【完結】 exile 異端《ウィルド》の血を引く魔女であることを隠すため、性別を偽り男装して聖騎士となったのに付き従う部下は超女ったらし亡命者と無表情にグイグイ迫る黒髪黒瞳の鉄血参謀
「今宵もまた、私とともに……めくるめく夜を」
「今宵もまた、私とともに……めくるめく夜を」
「ってことは、《紋章》をもう一度手に入れる方法は分かってる、ってことか。どうせ聖騎士の身で《悪魔の紋章》を使うわけにはいかないしね。そうなるよね、とすると……だとしても、ずいぶん足下を見られちゃったな」
ニコルは気づかぬふりをして微笑んだ。
「じゃ、こうしましょう。《悪魔の紋章》に対処するには、我々も同様に《召喚術》の技能が必須になると考えます。よって、第五師団の各兵科担当者に、《召喚術》の初級技能講習を義務づけます。ゾロ博士に講義をお願いしてください」
机の上の書類をとりまとめ、きっちりと角をそろえる。
側面を綺麗に
「サイン、終わりました」
書類を手渡す。ザフエルは丁重に敬礼した。
「ありがとうございました。これで、明後日の発令には何とか間に合います」
明後日。頭の中のカレンダーが、ぺらり、ぺらりと二枚めくれる。明後日。
ニコルは眼をこすった。聞き返す。
「あさって」
「はい」
「今日じゃなくて」
何度、目をこすろうが、音を聞くのは耳であって目ではない。ザフエルは、堂々とすっとぼけた。
「申し訳ございません。私の勘違いでした。ではこれにて。失礼仕ります。期日よりずっと早くに終わってようございました」
「ちょっと待って」
ニコルは、凶悪な目つきでザフエルを見上げた。
「どういうことでしょうか」
「どうもこうもありませんな」
「人に徹夜させておいて、その言いぐさはどういうことかと聞いています」
猛然と抗議の声をあげたニコルに対し。
ザフエルは、手にした書類の中の一枚を、目にもとまらぬ早業で引き抜いた。ニコルの鼻先に、びしぃっと突きつける。
「むしろ、私としましては、『何ですかな、これは』とお聞きしたいですな」
書類のタイトルは『万年筆(青・黒)購入稟議書』。
もちろん偽造文書である。
「ひぃぃぃ!」
完全にバレている。業務上横領。特別背任。公文書偽造。頭の中をいろんな罪状がぐるぐると回った。罪状よりも先に、手のほうが後ろへ回りそうだ。
ニコルは、濡れた子犬みたいに全身ぶるぶると震いあがった。
「すみませんすみません、つい出来心で!」
床にジャンピング土下座。青い顔をしたこめつきばった状態で、ぺこぺこと謝罪する。
ザフエルは、名状しがたい表情を浮かべた。
やや、ためらいがちに口ごもる。
「そんなに万年筆が欲しいのですか」
「う、うん」
ニコルはぐすぐすとしゃくりあげた。指の先をぺろっと舐め、涙に見せかけて目元になすりつけつつ、せつせつと訴える。
「すっごく欲しいです」
さすがのザフエルも、情に流されたか。難しい顔で考え込む。
「ふむ。そこまで頼まれては仕方ありませんな。私の……でよろしければ」
「全然大丈夫! 欲しい欲しい欲しい! ザフエルさんのが欲しい!!!」
ニコルは、ぱあっと顔を輝かせた。それはもう激しく、コクコクと首がもげるほどにうなずく。よく聞こえない部分があった気もしたが、万年筆さえもらえるなら、他のことは二の次三の次である。
やっぱりザフエルさんってば優しいんだからあもう信じてましたよスキスキ大好きはっはっはそうですかそんなに喜んでいただけるとは差し上げた甲斐があったというものですはっはっはっはっ。
などという脳内妄想劇場が開幕したかどうかは別として、とにかくうれしさのあまりザフエルへ駆け寄り、全力で飛びつく。勢いあまってごろごろすりすり、頬ずりしかねない勢いのニコル、であったのだが。
なぜか――
突然、微妙なさむけに襲われる。
「そんなに欲しいのなら差し上げましょう」
ニコルの空想の中にいた偽ザフエルとはまるで違う口調で、本物のザフエルは、酷薄に目をほそめた。出来の悪い偽造文書を、手の中でゆっくりと握りつぶす。
丸めた紙を、足下へ投げ捨てる。
「私からのプレゼントを」
ニコルはその一言に、全身を冷たい手で、がし、と羽交い絞めにされたように思った。
ザフエルは悪魔の両翼のごとき腕をいっぱいに広げた。無表情のまま、がば、と抱きすくめる。
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
身悶えるニコルの耳元へ。声を低くして、あやしくささやく。
「今宵もまた、私とともに……めくるめく夜を」
「あんぎゃあああああ!!!」
つま先から頭のてっぺんの髪の毛の先の先まで、ぶるぶると震いあがる。血の気が一瞬で引いた。ドン引きである。
「うわあああんザフエルさんのばか! 変態! いけず!!」
一度は期待したぶんだけ、打ちのめされた衝撃も大きいというものだ。タダほど怖いものはない。
ニコルは、びちゃびちゃと袖の涙を絞りつつ、逃げ出してゆく。
「一見うまい話ほど裏があるものです。ようく覚えておくのですな」
その背中を見送り、ザフエルは、身も蓋もなくつぶやくのであった。
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