フェアリーウェイト

悠木 柚

第一部 フェアリーウェイト

Boys and girls and fairies

ふたりの関係

 たっくん、あそぼ


 そういって微笑むミキが僕は大嫌いだった ――




 ミキと出会ったのは僕が産まれてすぐ。同じ地域の同じ産婦人科で同じ日に親が産気づき、同じ時刻に初めての酸素を吸った。オマケに家も隣同士で親に至っては4人共小学生からの付き合いだったので、自ずと僕達は一緒に遊びながら育った。


 ある時期までは、だけど……。


 ・


 僕が小学2年生だった頃の話だ。ミキは突発的に大声で笑いながら走り出し、靴を履いたまま近所の川へ入って行った。そして脱皮したての柔らかいカニを見つけると、モグモグ咀嚼してペッと吐き出したのだ。

 そこに何の意味があるのか解らなかったが、見ていた僕は何となく愉快な気持ちになった。ミキは僕にもカニを勧めてきたが、ふにゃふにゃでワシャワシャ動くカニが気持ち悪かったので遠慮した。


 遠慮はしたが何て突飛で面白い事を思い付く奴なんだと、若干尊敬したりした。



 小学3年生だった頃にもこんな話がある。当時ちょっと変わった物をおやつにするのがクラスで流行っていた。アロエの身とか、椿の蜜とか、餃子の皮とか。とにかく他人より変わった物をおやつにしてる奴がヒーローの様に持てはやされた。当然僕もクラスメイトに負けじと色々考えた結果、一つの天才的な閃きに恵まれた。

 その閃きを実行する為に近所のスーパーへと赴き、冷蔵コーナーに並べられてあった袋入りラッキョを買った。カレーの添え物として出されるあのラッキョだ。

 添え物をおやつにするなんて僕は天才かと思いながら、買ったばかりのラッキョを食べた。ミキも一緒にいたから、二人でラッキョをボリボリ食べながら歩いていた。


『すっぱいー!』

『はははー、川カニは平気なのにラッキョは駄目なのか』


 川カニは気持ち悪くて食べられなかったので、勇敢さにおいてミキに負けていると感じていた。なのでここぞとばかりに皮肉を言ってやった。


『カニはにがいだけだもんっ』

『苦いより酸っぱい物を食べられる方が大人なんだぞ』


 そんな会話をしながら歩いていた記憶がある。

 少なくとも戦争や核弾頭の話はしていなかった。


 それなのに彼女は突然走り出して、反対側の歩道を歩いていた知らないオジサンにラッキョを発射したのだ。それも原型を留めていない榴弾としてだ。


 オジサンは何をされたのか解らず一瞬呆気にとられていたが、続けてミキの口から発射された2発目のラッキョミサイルでやっと正気に戻った。


『コラァッ! 何すんだ常考じょうこう!』


 オジサンはオタク語で憤怒ふんどの意思表示をしていた。それはそうだろう。ただ歩いていただけなのに、見ず知らずの子供からミサイル攻撃を受けたのだ。しかもその攻撃に使われたミサイルの破片が上着に散らばっているのだ。オタクとか関係なく誰でも怒ると思う。

 僕はというと今まで何度もミキの奇行を目にしていたので、そんな程度で呆気にとられたりはしなかった。それよりどうやってこの場を凌ごうかと頭を悩ませていた。

 そうして考えた挙句、またもや天才的な閃きに恵まれたので実行した。僕もオジサンに向かってラッキョを発射したのだ。しかも3発。


 これで『子供が無邪気に起こした戦争ゴッコだと思うはず』だと自分の知能犯ぶりに酔いしれていたが、そこはガキの浅知恵だったようでオジサンに交番まで連行され親を呼び出される事態となった。


 交番から開放された後も親に延々と説教され、残りのお小遣いとラッキョの袋を没収された。その日の晩御飯はカレーだった。


 ミキはと言うと母親が大声で怒るものだから大泣きしてしまい、その声は僕が晩御飯を食べている間中ずっと聞こえていた。


 彼女には彼女なりの大義があったのだろうと思いながらカレーを食べた。添え物は福神漬けだった。ラッキョの行方が解らなかった。


 散々な目に合ったが、それでもまだミキの事は少し変わっているけど物怖じせず、大人に向かって行く勇気のある奴だと思っていた。



 でもある時。


 薄っすらと感じたんだ。


 コイツ、何か違うくね? って。


 ミキは頭も悪いし体育も下手くそだし、喋る内容も子供っぽかった。

 僕も同じ歳だから世間から見れば子供だったけど、何だかそれとは少し違う気がした。

 それでも彼女の事は嫌いじゃなかったし、彼女が普通じゃないならそれをカバーして周囲の人には只の悪戯いたずらだと思わせるよう何度も仕向けた。


 ・


 小学生にだってトレンドがある。その時その時で遊びのブームもあるし、最新の思考ってのもある。

 例えばカードゲームで自分だけのデッキを作ったり、芸能人の誰某の真似が流行っていたり。短パンにわざとシャツを半分入れなかったり、上履きにマジックで3本線を書いてみたり。前述の変わったおやつもそうだ。


 なのにミキときたら、そんな事には一切興味が無い様子だった。何時まで経っても幼稚園時代に流行ったゴッコ遊びをやりたがったし、平気でダンゴムシを触って丸くなるのを延々と繰り返すのが楽しいようだった。丸くなったダンゴムシが暫くして伸び始めると、また触って丸くする。そんな事を2時間も3時間も笑いながら続けていた。


 ダンゴムシに関しては意味もなく集めていた時期が僕にもあったが、それとは何か違う。それにクラスの奴等と話していたり先生の態度を見ているうちに、色々謎が解けてきた。要するにミキは時間の流れも思考回路もみんなと違うって解ってきたんだ。


 と根本的に違うんだって。


 それを決定的にしたのが小学4年生に進級した時だった。


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