やがて芽吹く希望の育成を俺は怠らない

 俺は睡眠を必要としない。そもそも起きているという感覚も無い。


 この星に生きる多くの生命には睡眠という名のロスタイムが付き纏うが、俺や俺の同胞にはそれが無い。この事実は非常に有難く、育成と再生を促す上で最も重要な能力だと言えるだろう。


 昼間、光合成を行い活発に成長する向日葵は夜になると成長が抑制される。昼間、多くの事を考えつつ活発に動き回る人間も夜になるとその動きを止める。その就眠時こそ俺が最も育成と再生に力を注ぐ事が出来る時間なのだ。


 俺の力は弱くはない、しかし強くもない。なので生物が自主的に活動している時間は力を行使し辛い。生物の意識が強すぎると上手く行使できないのだ。頑張れば出来ない事もないが激しく力を消耗してしまう。


 ・


 追いかけっこをした日の夜、ミキは疲れたのか何時もより深い眠りに就いていた。俺は意識を手放したミキの身体と同化し、彼女の育成と再生を促して行く。俺的に決めている育成方向に沿って、ゆっくりと力を流すのだ。


 彼女は知能にも肉体にも歪な波長が見られる。しかし現状何かに困る程のものではない。なのでこの部分は少しの力を用いてゆっくり再生して行けば良い。


 それよりも『視る能力』を優先して育成しなければならない。どうも彼女は先天的に視る能力に長けているようで、それが最近になって更なる進化を始めたのだ。


 俺が力を加えた訳では無い。彼女自身の強い想いが進化を促したのだ。実に素晴らしい。


 視えざるものを視る能力に虚実を見抜く能力。自覚はしていないようだが既に完成されている未来を視る能力。そして新たに開花しようとしている幾つかの能力。その行き着く先を俺は見たい。


 生物の進化は非常に少ない確率でしか起こらない。それが進化であるのか適応であるのか、それすら曖昧な程の変化。データさえ取れない極低確率でしか起こらない奇跡。俺達のような星の一部である存在ですら、それが起こる瞬間に対峙出来る事は稀であり、同時にとても喜ばしい事である。


 最初は彼女の優しさに対する恩返しをしたかっただけなのだが、これだけ希望のある素質を見せられては放っておけない。俺の能力は育成と再生。その力を十二分に発揮できる者に巡り合えたのは幸運としか言いようがない。


 なので俺は『視る能力』の育成を優先的に促している。俺の力が無くとも何れは花開くだろうが、人間の成長速度を考えるとそれでは生殖可能期間内に間に合わない可能性がある。遺伝子として受け継がれなければ意味がないのだ。


 それに俺自信が早く成し遂げたいというのもある。新たに芽吹く新人類、その誕生の瞬間を目撃したいのだ。


 ・


「たっくん、あそぼー」


 翌朝、タクミの家には誰もいなかった。家の中で途切れる事無くプルルと電話が鳴り響いている。両親は旅行に出かけているとしても彼はいるはずなので、電話が鳴れば出るはずである。


 ……まさか、そういう事なのか!


 やる奴だとは思っていたが、ここまで徹底しているというのか。勝負に対し、なんて貪欲な精神の持ち主なのだろうか。彼は追いかけっこの勝負が着くまで逃げ切るつもりなのだ!


 俺の中に熱いものが込み上げてきた。


「たっくん、ねてるのかな……」

「いや、忘れているようだが追いかけっこの勝敗はまだ決していないのだ。彼を捕まえに行くべきだと俺は思うのだが」


「そっかー! ぐーたぁ、行こっ!」

「うむ! それでこそだ」


 ミキはやる気になったようだ。両の拳を握りしめて駆け出して行く。そんな彼女に付き従う形で俺も後に続く。


 余談だがミキの身長は低いので、並ぶとが彼女の頭と同じ位置になる。そしてそのまま俺の俺様を頭に乗せて両膝を曲げると、宙に浮く感じで自動ムーヴ状態になる。ミキやタクミ以外にも俺が視える人間がいた場合、正面からこの光景を見たならこう言うだろう。


『頭のせフェアリー』だと。


 彼女に運んでもらう形になるのは心苦しいが、二人して歩く事を思えば効率の良い方法だと言えるだろう。地に足を付けて同じ景色内を同時に探すなどそれだけで非効率極まりないのだ。ならば労力消費は抑えなければならない。


 俺が飛べたなら話は違ってくるが、そうではないのでこれが最善の選択だ。背中の羽根は飾りだからな。


 ・


 俺とミキは『真心正直通り』に来ていた。昨日彼女が昇華途上の能力を存分に発揮した場所だ。

 彼女の姿を見ると逃げるように隠れる人間がいるのは、深層心理で直感的に感じる新世界への扉を開けつつある者に対しての畏怖だと思われる。


「まぶたっ!」

「えっ……」


「はなっ!」

「な、何のコトかな……」


「あごっ!」

「ちょ、何を……」


「ぜんぶっ!」

「ひえぇぇぇ」


 彼女の『視る能力』は順調に育っている様だ。昨日までは目に見える僅かな違和感を知覚するだけだったが、今日の彼女は目に見えない虚実の痕跡まで見事に見通している。頭飾りヅラのみならず、本来の容姿を巧みに偽装し遺伝子への冒涜を犯した者達の真実まで暴くとは驚愕に値する。能力の鍛錬に貪欲なその姿勢は本当に素晴らしい。


 そんな鍛錬を続けつつ俺達はタクミを探し続けた。しかし彼を見つける事は叶わず、ミキが疲れてきたので夕方頃に帰宅した。

『始めは処女の如く後は脱兎の如し』という言葉が記憶にあるが、彼の場合は始めも後も脱兎の如く全力を尽くしているのだろう。ミキという明らかな弱者に対してでも全力で臨むその姿勢は、感嘆を通り越して驚嘆だ。彼のミキに対する愛情がヒシヒシと伝わってくる。

 しかしタクミの思いとは裏腹に、彼女は悔しさをバネにするどころか悲しい気持ちになったようだ。波長に少しだけうれいが混じったのを感じ取ったので、それは間違いない。ミキは少しタクミに依存し過ぎているのではないだろうか。


 俺がどうにか出来る問題ではないが、憂いは生物の成長を阻害する要因にもなる感情だ。彼女の育成を促すのが俺の役割なので、どうにか憂いを取り払いたいものだが……。


 ・


「ぐーたぁ、きのうよりちっちゃくなったー」


 翌日、起き抜けに彼女の放った言葉でハッとなった。言われてみれば、顕現当初よりも存在の大きさが縮んでいる。サイズでいうと身長160センチ程にまで縮んでいる。これでは頭乗せフェアリーが出来ない。まあそこはどうでも良いのだが。


 俺達のような存在は、顕現サイズの大きさイコール活動可能時間だ。言うなれば大きさは寿命であり力の残量を表すメーターに他ならない。そして力を使い果たすと星へと還り、そこで最低限の力を補給してからなにがしかに宿る。そんなサイクルを星が誕生した時からずっと繰り返しているのだ。

 キャサリン達のように長く現世に留まりたい者はあまり力を使わず、自分の役割に熱心な者は直ぐ力を使い果たして星へと還る。


 俺はどうなのかと問われれば後者だった。しかしミキやタクミと知り合ってからは、現世に留まるのも悪くないのではないかと思い始めている。力は何もしなければ徐々に蓄えられて行くが、その蓄積速度は力の行使量に見合わない。


 詳しく言えば、1度弱い力を使えば50時間。やや強めの力を使えば500時間程経過しなければ元が取れないのだ。ミキの育成を開始してからは、毎日のように強めの力を行使している。故に蓄積が追いついていないのは当然と言える。彼女が育成し甲斐のある存在なので、その事をすっかり忘れていた。オレオレ詐欺がノープランで来たような、勢いだけで事を進めてしまっていた。


 不覚には感じるが『視る能力』が次の段階に昇華するのは目前なので、それまではこのペースで行くとしよう。


 ・


「ミキちゃん、タクミが何処行ったか知らない?」


 タクミの家を訪ねると、旅行から帰って来た彼の両親にこう聞かれた。彼はまだ帰っていないようだ。


「たっくんね、ミキとおいかけっこしてるんだよー」

「え? ああ、遊んでるのね。いなかったから心配だったの。でも遊んでるのなら心配いらないわね」


 遊んでいるのではない。これは鍛錬の一環なのだ。遊びで2日も逃げ続けるものかと言いかけたが、俺の言葉は彼女には聞こえないだろうから言わずにおいた。


 ……いや、まてよ?


 もしかして、聞こえるのかも知れない。仮にもタクミの親なのだ。俺の言葉を理解出来る資質があるのではないだろうか。これは試してみなければなるまい。


「タクミに合ったら、おばちゃん達がもう帰ってる事を伝えておいてね」

「俺はグーテンベルク・モーゲンシュタイン。気軽にグーターと呼んでくれ」

「しってるよー」


「え? もうタクミは帰って来た事を知ってるの?」

「俺の役割は育成と再生。この星の力の一部いちぶだと認識して欲しい」

「ちぶってなにー?」


「恥部っていうのは色々と気持ちい――ちょっとミキちゃん、またタクミに何か教え込まれたの?」

「恥部ではない、一部だ。それとタクミが教えたのは、そんな小さな事ではない。もっと大きな事だ!」

「んー、ちっちゃいのがおおきくなるー?」


「まったくもう、タクミったら! なんて父親に似てエロいのかしら!」

「ふむ、タクミの母親に俺の声は聞こえないようだな」

「そうだねー」


「じゃあミキ、たっくんおいかけてくるー」

「え、ええ。ミキちゃん車に気をつけてね」


 その日は、ミキの中学校周辺をくまなく探してみたがタクミは見つからなかった。そして彼女の波長に、やや大きな憂いが混ざったのを感じ取った。

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