ミキ パーツ不足の原石美少女

 ミキは生まれつき軽度の発育障害で、頭も悪くて身体も小さい。その病気については全く知らなかったが、小学4年生の時にミキが特別支援クラスになった事で気が付いた。

 彼女は何日かに1度、僕のクラスに1時限だけやってきて一緒に勉強する。それ以外は職員室近くの特別支援教室で俺達とは違う授業を受けている様だった。


『たっくん、たっくん。いっしょにかえろ』


 学校の授業が終わると同時に、いつも彼女は僕を呼びに来た。3年生までは同じクラスだったし、毎日一緒に帰っていたので彼女にしてみればそれは当たり前の事だったのだと思う。僕も最初の数週間は何とも思わなかったが、ほら、小学生って基本的にバカじゃん? 男子は特に。僕も含めてさ。


 朝来たら黒板に相合傘で  たくみ | ミキ  とか。


 休み時間に『たくみとミキはらっぶらぶ~』とか。


 給食時に『おや、今日も愛妻弁当ですかな』とか。給食だっつーの。


 下校時に『バカと一緒に帰ったらバカが伝染うつるぞ~』とか。


 それ以外にも色々と言われて嫌な気持ちになった僕は、何時しか授業が終わったら彼女を置いてダッシュで帰る様になっていた。登校する時も、休み時間も、家に着いてからも、休みの日も、彼女を避けるようになっていた。

 そうやって小学校高学年の3年間は出来るだけミキと距離を取り、関わらないようにする事で自分のクラスカーストでの位置を確保していた。


 それでも隣同士だからバッタリ出会う事はあったが、その度に彼女を見えない物として扱った。正直ウザいし近付いて欲しくなかった。

 それでも彼女は出会う度に何時いつ何時いつも笑顔で話しかけてくるのだが、僕はその度に何時いつ何時いつも無視し続けた。


 普通は何回もそんな態度を取られれば近付かないと思うのだけど、彼女はそんなの気にならないとばかりに飽きもせずに言うのだ。


『たっくん、ミキとあそぼー』

『たっくん、いっしょにいこー』

『たっくん、ミキのおうちいこうよー』


 いい加減にして欲しかった。お前といると僕の立場が悪くなるじゃないか。お前なんか勝手に一人でいればいいじゃないか。そう思って腹を立てていた。

 物凄く利己的で嫌な奴だと今なら思うが、その時はマッハとマッパは似てるけど違うって事くらい当たり前で当然の怒りだと思っていた。こちらが怒っているのに空気も読まずに近付いてくるのを繰り返されたら、相手に対して良い印象は抱けなくなる。ミキの事を嫌いだと感じ出したのはこの頃からだ。


 そうして、その気持を持続させたまま僕は中学生になった。


 ・


 さてそれでも僕達は中学2年生の夏休みに、お互いの関係――と言っても僕が一方的に嫌悪していただけ――を深め直す事になるのだが、その話をする前にミキという女性の容姿を含めた中学校での立ち位置を語っておきたいと思う。


 女子は男子より成長が早いらしく、中学1年生ともなるとクラスの女子はだいたい150センチ程の身長になっていた。でもミキは130センチしかなかった。元々小さかったのだが、他の女子が成長期に入ってぐんぐん背が伸びたせいで、その差はどんどん開く形となった。

 第二次性徴期に入っている女子もちらほらいて、同じクラスのとある女子なんかは担任の先生(女性 30歳独身)よりもオッパイが大きかった。


 野性的な顔立ちで巨大なオッパイの持ち主だったその女子はロケットゴリラと男子に陰で言われていたが、そんな悪口を言っていた奴でさえ体育の時間に躍動するその胸から目が離せなかった。僕の目も釘付けだった。

 見事なまでの規則正しさで左右交互に展開する往復運動に夢中だった。言い換えれば、オッパイカーニバルのとりこだった。


 あれ、何の話だったっけ。


 そうそうミキの話だった。ミキは第二次性徴どころか第一次性徴もまだなのかと思うくらいにピュアなままだった。その穢れを知らぬ無邪気な天使の如き佇まいは、流れた14年の歲月を微塵も感じさせない。


 綺麗な言葉でかざってみたが要するにペタンコだった。


 全体的に痩せ型で、足なんて趣味の再生野菜カイワレかよと思うくらい細かったし、体操服の上から肋骨が浮いてるのが解るくらい腰周りも細かった。これで胸が有ればそのギャップに萌えるお友達もいたかも知れないが、前述した通りペタンコだった。ストン! って感じの擬音が似合う絶壁だった。


 しかし容姿に関して言えば、悪い所だけでは無い。

 この言い方だと貧乳は罪だと僕が思ってる風だけど……その通りだ。


 貧乳は罪だ。色々な意味で罪だ。

 時に貧乳は人の心を惑わせる媚薬のような物だ。


 話を戻そう。


 光の当たり方にもよるが、ミキの髪は日本人らしくない金髪に視える時がある。産まれてから13年間切った事のない長髪を三つ編みお団子にしていたのだが、そのフォルムが色素の薄い髪とよく調和が取れていて美しかった。顔は小学校低学年みたいに幼くて、でもミキのお母さんが美人でありその遺伝子をガッツリ引き継いでいるのだと解るくらいには将来有望なパーツ配置をしていた。

 綺麗な形の眉に二重で少し眠たそうな眼差し。小さくてキュッとした鼻に、どちらかと言うと薄めで控えめな感じの小さな唇。肌の肌理きめは細かく色も白い。有り体に言えば原石美少女だ。

 でもバカで運動音痴で何時もヘラヘラしていて特別支援クラスだというレッテルが、その本来称賛しょうさんされるべき要素を全ておおい隠していた。


 それでも背が低い事を除けば、特に悪い第一印象を与える容姿では無いと言える。それにその頃のミキは以前とは違い、いきなり奇行に走る事は少なくなっていた。

 但し、だからといってミキが僕を含めた男子から、或いは女子から受け入れられていたのかと言えば答えはノーだ。


 第一印象も悪くない。可怪しな行動も(あまり)取らない。そう見ると彼女には欠点らしい所が無い様に思える。しかしそれと他人から受け入れられるかどうかは別問題。容姿や振舞いだけでは補えない物があるからだ。


 人間関係を築くにはそれなりの時間が必要となるが、彼女の場合はその時間があまりにも少なすぎた。


 ・


 男子であれ女子であれ中学生にもなると普通に派閥を作る。相変わらず週に何度か1時限だけ通常クラスにくるミキは、どこの派閥にも入れなかったし、むしからかわれたり陰湿いんんしついじめを受けたりしているのを、ちょくちょく見かけた。

 僕はそんな光景を見る度にヘソの辺りが何故かモヤモヤしたが、助けたりはしなかった。下手に助けて今度は自分がいじめの対象になるのも嫌だったし、その頃の僕はミキの事をかなり嫌っていたので、彼女が虐められていようが泣かされていようがどうでも良かった。僕のクラスカーストは可もなく不可もなくの良い感じに目立たない位置だったので、この位置をキープし続ける事に迷いは無かったからだ。


 そんな風にエゴイスティックな中学1年生時代を過ごして、中学2年生の夏休みが始まった日。僕は不思議な光景を目撃した。

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