無理だってこともわかっていたけどわかった。
マジでどうにかならんか。
せめて両親の取り乱した理由が、忌み子生まれたけど殺したくないよどうしよう、内緒で育てればどうにかなるんじゃね? というような感じだとまだ生き残れる可能性はあるのか。
捨てられる場合も、できれば人里の近くに捨ててもらえると良いなあ……。
この数日、頭の中で世界旅行をしたり、イメージだけでも異世界を堪能はできたけど痛く苦しく死ぬのは嫌だ。
おまけにこのままだと“使命”とやらを達成できずに消える羽目になる。
まあこっちはそれほど重要じゃないか。
どうせ使命を果たして次の転生があったとしてもまた記憶を引き継げるとも限らないし、そしたら死んで消えるのと一緒だろう。
どうすればいいか……得た知識をフル活用するが妙案は浮かばなかった。
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