師団長と副司令がウフンアハン
「まだるっこしい言い訳はもう聞き飽きたですっ何でもいいから、とにかくとっとと案内しやがれですうっ!」
甲高い声とともに、巨石が大量に転がり落ちてくるような、もの凄い足音が廊下を突進してきた。
ニコルは、ああ、と嘆息した。右手で顔を覆い、うなだれる。
「アンシュだ」
「……そのようですな」
なぜか気分を害した声で、ザフエルがむすりと横を向く。
「師団長ーー!」
アンシュベルが病室のドアを盛大に開けた。中に飛び込んでくる。
毎度のごとく、毛糸のぱんつに枕にハタキに洗面器にトイレの棒ブラシ、などといった訳の分からない入院用の大荷物を、袋の口も閉められないほどぱんぱんに詰め込んで背負っている。
「どこの夜逃げ屋だよ」
「ああ、師団長、良かった、ご無事で」
ところが、である。
案内の使用人をことごとく跳ね飛ばしながらすっ飛んできたアンシュベルは、肩に毛布をうちかけたニコルを見るなり、急ブレーキを踏んで停止した。
ほっぺたを凹ませ、両頬を押さえて、金切り声の悲鳴をあげる。
「きゃああああ全然ご無事じゃないですーーーっ!」
その場できりもみ回転し、荷物をばら撒きながらばたーん! と床に倒れ込み匍匐前進。
「およよよよ、何というおいたわしい御姿に」
座り込むや、いきなりエプロンのはしっこを噛んでおいおいと泣き崩れた。
ニコルは目をぱちくりとさせた。
「何がどうしてよよよよよなの」
「師団長が。あたしの師団長がぁぁぁぁ……」
アンシュベルは号泣しながら、ぽかすかと床を手で叩き始める。
「バナナみたいに副司令にひん剥かれちゃってるですうううう!!」
「えええええーーーっ!」
衝撃の事実。動けるものならベッドから転がり落ちてズッコケたいところである。
「誰がバナナやねんそんな……って! 絶対言わないからな!」
「なるほど確かにこの状況ならばバナナに見えなくもないかと」
ザフエルが重々しく同意した。ニコルは半泣きで否定する。
「見えるかあっ!」
「ああ、ついにそういう差しつ差されつなご関係に」
アンシュベルは涙ながらに袖を濡らす。
ニコルはあまりのことにぶるぶると震い上がった。途端に痛みがぶり返す。
「か、関係って! いい痛たたた、なな何わけのわかんないこと言ってるんだよそれに良い子はそんな言葉を使っちゃあ痛たたた」
「つまり言葉遣い以外の関係はお認めになると」
「うわああんやっぱり師団長の貞操があああ!」
「ち、ち、違うってばーー! わざと全力で変な誤解しないでくださいっ!」
ニコルは首がもげそうになるほど、大きく首を横に振った。
「ありゃりゃ」
アンシュベルは、ハンカチに伏せていた顔をきょとんと上げた。金髪の毛先がくるりと揺れる。
「……違うですか?」
「違うも何も見れば分かるでしょう。ちょっと怪我しただけだってば。大したことないんだよ、本当に」
ニコルはあわてて弁解した。
アンシュベルは眼をぱちくりさせて、声を裏返す。
「あんれまあ。てっきり、副司令にいろいろオイタをされちゃって具合悪くしちゃったのかと思いましたあっ」
「違うわああアイタタ! 怪我した肩より頭が痛いよ!」
アンシュベルは、やたらぶっすぅーとして、くちびるを尖らせた。
「なぁんだ。そーなんだ。ちぇ、つまんないのー」
「何が!」
じろりと睨み付ける。アンシュベルはあわててとがらせた口を手で押さえた。
「いえ、何でもないでーす。ちぇっ、なあんだ、そういうことだったですか」
白々しくすっとぼけながらも、アンシュベルはまだ少しがっかりした様子だった。ぶつぶつと文句を言いながら、とっ散らかった荷物を拾い始める。
「だったら最初からそう言って下さればよかったのにぃ。あたしったら、てっきり師団長と副司令がウフンアハンな感じにしっぽりしちゃったのかと思って、本気でどきどきしちゃったじゃないですかあ」
「えっ……ちょっと待っ」
アンシュベルは止めどない嬌声をきゃあきゃあさんざめかせながら、のぼせきった顔を手挟んでくねくねした。
「きゃうん、やだあ、あたしったらウフンアハンだなんてっ、ああんアンシュってば恥ずかしい子っ」
「もう、駄目だってば! ザフエルさんに失礼でしょ……」
すかさずザフエルが割り込む。
「何の。お構いなく。私でよろしければ諸肌脱いでウフンアハン申し上げますぞ」
「って、そっちもすかさず脱ごうとするなあっ!」
「でもぉ……あれっ?」
ようやく少し落ち着いた感のあるアンシュベルは、指先を顎にちょこんと添え、うーんと考え込んだ。
しばらく部屋の中をきょろきょろと見回す。なにか探しているらしい。
ニコルはアンシュベルの言葉を待ちうけた。
いるはずの誰かが見当たらないことに気づいたのか。アンシュベルは、困り顔で小首をかしげる。
「えっとぉ……准将さんはお呼びしなかったんですか? 師団長の
「チェシーさんは
ニコルはよどみなく平然と答える。アンシュベルは両手をぱんと打って、表情を明るくした。
「了解、なるほど、わかりましたです! もしかしてお邪魔虫だったってことっぽいですね! さっそく退散しますですっ」
「違ーうーかーらーー!!」
ニコルは苦々しく笑ってから真顔でたしなめる。アンシュベルはけろりとして、悪びれもしない。
「でも、もしかして、いっそそういうことにしちゃったほうがお互い悪くないんじゃ……?」
「アンシュ!」
ニコルは、顔を真っ赤にして叱りつける。
「てへっ、ごめんなさいでーす。すぐに替えのメガネをお持ちしまーす」
アンシュベルは悪戯っぽく舌を出す。そのまま、くすくす笑って隣の控え室へと消えていった。
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