■■Lv1

第1話 神の国

人間万事塞翁が馬、というのは昔中国の偉い人が残した言葉らしい。

良い事だと思えることが悪い事の原因であったり、その逆の事もあるという意味だ。

中学の頃に社会の先生が授業合間に教えてくれた言葉だったが、結局俺は因果だとかそういう物をどうにかできるわけでもないのでただの慣用句か、ひねくれた物の見方だなと思っていた。

良い物は良いし、悪い物は悪い。

結果を良い物にするために努力をすれば後悔もないだろう。

その日はちょっと難航していた仕事を片付けることが出来て気分が良かった。

同僚を誘って一杯やってから家に帰る。

酒に飲まれないように調整していたから意識もしっかりあった。

ちょっとかわいい女子社員がタクシーに乗り込んだのを見届けた。

問題はそのあとだ。

凄まじい衝撃を受けて、首から嫌な音がした。

何が起きたのか全く分からないまま「痛い」とも言えずに俺は多分、死んだのだ。

「はい、ようこそ神の国へ」

気が付くと空の上にいた。というか雲の上。

どうやって浮いてるのかわけがわからないし、ここがどこだかも良くわからない。

慌てようにも声が出ない。

叫んだり驚いたりしても全く自分の声が聞こえてこない。

「はいはい、落ち着いてくださいね。落っこちたりしないし、怖い事ないですよー。あと神の国よりも天国の方が分かりやすいですか？」

誰だ。

バスガイドみたいな恰好をした女が変な事を言う。

天国？　何で俺が天国に？　いや日ごろの行いは良い方だと思うけど、そういう意味じゃなく……いやいやいや、天国？

「あれ、覚えてますよね？　さっき飛び降り自殺しようとした人に踏まれて首が折れて死んだんですよアナタ。すごい衝撃を受けてそのまま意識がなくなったみたいなので、ちょっと混乱してますかね？」

まじか、さっきの衝撃はそれかよ。

ていうか完全に巻き込まれ損じゃねえかふざけんな！

その自殺したやつを一発ぶん殴ってやりたいが、周りには他に誰もいない。

そうか地獄か。最後に殺人をやらかすやつは天国にはいないのか。

「違いますよ。天国に来れないのはその人が世界循環から外れてしまったからです」

なにそれ？

ていうか俺声出してないよね？

「肉体が無いので声は出せないでしょう。でも大体言いたい事はこっちに伝わるので安心してください。それでそろそろ説明を始めたいのですがよろしいですか？」

全然よろしくない。

まず第一に俺が死んだことがよろしくない。

あと意味が分からない。いやもう色々意味が分からん。ここが天国って段階から意味が分からん。頭悪くて申し訳ないけど意味が分からん。

それに考えてることが丸分かりってのがまたよろしくない。

「えーとですねえ、まずは世界循環の事からお話ししますね」

スルーかい。良くない言うとるやろ。声出ないけど！

「生き物というのは、大なり小なり色んな世界と繋がっていまして、その生き物が死ぬと繋がりのある世界に転生し、使命を全うするとまた別の世界に生まれ変わることができるんですよ。でも、使命を全うできなかった人はこの循環から外れて、消えちゃうわけですね。これが世界循環のざっくりとした仕組みになります。わかります？」

微妙にわかるようなわからないような、唐突すぎる。

それに俺は自殺者に巻き込まれて死んだのになんで使命を全うした扱いになってるんだろう？

「あ、それはアナタが手掛けてたお仕事が達成できたでしょう？　あれが一応今生での使命だったのでギリギリ循環から外れずに済んだんですよ」

まじか。

なんかもう、まじか。俺あの仕事の為だけに生まれてきたの？

「大体の人はそういうものですよ。じゃないと達成できる人が居なくなっちゃうので。あ、アナタを自殺に巻き込んだ人の使命は死ぬまでに5000万円稼ぐだったんですけど、ギャンブルにはまった結果あれです。生涯で稼いだお金は3600万円くらいでしたね……話がそれましたけど、とにかくこの後アナタには別の世界での使命を全うすべく生まれ変わってもらうんですがね？　ちょーっと特殊といいますか、ややキツめになると言いますかね？」

うわあ、もう既に生まれ変わるとかいう話になってるよ。

生き返るとかそういうのもないのかなー。

あ、PCの中身整理してないし色々未練あるし、意味わからん。

おまけにこの言い方だと絶対何か良くない事があるんだよ。

正直嫌だ。

別の世界とか言われてもピンとこないし、まだやり残したことは多い。

その辺どうにかならんのか。

「生き返るのは無理ですけど、PCの中身くらいならこちらで消去するようにできますよ。ほら！　これで未練が一つ無くなりましたね！　こんな特典があるのはほんと稀なんですよ。おまけに今なら生前の知識とかをある程度引き継いで転生できます！」

うさんくさい。

特典だの稀だの、詐欺師のような手口じゃないか。

そもそも一番のポイントのはずの俺の使命というのは何なのかも説明がない。

「あ、使命に関しては言えないんですよ。まあ普通はここで言っても覚えてないんですけど、これを言ってしまうと他の生き物に対して非常に攻撃的になることもありますし、そのためだけに生きようとすると問題がでてくる事が多いので言ったらだめって事になってます。あと詐欺じゃないですから。あくまでも達成できないと循環がとまってしまうので、最低限必要と思われるサポートはするべしという方針です」

じゃあアレか、次の俺の使命は普通じゃなくて、ヤバいやつだから色々特典があるってことか……前世の記憶を持って最低限の難易度ってどんなレベル？

「あと希少魔法の才能も追加しときますね」

おかわりきた！？　どんだけなの本当に怖いんですけど。

でも魔法？　マジな魔法？

魔法って憧れる。使ってみたい。けど希少とかいうし絶対やばい。

「あ、使命と転生先の世界は変更できませんからね。じゃあ運が良ければまたここで会いましょう！」

ちょっとまて、まってくれ、まだなんか心の準備もできてないし待って！

落ち着いて！

運が良くなる特典とか頂戴！！

「そういうのは無いので……さようならー」