ただならぬ関係
「別に」
ザフエルはそっけない。
アンドレーエは、くしゃくしゃとはねる明るい茶色の髪を手で梳いた。
快活な笑みのたもとに秘め隠した、すべてを抉り出す鋭利な視線をザフエルへと差し向ける。
「猊下の御前ですし、口を謹んだ方がよろしいのかもしれませんが?」
「さしゆるす」
「そりゃあどうも」
アンドレーエは、獰猛な猟犬のように笑った。
「あんたみたいに馬鹿丁寧かつ好き放題コキ下ろしてもいいってんならそうさせてもらいましょうや。馬に蹴られた私が思いますに、猊下、あんたの妹は間違いなく」
アンドレーエは舌打ちした。レイディ・ユーディットが、ニコルを追って駆け去った薔薇の小径を振り返る。
「傷つくぜ」
ザフエルは冷然と受け流す。
「貴卿には関係のない話かと」
「あからさまな
アンドレーエは、慇懃に頭をたれ、鼻先で笑いを吹き飛ばす。
「たかが《オダル》ごとき下級聖女のために、畏れ多くも《破壊》のハガラズたるやんごとなき御血筋が、邦を挙げての花誕祭を開くなんざ、そもそもおかしいと思ったんだよ。俺はてっきり、祝祭にかこつけて妹のお披露目をするのが主目的と思っていたんだが。それとも――お披露目の対象は妹じゃなかったか?」
アンドレーエは《静寂のイーサ》を不穏に光らせた。腕を組み、けわしく眉根を寄せる。
「まさか、さっきの噂を本気にしたのか?」
「貴卿の貴重な情報を、つまらぬ冗談だと切り捨てるほど傲慢ではないつもりですが」
ザフエルにしては珍しく話がつながる。その意図に気づかぬアンドレーエではない。
「よく言う」
アンドレーエはふいに声を落とした。
「サリスヴァールの素性を探るのに、俺がどれだけ苦労してるか分かるか? あんたが俺をノーラスに呼びつけてまで
当人たちがこの場にいれば、決して表には出さなかったであろう根源的な疑問を。
アンドレーエは、苦々しく口にした。
「あいつの出自とされるサリスヴァール家は、確かに代々ゾディアック帝国軍人を輩出している古い騎士の家系だ。が、正史に名を残したこともなければ、将校として上り詰めたものもいない。騎士とは名ばかりの、有名無実の地方豪族といっていい。なのに、十年前、そんなサリスヴァールの家名と
「ふむ、生い立ちは閣下とよく似てますな」
「アーテュラスといっしょにするなよ。かわいそうだろ」
アンドレーエは思わず笑いを吹き出した。
「ゾディアック女帝、アリアンロッドみずから手厚い寵愛をサリスヴァールに与えて、宮廷における後見人となっていたという、これだけは、まぎれもない事実だ。どう見てもただならぬ関係だ。そんな男を、今度は公女に平然と近づけるとは、いったいどういう了見だ」
「私は、公女殿下より護衛としてサリスヴァールを祝祭に寄越すよう仰せつかっただけですが」
ザフエルは新聞記事を読み上げるかのように平然と告げる。
アンドレーエは鼻をひん曲げた。重苦しいためいきをつく。
「分かっていてその態度か」
ザフエルは追求を無視した。
「見て見ぬふりかよ」
「如何様にでも解釈していただいてかまわない」
「悪意を感じるぞ」
「凡ては神の定めたもうた運命」
「あんたには人間の心がないのか」
アンドレーエは、かみそりのように眼を細めた。
「ノーラスは専守防衛が
ザフエルはその認識を是としてうなずいた。
「戦況を見た上で適切に判断する」
「大概にしろ」
アンドレーエは吐き捨てるように言った。
「ノーラスには死守命令が出てるそうじゃないか。あいつは、まだ十七のガキだぞ」
「小アーテュラス卿の処遇に関しては」
ザフエルは冷ややかに遮った。
「ノーラスに一任する旨、ローゼンクランツ聖下より直々に仰せつかっている」
「聖下の思し召しとあらば」
アンドレーエは歯を食いしばった。こうべを垂れ、絶対の信仰をしめして胸に手を当てる。
「まるで体の良い監獄だな、ああ?」
アンドレーエは唸った。
「……
地に落ちた小枝を拾い上げ、指の先でもてあそぶ。
「籠の中の哀れな小鳥。火線に晒され、闇に狙われ、あたら聖なる薔薇の瞳を汚す時を待つぐらいならば、いっそ……か」
ぽきり、と小枝を折る。
「見損なわせるなよ、ホーラダイン」
ザフエルは感情の削げ落ちた眼でアンドレーエを見やった。
「いや」
かぶりを振る。
抑揚のない声だけが風に吹き散らされていった。
「今はまだ、そのときではない」
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