Summer vacation [B] part

興味深いので彼の記憶を整理する事にした

「走り去ったか……」

「おいかけっこだー! たっくんまってー」


 ミキはタクミを追いかけて走り出した。勿論、俺も付き従う。


 そうか成る程、遊びの一環だったのか。てっきり顕現した俺の姿があまりにも魅惑的なので、直視できずに立ち去ったのかと思ったが。そうか遊びだったか。


 思えば今迄もタクミは突発的に色々な遊びを実行していた。彼がそういった事を考える達人だという事実を失念していたようだ。


 性欲動の波動が群を抜いて強く、繁殖能力に不全もない。様々な遊戯を考案する柔軟性に富んだ思考回路。何れミキの『育成と再生』が完了すれば、星の繁栄を担うに足る存在となるだろう。


 彼女のつがいとしては申し分がない。知り合ってからの期間は短いが、そう思えるには充分な素質を持った人間だ。


 改めて考えると実に興味深い。少し彼に関する記憶を整理してみようか。


 ・


 俺とタクミが出会ったのは人間の暦でいうところの7月20日。ミキの前に俺が顕現したのと同じ日だ。


「俺の称号はグーテンベルク・モーゲンシュタイン。略してグーターとでも呼んでくれ。貴女が運んでくれた向日葵の種を育成するのが役割だった」

「へぇー、そうなんだ」


 うん?


「貴女が水道水や尿で向日葵の養分を補ってくれたおかげで、俺は自分の力を温存することが出来た。ついてはその温存した力を貴女の為に使わせていただこうと思う」

「いただくー? おいしいのー?」


 なんだ……


「いや。貴女と共に歩み、あなたの育成を促すのだ」

「いっしょにってことー? ……おともだちだ!」


 おや? もしや彼女は俺の言葉を理解出来ていないのか?


「う、うむ。まあそんな感じだ。円環してから数ヶ月しか経過していない若輩者だが最善を尽くしてみせよう」

「ミキはねー、14さいだよ」


 などと、微妙に噛み合わない話を暫く続けていた所にタクミが来たのだ。どんな成り行きだったかは忘れたが、丁度ミキの掌に飛び乗りカポエイラを披露してきた時に彼女が掌を差し出したのでタクミの掌を足場として利用させてもらった。


 星の記憶にあるカポエイラは顕現したての身体では負担が重く、またミキの掌は小さかったので新たな足場が構築出来て有難かった。


 公園でタクミと出会ってから就寝するまで、ミキは終始喜びの感情を垂れ流していた。どうやらタクミが喜ぶとミキも嬉しいようだ。


 俺には感知できないが、何か精神的な繋がりがあるのかも知れない。タクミはミキの感情を左右する重要なファクター。この事は彼女の育成と再生を促す上で覚えておかなければならない。


 そして彼女の欲動を刺激するのもタクミであるようだ。眠りに付く前、そして眠った後に彼女の性欲動は大きな高まりをみせる。生物としては基本的な、とても解りやすい変化だ。


 ・


 翌日の7月21日、ミキはタクミに言葉遊びを教えてもらっていた。


「たっくん、ミキとあそぼー」

「いいけど遊んで欲しかったら『イイコトして』って付けないと駄目だぞ」


「イイコトしてー?」

「そう。『たっくん、イイコトしてミキとあそんで』言ってみて」


「たっくん、イイコトしてミキとあそんでー」

「よし、忘れないように復唱だ! せーの」


「たっくん、イイコトしてミキとあそんでー」

「いいぞ、次はこれだ。『ミキ、頭もアソコも馬鹿になっちゃう』言ってみて」


「ミキ、バカじゃないもんー」

「よく聞いてミキ。人は誰しも自分のことを馬鹿だとは思っていないんだ。自分は他人より優れているとさえ多くの人が思っている。しかしそれは傲慢で、素直に自分の事を馬鹿だと認められる人こそが本当に賢いんだぞ」


「バカだとかしこいー?」

「違うけど着地点は合ってる。じゃ、言ってみて」


「ミキ、あたまもアソコもバカになっちゃったー」

「過去形は駄目だ! 初々しさがそこなわれるじゃないか! もう一度だ」


 そんな事を彼等は延々と数時間繰り返していた。人間は他の生物とは違いコミュニケーション手段として発声言語を選んで久しいが、最近では発声練習を怠る者が増えたと聞く。自分の存在をアピールせずにつがいを得る事など不可能だと言うのに。彼はミキに自身の存在アピールが如何に大切なのかを、今一度思い出させているのだろう。人類の版図は努力によってのみ拡大されるのだ。


 言葉遊びという名の発声練習を繰り返して行くうち、何故だか二人の性欲動がふくらんで行くのを感じたが生殖行動には至らなかった。なにがしかの言葉に反応したのか、それとも時間経過によるものかは解らないが、かなりの大きさにふくらんでいたので期待したのだが。彼等はまだ若い個体なので、その時期では無かったという事か。


 その後、家に帰ったミキは教わった発声練習法を繰り返していた。彼女が努力する姿を見た両親は何故か慌てて飛び出して行き、それから暫く帰って来なかった。なのでミキは遅い晩御飯を余儀なくされてしまった。


 親というのは滞りなく子供に養分を運ぶべきなのに彼女の両親は怠慢も甚だしい。但しミキの両親、特に父親はミキよりタクミの方が大事らしいので積極的に養分を運びたくないのかも知れないが。


 ミキが眠りに就いた後に行われた会話でもそれは充分に解る。


「全く! あのタクミったらホントどうしようもいないわね」

「まあまあ、そう怒らずに。ああいうのは思春期にありがちな行動だから」


「何なのよ! またそうやって貴男あなたばっかりかばって! 偶にはミキの世話を焼いてくれても罰は当たらないでしょ! 私一人じゃもう限界なのよ!」


 ・


 7月22日は河原へ行ったが、彼処にはもう二度と行きたくはない。俺はの事を好ましく思っていないからだ。キャサリンと言うのはキャサリン・フォンダの称号を持つ者達の総称であり、俺と同じような存在だ。この河原には6体のキャサリンがいる。今でこそ彼女達は水面の管理者として自由に過ごしているが、以前は川カニに宿った星の力の欠片だったらしい。


 食材として存在していた川カニを、最も美味しい時期に食べてくれたミキが大好きなようで、水面に姿を表しては彼女を誘い、飛びついて来たら姿を消すゲームを喜々として繰り返していた。


 俺が管理している個体と無断で戯れるとは非常に腹立たしい。物言わぬ水流とでも戯れていろと警告しても聞く耳を持たない。これだから女性タイプの同胞は嫌なのだ。


 それはともかく、ここでもタクミは偽装を見破る遊びをしていた。毛根が死滅して再生不可能となった頭部に、人間は何故か不自然な飾りをつける。それを遊びと称して見破る訓練をしていたのだろう。


 波長が我々と近いミキは、俺の同胞を見る事が出来る。しかし彼女をその境遇に満足させず、更なる高みへと導くタクミの姿を見た時、俺は素直に素晴らしいと思った。

 事実タクミの訓練を間近で見ていたミキの視神経は、異常な速度で次の段階へと進化しつつあった。それはあの日からずっと続いているので、何れ更なる高みへと昇華するだろう。


 ・


 翌日から暫くは台風が近付いたせいで大雨が降り、ミキとタクミは別行動をしていた。勿論、俺はミキから離れずに育成と再生を実行し続けた。彼女は俺を運んでくれた偉大な母だが、その脳波には少し歪みがある。そしてそのせいで、身体的な成長速度も遅い。

 これは生物としては由々しき問題であり、本来なら生存競争には生き残れない。だが、俺の力が有れば彼女の状態を再生できるだろう。毎日少しづつ力を使っているので何時になるかは解らないが、何れ再生が完了した暁にはタクミも喜ぶと思われる。


 ミキは必ず、寝る前にタクミの写真を見つめる。彼女の家へ初めて招かれた日からずっと、その行動は一貫して行われていた。彼女の性欲動を最も感じられるのが、この就寝前の時間だ。顔を上気させながら擬似的な生殖行為を妄想で再現しているのだと思われる。


 復習に余念のない彼女だから、予習にも余念がないのは当然の事だろう。この星の繁栄を担うのは人間であり、だからこそ生殖行為は欠かせない。子孫へと様々な物を受け継がせる事によってのみ繁栄は持続するのだ。


 なのでその例に漏れまいと、きたるべき日に備えて努力する彼女の姿は微笑ましい。


 ・


 久しぶりにタクミと再会したのは8月1日だった。彼は何かやり遂げた男の顔になっていた。この日は特に変わった事もなく平和な1日だった。あまりにも平和だったので、以前タクミの部屋で見つけた実技書の有効性を試してみた記憶がある。

 ミキがバナナを食べている時に、そっと口元に俺の俺様を近付けてみたが期待した効果は何もなかった。我々と人間とでは性衝動の引き金となる前提条件が違うのだろう。


 俺も星へと還る前に一度くらいはつがいが欲しいものだ。勿論キャサリン達以外で。


 ・


 8月2日は、タクミの生殖願望をマックスに感じた日だった。俺は何がそんなにも人間を駆り立てるのかを知りたくて、彼の机の上にあった実技解説が写っているケースを調べた。時を忘れて細部まで熱心に調べていたら、何時の間にかミキとタクミがいなくなっていた。俺は慌ててミキを探しに行った。壁や扉などは所詮分子の集合体なので、簡単にすり抜けられる。


 台所でテレビを見ているミキを見つけたが、タクミはいなかった。タクミがいない事は気にかかったが、俺が育成と再生を手掛けているのはミキなので究極的には彼女さえいれば問題はない。


 ・


 そして本日を迎えたのだが、タクミは俺とミキを置いて走り去ってしまった。追い掛けたのだが、追い付くどころか姿も見当たらなかった。


「たっくん、いないねー」

「帰ったのではないのか?」


「そうかなー? じゃあミキたちもかえろっか」

「うむ」


 しかし遊びの途中で、達人のタクミが帰る事など有り得るのか? との考えも頭にぎったが、口に出して伝える程の事でも無いだろう。

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