◆3ー6ー4

 

彼を襲う、頭が冷たくなる感覚、手足先のしびれ、視野の低下。

 

 やがて雲を突き抜け、3体の敵機が待ち構えていたところをかまわず突破する。

 

ロックオン警報が鳴っても、なまり弾が飛んできても、2人は止まらなかった。

 

集中砲火をかいくぐり、一定の高度を越えると、今度はロタ機のジェット音に異状が現れる。

 

 空気がもはや無いのだった。

 

 

ロタ「たづな、飛んで!!」

 

 

たづな「おおおおおお!!」

 

 

 失速し始めた機体を蹴り上がって、ブーツの出力を最大にして、たづなは高空を飛んだ。

 

銀色の粉を吐き出す、水たまりの形をした穴が迫ってくる。

 

その向こうに、雪雲におおわれた地球のものらしき空が見える。

 

 たづなは息を止めて、左手を突き出す体勢で空間の穴に飛びこんだ。

 

穴は彼が触れた瞬間強い光を放って、むしろ彼の体を吸いこんだ。

 

 

たづな「ぅああああああっ!!」

 

 

 途端に世界が切りかわり、地面から一気に高く飛び上がって、落下する。

 

 

たづな「はぶっ!!」

 

 

 着地した先にうずたかく積もった雪があり、たづなはそこへ顔面から墜落してしまう。

 

パワードスーツのはがれた外装や部品が周りに散り落ちた。

 

 

たづな「ん────……っぷは!」

 

 

 両手をついて、雪にめりこんだ頭部をひっこぬくと、火薬のにおいやじめっぽさの全くない古里の、なつかしく澄んだ空気を肺いっぱいに吸いこんだ。

 

 

たづな「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 

 激しい呼吸を続けながら、壊れかけのパワードスーツを脱ぎ払って立ち上がる。

 

グローブを道端に投げやって後ろを振り向くと、水たまりが光っているのが目に触れた。

 

みるみる光が弱くなってゆく水たまりへ、あわてて駆け寄り地に手をついてのぞきこむ。

 

 ゆっくりと、落下してゆくフレイヤのコクピットから、こちらを見上げる少女の姿があった。

 

 

たづな「ロタ……!」

 

 

ロタ『たづな、またね……♪』

 

 

たづな「ロタ!

ロタ、ロタ……!!」

 

 

 やがて光が消え、網膜ディスプレイの画像が乱れて途切れると、路上に割れて飛び散った氷と、水たまりであった形に雪の中から露出したアスファルトが残された。

 

ほほの三角シールからも、声は入ってこない。

 

 

たづな「またな。

ロタ、エイル、カーラ、フリスト……」

 

 

 ロタ、エイル、カーラ、フリスト。

 

その者達の名を忘れぬよう、彼は口に出して、あるいは心の中で、何度も何度もつぶやいた。

 

また次に会う時に、彼女らの名前を思い出せなかったらかっこうがつかないから。

 

 

たづな「ロタ……」

 

 

 その場に両ひざをついたまま、雪雲を見上げる。

 

白雪は何事もなかったかのようにしんしんと降り続く。

 

 彼は今、言い知れぬ感情にひどく打ちひしがれていた。

 

考えがまとまらず、様々な想いがあふれそうになってしばらく動けそうになかったのだ。

 

向こうでは、もう撃ち合いは終わった頃であろうか。

 

彼女たちは、殺されずにすんだのだろうか。

 

捕まって、ひどい目にあったりはしてないだろうか。

 

 試みに水たまりのあとを素手で触ってみるが、もうアスファルトのまま変化しない。

 

本当に異世界とのつながりが断たれたことを知り、全身から力が抜けていくような疲労感を覚えた。

 

ずっとこうして、路上に降り重なってゆく雪片を数え続けているのも悪くない、などと思えてくるほどに、彼は心底弱っていたのだ。

 

それでも、腹の虫はわずらわしくも空腹を主張するのであった。

 

 

たづな「そうだ、じーちゃんなら……」

 

 

 思い付いて立ち上がってみると、足がなまりのように重い。

 

もはや壊れてしまったのか、ブーツの反応が消えていてただの鉄のゲートルと化していた。

 

 たづなはそれ以上何を考えることもしなくなり、疲れ切った体にむちうって、自分の足のみで、祖父のいるアトリエに向かって、まっすぐ歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 都合のよいことに、かの世界とは時間の進み方が違っていたようで、たづなが日本にいなかったのは、実際には2時間程度であった。

 

彼にとってはそれは全く幸運なことなのであったが、おかげでややこしい事件に発展していたということもなく、とりたてて母に怒られるということもなかった。

 

 ただ疲れがピークに達していた彼は、たどり着いた祖父の所で倒れてしまい、そのままカゼで寝こむはめになった。

 

おかげでブーツの、特にワープする機能について聞きそびれた上に、卒業式には病み上がりでのぞまなければならなかった。

 

 中学の入学式がやって来る頃にはすっかり治っていて、入学してしまえば、いつか不安がっていたことなんてもう忘れていた。

 

 

たづな「…………」

 

 

 それは次第に大きくなってゆき、複数が重なった音だということに気付かされる。

 

 

たづな「…………?」

 

 

 雲ひとつ無く澄み渡った空の端に、4つの小さな黒点。

 

 彼ははっとした。

 

思わず席を立って、クラス中の注目を集めても、視線は窓の外。

 

 高空をどよもすジェット音。

 

拡大してゆく4つの機影。

 

 雁行するそれらは、まっすぐこちらへ向かって、飛行機雲を描くのだった。

 

 

 

 

 

── おわり ──

 

 

 

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短編集 ふた羽 ひうぜ @maestoso

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