Summer vacation [A] part

その日、僕の中で眠っていた餓狼が静かに覚醒した

 夏休みの話を始める前に、少し言い訳をしたいと思う。アメリカの精神分析家であるカーンバークによると、欲動は生まれつきのものではなく、その中でも『性欲動』は他者との相互作用及びその経験によって発達形成されるらしい。


 本当に恥ずかしいカミングアウトなのだが、当時の僕は中学生特有のエロ催眠にかかっていた。頭の中はエロでいっぱいだった。僕はミキを愛しているし、ミキも同じ気持ちのはずだ。僕達は当然のように毎日愛を確かめ合っているが、それは現在の話。あの頃の僕が本当にミキの事を愛していたのかと問われれば答えに詰まる。

 愛だの恋だのとそんな名詞は知っていても、それについて深く考えた事は無かったし、それがどんな感情を孕んだ物なのかも知らなかった。要するに当時の僕はただのエロガキだったのだ。


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 ぐーたぁの存在を知った翌日、ミキは朝から僕の部屋にいた。それまでも遊びに来た事はあるが家に上げたのは小学3年生の時以来だ。小学4年生以降は、彼女が来ても帰ってもらっていた。

 中学に入ってからは彼女の両親が僕に気を使ってしつけたのか、ミキが自分から来る事は無くなったし当然僕からもミキの家へ行くことは無かった。だからミキとこうして部屋で話すのは実に5年ぶりの事だ。


「たっくん、ミキとあそぼー」

「いいけど遊んで欲しかったら『イイコトして』って付けないと駄目だぞ」


「イイコトしてー?」

「そう。『たっくん、イイコトしてミキとあそんで』言ってみて」


「たっくん、イイコトしてミキとあそんでー」

「よし、忘れないように復唱だ! せーの」


 今思い返しても消去してしまいたい過去ベスト3に入る。しかし当時の僕は自分の欲望に忠実で、それ以外にも幾つかのワードを教え込んで何度もミキに復唱させていた。言い訳にもならないし情状酌量の余地もないが、僕がそんな愚行に及んだ経緯を語っておこう。


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 昨夜、夕食の後からずっと部屋で『くぱぁ(以下放送法無視なので自主規制)』をプレイしていて、気が付けば朝の5時だった。試験勉強でも深夜1時にもなると眠たくなって止めるのに、リビドーに突き動かされた僕の集中力は衰える事無く研ぎ澄まされていた。

 それはまるでオオカミが穴兎あなうさぎの巣を、途切れることのない忍耐力で2晩も3晩も見張り続け、確実に獲物を捕らえようとするのと同じ行動原理だった。


 疲れを知らぬハンターの境地だ。

 但しオオカミの行動原理は食欲で、僕のそれは性欲だったが。


 ゲーム自体は大して斬新なシステムが盛り込まれている訳でも無く、最高に惹き込まれるストーリーでも無い。よくある恋愛シミュレーションゲームと同じく、好感度パラメータが設定されており、それを一定数値以上にしてエンディングを迎えれば良いだけだ。

 数値に応じてトゥルーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドに結果が分かれ、それに応じたエンディング動画になる。ただそれだけなのだが、このゲームは普通のゲームじゃない。エロゲーだ。


 バッドエンドよりもノーマルエンドの方が。ノーマルエンドよりもトゥルーエンドの方が、時間も長くストーリーも良いエロ動画が見れるのだ!


 それを手に入れずして何がハンターか!


 お姉さんの無理な要求に答えるべくアイテムを探し回り、どう考えても現実でこんな事起こらないだろうと思えるラッキースケベなイベントをこなし、何故か脈絡もなくいきなり上半身裸になるお姉さんに感動しながらストーリーを進めた。

 その甲斐あって謳い文句であった『いつでも再生できるエンディング動画』の封印を、プレイ初日にして3つも解除する事に成功した。解除された封印は僕の精神的な安寧あんねいを得る為の行動に大きく貢献したが、そのせいで今日はかつて経験した事の無い程に寝不足だった。


 そんな状態でミキを部屋へと迎えたものだから脳がアドレナリン的なものを過剰分泌していたのだと思う。今から考えるとミキが無垢なのを良い事に、エッチなワードを教え込むとか自分の外道ぶりに顔厚忸怩たる思いだ。如何様な批判も受けたいと思う。


 この事についてはその夜、両方の親からこっ酷く叱られた。ミキが母親の前で僕が教え込んだワードを使った事により、彼女の両親が僕の家へ異議申し立てに来たのだ。そのワードについては非常に見苦しい表現なので伏せておく。


 勿論弁解のしようもないので、ただただ土下座で謝って猛反省した。猛反省はしたが一度目覚めた性欲動は歯止めが効かず、それからも度々顔を覗かせる事となる。後悔先に立たずだが、何であれ過ぎ去った時間は戻せないのでいさぎよく先に進めようと思う。


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 ぐーたぁは公園からミキの家に着いて来たらしく、昨日の夜はずっと二人で遊び一緒に寝たらしい。ミキは自分の両親にもぐーたぁを紹介したらしいが、両親の反応は芳しくなかった様だ。妖精さんが視えると言い出した娘にどう接して良いのか解らなかったのだろう。

 自分の子供が不思議系少女になったら対処に困るのは当然だ。ミキの両親に限らず、誰でもどう言い聞かせて良いのか頭を痛める問題だと思う。しかも一昔前ならともかく、今は不思議系少女なんて流行らないのだ。娘がタレントだとしたら親はプロデューサーだ。プロデューサーとしては売れないと解っているキャラ付けは避けたいのだ。

 しかし、ぐーたぁは不思議系少女の妄想や虚言では無く、本当に存在している。なので信じてあげさえすれば良い話なのだけれど。


 ぐーたぁは今もこの部屋の中を動き回っているらしいのだが、相変わらず僕には何も視えなかった。時折、ベッドの上にあるタオルケットがしわになったり、机の上に置いてある宿題ノートがめくれたりするので、それなりに楽しんでいる様子は伺えるのだが、視えないのに加えて移動する音さえ聞こえないので、僕は悶々とした気持ちになっている。

 普通ならもっと疑っても騒ぎ立てても良い事案だが、他人とは違う事象に遭遇したせいで、自分は特別な存在なのかも知れないと中学2年生特有の症状を軽くわずらっていた可能性は否定できない。なのでミキが言った『妖精さん』というワードから自分なりにぐーたぁの容姿を想像し、スピリチュアルな気分になって心を落ち着かせていた。部屋を聖域と言い換え、それをサンクチュアリと発音するぐらいにはわずらいながらスピリチュアルなリラックス効果に酔いしれていた。


 ミキからそれとなく聞いた ぐーたぁの容姿は『黄色い髪』『羽がある』『裸』の3点。向日葵ひまわりの近くで出会ったので向日葵ひまわりの妖精に違いない。そこから僕が思い描いたぐーたぁはこんな感じだ。


 身長はペットボトルくらいの大きさで肌の色は陶器のような白。


 腰までの長い向日葵色の髪からは止めどなく光の粒子がこぼれ落ち、地面に当たると靄のように霧散する。


 耳は童話のエルフみたいな感じで尖っている。


 顔は女神のように整っているが、その中に邪気あどけなさが残っている。


 背中にはトンボの様な透明な2対の羽があり、航空力学を無視した不思議な力で飛び回れる。


 移動する時にはその白い肌に魔法陣的な模様が緋色で浮かぶ。


 体格は全体的に華奢な感じだが胸だけは大きく、全世界の重力を敵に回して果敢に戦っており、その先端は常に空を見上げるヴァージンピンク……。


 そんな詳細設定をしていたので実際に彼を見た時は、自分の中にある妖精のイメージが根底から崩れ去ったのだが、それはもう少し先の話なので今はこれ以上触れないでおく。

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