タクミ ひたすらエッチな少年

 その日の僕はとても機嫌が良かった。僕の夏休みに合わせてかどうかは知らないが、田舎から出てきた祖父と祖母に小遣いを1万円も貰ったからだ。お正月でも無いのにそんな大金を貰えるなんて人生最高の日だと思った。


 そしてその幸運により、心の中で密かにかかげていた1万5000円という目標金額を軽く突破する事が出来たのだ。1万5000円あればやっと『アレ』が買える。これは偶然ではなく天啓てんけいなのだと信じて疑わなかった。


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 14歳ともなると異性に興味が湧くのは自然の摂理せつりだ。男子は色っぽいお姉さんの画像を見て興奮するし、女子も優しくてイケメンな先輩の話に頬を染めるし、その枠に当てはまらない人種も素敵な同性同士の関係を妄想して吐血する。

 中にはランドセルを背負った子供に興味を抱く大きなお友達もいるが、それはまあ意識外放置だ。


 当時の僕もその例にれず、色っぽいお姉さんに興味津々だった。精通を迎えたのも丁度その頃で、『穴』や『運動』と言った語句にいちいち反応する毎日だった。それは今でも変わらないが、この話とは関係がないので深くは語らないでおく。

 要するに自分の意志ではどうにもならない事象として、14歳の健康な男子が週刊誌の広告に載っていたエロゲーに興味を持つのは至極自然な成り行きだった。


 と、そう言いたいのだ。


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『くぱぁ(以下表現が不適切なので自主規制)』は、総勢50人にも及ぶ現役AV女優のお姉さん達を相手に擬似恋愛体験の出来るシミュレーションゲームだ。お姉さんを攻略してエンディングに辿り着くと、専用エロ動画が閲覧出来るのだ。

 一人のお姉さんに対して『トゥルーエンド』『ノーマルエンド』『バッドエンド』と3通りのエンディングが用意されており、たとえバッドエンドになったとしてもバッドエンド専用エロ動画が閲覧出来るのが売りだった。しかも一度迎えたエンディング動画はいつでも再生可能だとうたっており、その『いつでも』といううたい文句が僕の豊かな想像力を刺激して止まなかった。


 しかし定価は1万5000円。それを買うには中学生である僕の小遣いでは無理だった。僕はどうしてもそれが欲しかったので、広告を見てからは毎月のお小遣いを一切使わずに過ごしていた。

 登下校途中に自動販売機でジュースを買うのも我慢したし、コンビニでネトゲ課金用の電子マネーも買わなかった。あまりにも僕がお金を使わないので、気を使った数人のクラスメイトがジュースをおごってくれようとした事もあったが僕はその全てを断った。

 施しをうける程に困窮しているのではない。野望のために貯金しているだけなのだ。額で言えば彼等よりも所持金は多い。


『金は有るんだ金しか無いんだ』


 何となく言ってみたかった台詞なので使ってみたが、クラスメイトは意味が解らなかったらしくポカンとしていた。言った自分も若干意味が解らなかった。


『くぱぁ(以下表現が背徳的なので自主規制)』の広告を初めて見たのは3ヶ月前だ。それから毎月のお小遣い2000円を貯め続けた結果、手元には6000円の現金があった。あと5ヶ月辛抱すれば野望は達成されると思っていた。しかし祖父達のにより、僕の野望は期せずして成就してしまったのだ。

 それは小学校から大学へと飛び級をするように、或いは行列の出来る店の先頭にシレッと割り込むように。日本では誰もが守るべきだと認識しているルールをフリーパスした事で、社会のレールから外れたアウトローの様なイケてる気分になった。これで機嫌が良くならなかったら男として終わってる。


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 ニット帽に花粉用マスク、父親から貰ったアロハシャツにジーパンという若干怪しい出で立ちで、僕は同じ町内にあるゴキゲンソフトに向かった。

 ゴキゲンソフトは元々CERO-A(全年齢対象)の家庭用ゲームソフトを中古売買していたのだが、ネットゲームの台頭で売上が落ちたのか今では少し如何いかがわしい雰囲気のソフトも扱っている店だ。

 ゴキゲンソフトに『くぱぁ(以下猥褻な表現が続くので自主規制)』の在庫がある事は事前調査を行って知っていた為、はやる気持ちをおさえながら店までの最短距離をダッシュで駆けて行った。全然気持ちを抑えられていなかった。


『くぱぁ(以下表現の自由に当て嵌まらないので自主規制)』は当然R-18(18歳未満閲覧不可)指定のソフトだが、ゴキゲンソフトのスタッフは例えそれを買うのが乳幼児だったとしても売ってくれると評判だった。

 なので14歳であり、身長も160センチ以上ある僕がお目当てのソフトを普通に購入出来たのは凡事徹底ぼんじてっていの結果だと思う。凡事徹底の使い方が違う気もするが格好良いので使ってみた。そして待望のブツを手に入れて家路を急いでいた時に、その光景を目撃してしまった。


 それが目に飛び込んできた瞬間にゲームの事は頭から抜け落ち、気が付けばその場所に近付いていた。今から考えると何とも不思議な事だが、その時の僕は確かに『魅了』されたのだ。


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 公園の脇に1本だけ生えている向日葵ひまわりがあった。それが故意に植えられた物かどうかは解らないが、りんと咲き誇っていた。

 その向日葵の前で、白いワンピース姿のミキが身振り手振りを加えながら楽しそうに喋っていたのだ。


「へぇー、そうなんだ」

「ミキはねー、14さいだよ」


 向日葵の生えている周辺はクスノキの木立ちで影になっており、そこから揺れる木漏れ日が絶え間なくミキの身体を行ったり来たりしていた。そこだけ現実と隔絶された幻想的な雰囲気で彩られ、完成された美々しい 空間が出来上がっていたのだ。


 目を奪われる、吸い寄せられる、一目惚れ、惹きつけられる。どんな言葉が適当なのか解らないが、とにかく僕はその光景から目が離せなくなっていた。


「あっ、たっくんもいっしょにあそぼー」


 僕が見ているのに気付いたミキがそう声を掛けてきた。中学生になってからは僕のクラスとミキのクラスとでは終業時間が違ったので、放課後にミキが呼びに来る事はなくなった。

 でも校内でばったり出会ったり家の近所で出会ったりする度、ミキは相も変わらず声を掛けてきた。どれだけ無視しても彼女はそれをめなかった。家の近所ならまだしも校内だと人目もあり、案の定その事でクラスメイトにからかわれたりもした。僕はそれが本当に嫌だったから普段なら無視して通り過ぎるのだが、その時はどうしても無視出来なかった。


 木漏れ日に愛されながら屈託なく笑う彼女を純粋に美しいと思った。しかしその事について素直になるのは恥ずかしかった。


「一人で何してるんだよバカ」


 何年か振りにミキと交わした言葉は、そんなひねりもかざりもいたわりも無いものだった。


「ようせいさんと、あそんでるのー」


 まさかそんな非常識な言葉が返って来るとは思わなかった。年齢不相応の非常識なゲームを購入した奴が思う事でもなかった。

 誰からも相手にされないので、ミキは遂にエア友達を創り出してしまったのかと先程まで感じていた感動的な気持ちが萎えてしまった。一瞬でも彼女に惹きつけられた自分を殴りたい。


「たっくん、ほら。『ぐーたぁ』だよ」


 そう言って何も乗っていない両掌を差し出してくるミキ。彼女は何か物凄い期待を込めた目で僕を見つめていた。さすがに此処まで来て無視をするのは気が咎めるので、仕方なく右の掌を差し出してみた。


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 空気が、次いで掌の上に何かの落ちる感覚があった。


『それ』は掌を通して脳に刺激を伝えてきた。


 掌を握ってみたが何も掴めない。


 水とかガラスとか、そんな透明な物ではない。


 勿論、空気でもない。


 全く視えないし形も解らない。


 でもと思った。


 だって重さだけは、しっかりと感じ取れたのだから。

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