僕は無意識に脳内のAボタンを激しく連打する

 ぐーたぁとの出会いから、僕の中でミキへの嫌悪が薄れていった。寧ろ何故あんなにも嫌う必要があったのかと思う程に。それどころか彼女の事が気になり始めてる……。


 昨日見た、あの幻想的な光景が頭の中で何度もリバイバルしていた。あんなにも美しい天使が幼馴染だった事実を再確認し、そして感謝した。要するに僕は色っぽいお姉さんも好きだが美少女も好きなのだ。


 嫌いだった対象を若干『エロい目』で見直した結果、嫌悪の上に新しい情報が上書きされたのだ。


 ・


 ミキに新しいワードを教えた翌日、僕達は河原へと遊びに来ていた。朝からミキが誘いに来て、河原で遊びたいと言ったからだ。何方どちらの母親も『気をつけて』と僕達を送り出した。

 昨日あんな事があったのに一緒に遊ぶのを禁止しないとか、親としてどうなんだ?

 そんな考えもぎったが、何方どちらの両親も可怪おかしな慣習があるので『まあそんな物なのだろう』とそれ以上は考えなかった。両親の事については、そのうち少しだけ語りたいと思う。


 僕達がやってきた河原は国が管理している1級河川沿いにあり、隣接する遊歩道は近所の人達が犬の散歩やランニングのコースに使っている。小学生の頃、ミキが脱皮したての柔らかいカニを食べたのもこの場所だ。


 最近の彼女は突発的な奇行に走らなくなった。しかし突発性が無くなっただけで、その行動にはやはり奇異が目立つ。昔に比べると随分ましになっているが、それでも普通は躊躇ためらいも無く靴のまま川へと入ったりはしないだろう。


 今日のミキは学校の体操着を着用している。川遊びで汚れても大丈夫な様に彼女の母親が配慮したのだろう。因みに僕はTシャツと短パンだ。


 さらっと流そうと思ったが、やはり言っておこう。ブルマだ。ミキはブルマを着用しているのだ。

 ブルマの歴史は知らないが、広めた人は天才だと思う。思春期を迎えた健全な男子が無条件で欲情するフォルムを体育着として採用させただけでなく、それを頑なに猥褻ひわいな物だと認めなかったのだ。現代日本の教育現場では、体育の時間に男女別服装である合理的理由は無いと言う意見が多い。そして何時の頃からかブルマ廃止が提議され始め、多くの学校もこれに賛同して現在の男女兼用体育着に変わったそうなのだが、僕達の通う中学校はその意見に流されていなかった。


 感謝しかない。


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 僕は川カニも苦手だが水も苦手だったので、ミキが川に入って笑いながら腹打ちダイブを繰り返すのを見学していた。彼女は『遊ぼう』とは言っても近くに居るだけで良いらしく、同じ行動を強要してはこなかった。一度何かをやり始めるとその事しか見えなくなるのだ。だから僕も河原へと降りる階段に座りながら、持ってきた携帯ゲーム機でカードバトルをしていた。


 まさかが掛かるとは思わずに。


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 前述したがこの河原に隣接している遊歩道は犬の散歩やランニングコースとして利用されている。そしてその日の午前中は雲一つ無い青空が広がっており、普段よりも人が多かった。つまり知り合いと出会う機会も多く、その時も犬にうんちをさせる為に遊歩道から河原へ降りてきていたクラスメイトの男子と出会った。

 僕と彼とは親しい間柄では無かったが、別段敵対してる風でもなかったので視線があった時に『よう』と手振りだけで挨拶し合った。その後ゲームを続けようと視線を下げた時にミキが大声で叫んだのだ。


「たっくん、イイコトしてミキとあそんでー」


 色んな物を吹き出しそうになった。


「きのうみたいに、イイコトしてあそぼうよー」


 僕は若干フリーズしかけながら、そっとクラスメイトに視線を動かした。


 彼はすでにフリーズしていた。

 彼の犬は脱糞を続けていた。


 彼はフリーズが解けると慌てて犬の後始末をしてから遊歩道へ帰っていった。去り際にちらりと僕に向けたのは確かに羨望せんぼうの眼差しだ。だから彼が完全に遊歩道へと到達する前に叫んでやった。


「まだイイコトし足りないのかよ!」

「ミキねー、もっといっぱいいっぱいがいいー」


 恥ずかしさはあったが、それを上回る充実感があった。後日、学級登校日に教室へ入るとクラスメイトが僕を見る目に変化があった。誰も喋りかけては来ないが、雰囲気でそれを感じ取った。誰もがを果たしたかつてのライバルを見る眼で僕をチラ見していた。


 自分のクラスカーストが1段階上がったのを確信した。


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 話を戻そう。水が苦手だった僕はミキの誘いには乗らず、少し川に近付いて彼女が遊ぶのを見るだけに留めた。飽きもせずに腹打ちダイブを繰り返してはキャハハと笑う彼女をジッと見守った。水に濡れた体操着がスケスケになっていて、彼女のAボタンが浮き出ていたからだ。

 その夢のような光景をしっかりと脳裏に焼き付けようと必死だった。ゲームは勿論電源を切っていた。


 水の中で天使が踊っている。

 水面みなもは夏の光を反射してキラキラと輝いていた。


 天使の動きに合わせてAボタンが踊っていた。

 舞い散る水しぶきが眩しかった。


 そんな桃源郷の様な光景を見つめていると、時折視界にチラチラと映る物があった。最初は何だか解らなかったが、意識して見るとその正体が解ってきた。


 モザイクだ。


 エロい動画でお馴染みのモザイクだ。視えてはいけない部分の画素数を変えて表示するモザイクだ。ミキが遊んでいる近くでモザイクが動いている。それはバスケットボール程の大きさで動き回り、ミキと戯れている様だった。もしかしてあれが『ぐーたぁ』なのか?


「ミキ、今ぐーたぁは何処にいる?」

「ここにいるよー」


 ミキが指差した場所にはモザイクが在った。間違いない、あれが『ぐーたぁ』だ。彼女のようにはっきりとは見えないが、僕にもぐーたぁが視えるようになったのだ!


 僕は喜びに打ち震え、川へ入って行った。靴を脱ぐのは忘れなかったが、とにかくミキとぐーたぁの近くへと急いだ。間近で見るぐーたぁは、相変わらずモザイクだったが僕は何かを成し遂げて一皮剥けた気分になった。


 ミキと僕とぐーたぁは暫く水を掛け合って遊んだ。彼女がダイブするものだから飛沫が飛び散り、ダイブしていない僕もびしょ濡れだ。ぐーたぁも水しぶきを避けるように逃げ回っている様だ。何となく嫌がっているような気もする。


 何時かぐーたぁの姿をちゃんと見れる時が来るのだろうか。

 何時かぐーたぁと話せる時が来るのだろうか。


 僕はそんな事ばかり考えながら川遊びを続けた。

 もうAボタンの事なんて気にならなかった。


 嘘です。間近でガン見してました。


 ・


 ひとしきりダイブして気が済んだのか、ミキは唐突に川から河原へと戻って行った。彼女が何の為にダイブを繰り返していたのか謎だが、彼女には彼女なりの意味があったのだろう。

 彼女の後を追いかけるようにモザイクが付き従う。まるでお姫様を護るナイトのようだ。そう思いながら急いで僕も川から上がった。色々と興奮していたから忘れていたが僕は水が苦手だった。未だにプールの中で目を開ける事も出来ないのだ。

 水の中にいると、それが浅い場所であったとしても水中に引き込まれる様な感覚に襲われる。風呂も湯船で温もらず、シャワーだけ浴びる位なのだ。


 そんな僕が恐怖を忘れて水遊びに没頭出来たのは、ミキとぐーたぁのおかげだ。別にどうしても水遊びがやりたかった訳ではないが、ここは素直に感謝しておこう。常識では考えられない存在と、楽しげに笑う美少女とのコラボは感覚を麻痺させる効果があるのかも知れない。


 ・


 河原で遊んでいるのは何も僕達だけではなく、数組の親子連れがそれぞれのマナーで遊んでいた。その中にバトミントンをしている親子がいた。子供が無軌道に打ち返すシャトルを父親が右へ左へと必死に追いかける姿が微笑ましい。

 しかし動きすぎたのか、それとも安物だったのかは解らないが父親の頭部装甲かつらがずれていた。


「うはは。あの人カツラだ!」


 僕は無意識に声を出し、その父親を指差してしまった。


「たっくん、わらってるー」


 幸い相手には気付かれず、僕とミキは徐々にずれて行く頭部装甲かつらを見守った。何気ない日常の一コマだが、この事が後に彼女の恐ろしいを開花させるきっかけとなったのは間違いない。


 ・


 空を見上げると西の空から雨雲が迫っていた。さっきまで雲一つ無かったのに、夏の空はうつろいやすい。

 僕は今のうちに濡れた服を乾かそうとTシャツと短パンを脱ぎ、ボクサーパンツだけの姿になった。男だし別に恥ずかしいとは思わない。


 それを見たミキも僕の真似をして体操着を脱ごうとしていたが、水に濡れた体操着が肌に吸い付いて上手く脱げない様子だった。女の子が服を脱ぐなんてと僕は慌てたが、煩悩の方が勝っていたので彼女が体操服を脱ぐ手伝いをした。


 体操着の裾を持って素早く上に引き上げ、さり気なく小指だけはミキの肌に沿わす様にして突起に触れるのも忘れない。全神経を小指に集中していた僕には、その動作がえらくスローモーションに思えた。時の流れから自分だけが取り残されているような、そんなアニメのような感覚だ。時間にすると僅か1秒程度の出来事。

 しかしその間に頭の中では3Dモデリングのエッジループ的な曲線が構成されており、その3Dモデルはローアングルやハイアングルはもとより360度どんな角度にでも回転させる事が可能なまでに完成されていた。


 パーフェクトオブAボタン、ドリームオブAボタンだ。


 僕は脳内で、ローアングルから見上げたAボタンを連打し、空想の中で剥離骨折はくりこっせつした事で現実に舞い戻った。しかし現実に戻ると急に恥ずかしくなり、体操着をギュッと絞ってから彼女に渡して早く着るようにと急き立てた。


 自分の不甲斐なさが忌々しい。

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