【完結】 exile 異端《ウィルド》の血を引く魔女であることを隠すため、性別を偽り男装して聖騎士となったのに付き従う部下は超女ったらし亡命者と無表情にグイグイ迫る黒髪黒瞳の鉄血参謀
「貴方さえ、現れなければ」「貴方さえ、邪魔しなければ」「貴方さえ、閣下に真実を教えたりしなければ」
「貴方さえ、現れなければ」「貴方さえ、邪魔しなければ」「貴方さえ、閣下に真実を教えたりしなければ」
漆黒の刃がうっすらと白く霜におおわれた。吸いつけられた氷塵がきらめく。
青白い燐光がたなびき。
霧となって渦を引く。
「《
ザフエルの眼は、うとましい現実など何ひとつ見てはいなかった。漆黒の瞳の深淵から、宿るはずのない《
すべてをつかさどる神の
すべてを教え、導く神の
あまりにもきよらかで美しいがゆえに、何の思索も働かせることなく諾々として受け入れ、わずかに浮かんだ疑惑すら洗い流す──
「恩寵を喪い、失墜した魂は、救済されねばならぬ」
ザフエルの声ではあっても、どこか他人事に聞こえた。あたかも別人がザフエルの口を通して語りかけているかのように。
「救済だと」
チェシーは眼を見開いた。あらがおうとして、がくりと膝を落とす。
腕を伝い、軍衣の裾を伝って、足下に点々と青黒い血が散る。顔が苦痛にゆがんだ。
「いったい、何を言ってるんだあんたは」
「神の御前に己が身の潔白と忠誠を」
ザフエルの指先が聖なる印を結んだ。
まとわりつく羽虫を祓い退けるにも似た所作。朗々と奏でられる聖呪が、きらめきとなってサーベルを取り巻く。
「やべえ。敵味方関係なしかよ」
アンドレーエは剣に巻きつけていた鞭をゆるめた。軽く振るう。
反動でチェシーの足がふらついた。
破れた黒翼が、煙をかき分けてばたついた。風にあおられ、裏返る。今にもちぎれそうだ。
視界が染み入る純白に変わった。
悪魔の影が、くろぐろと地面に引きのばされてゆく。
アンシュベルが何かを叫んでいた。聞きとれない。
「全員、眼ぇつむれ! 茹だるぞ!」
声のする方向へ突っ走る。
すれ違いざまにアンシュベルを引っ抱え、瓦礫の陰へ頭から転がり込んだ。少しでも調伏と浄化の粛清を浴びぬように、陥没した穴に身を伏せる。
「貴方さえいなければ」
チェシーの背中を、ザフエルのサーベルが襲った。
刃鳴りが煙を断ち割る。衝撃で大太刀がもぎ取られた。地面に跳ねる。
「貴様がニコルを見捨てさえしなければ!」
チェシーは返す刀が降ってくる前に身をひねり、取り落とした剣へと走り寄った。
膝を落として滑り込みざまに拾いあげる。
「こんなことにはならなかった」
「こんなことはせずに済んだ!」
追撃の斬突が連続で攻める。
チェシーは立ち上がれない。そのままの場所で片膝をついたまま切り結んだ。白閃がめまぐるしく斜めに交差する。つばめがえしの残像が縦横無尽の火花を散らす。
刃が噛み合った。押し込まれる。足下の石畳が砕けた。
「貴方に閣下の何が分かるというのです」
「貴様にあいつの何が分かる!」
剣戟の残響が高く鳴り渡る。
チェシーはザフエルの剣を膂力で跳ね返した。即座に立ち上がる。
右から斬ってつばぜり合う。左から押して跳ねあげる。互いに決して退けぬ攻防が続く。ぎりりと噛み合い、受け流す刃から、火花が流れ星となってせせりこぼれた。
息つく間もない。土煙がたなびく。
ザフエルの黒い瞳に、感情とも激情ともつかぬ光が色をなして映り込んだ。
「私は、ただ、取り戻したかった。閣下を」
「あいつを、じゃない。取り戻したかったんだろう、あいつから!」
チェシーは、瀕死の息を吐いた。
ザフエルの攻撃を弾くたび、背中の傷から青黒い魔性の血が噴き出す。まともに戦える状態ではないのは、傍目にも明らかだった。
「あいつが何者なのか、本当は知っていたんだろう。知っていて、知らぬふりをして、あいつの力を、
「笑止」
ぎりぎりと刃こぼれさせながらも、十文字にしのぎを削る。
サーベルの切先が、ふっと下がった。
重量感に勝るチェシーの剣の下を、ザフエルは滑るようにかいくぐる。
懐深く踏み込んだ。漆黒の柄頭でチェシーの顔面めがけて、打突の一撃を突き入れる。
チェシーはのけぞってよろめいた。致命傷寸前で手のひらをかざし、防御する。
防戦一方だった。たまらず大太刀に風をまとわせる。真空が風を生み、剣に収斂した。星空の色の光がルーンからこぼれる。
だが、その光は虚しく消えた。大太刀に装備していた《天空のティワズ》と《栄光のティワズ》、双子のルーンのどちらもが色を失った。濁ってゆく。急速に力がしぼんだ。
「どうなってるんだ。何で反応しない!」
「愚かな」
ザフエルはサーベルを引いた。構え直す。
腕に嵌めた《
地面が振動する。風が喨々たる聖歌を歌った。光闇相打つ悲劇の曲を奏でる。
ザフエルはふと、哀憐の仕草で手を差し伸べた。チェシーの大太刀を指し示す。
「
ぐいと掌を返し、ひねる。《
大太刀が、根元から砕けて折れ飛んだ。内部に仕込んでいた《
彼我の力差を見せつけられる。チェシーは愕然と眼を押し開いた。
乾いた音を立てて、折れた刀身が石畳に転がってゆく。
ザフエルは無表情にチェシーを見やった。
「今のは、何、何が起こったです……?」
物陰に身を潜め、戦いの行方を見守っていたアンシュベルがぽかんと口を開けた。いつの間にか隣にアルトゥーリとレディ・ブランウェンもいる。
最強同士の一騎討ちを目の当たりにして、全員が固唾を呑んでいた。
「あれが《
答えるアンドレーエも同様だった。やにわには信じがたい光景だった。
《破壊のハガラズ》。
アンドレーエの《静寂のイーサ》が不可視の異能を有し、ニコルの《封殺のナウシズ》が魔召喚を無効化するのと同様に。
ザフエルが保有する《破壊のハガラズ》もまた、固有の力を持つ。
自らの前に立ちはだかり、害を成す意をもって振るわれる《カード》を強制的に排除する。
断罪と放逐の異能力。
「……何で、奴の《
漆黒の瞳が、無慈悲にチェシーを見つめた。
「貴方さえ、現れなければ」
滅びゆくものへの追憶も、憐憫も。
「貴方さえ、邪魔しなければ」
嫌悪の念すら、その瞳にはない。
天啓のごとき一瞬の閃光が、陰影にいろどられたザフエルの半身をまざまざと照らし出した。
「貴方さえ、閣下に真実を教えたりしなければ」
足下に濃くわだかまる罪の影。
──‡ 悔い改めぬ者に神の怒りを ‡──
光が放たれた。
すべてを灼き尽くす輻射光があふれ出す。
──‡ 開け、《
絶対の讃美を歌う無数の合唱。響き渡る調和の音色。
石畳が同心円状にめくれ上がり、浮き上がった。
相反する光の圧力に爆散する。周辺に残っていた魔物や鉄のいばらの切れ端もまた、瞬時に蒸発。
「決して叶うことのない
浄化の白い十字光が、チェシーの姿を完全に埋め尽くす。
一拍遅れて、爆風が吹き抜けた。
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