第2話 野外ぷれい
あれから数週間が経った。
僕はなにも信じられなかった。あれは嘘だ、間違いだ。あのやさしいタマキィーおねーちゃんがモンスターを殺すなんて……。
僕はあの映像を忘れるために農作業に打ち込んだ。けっこういい感じのカブが収穫できた。
そうしていると、また王都から荷物が届いた。
記録水晶だった。
まさかという思いがあった。
でも、心のどこかで、昂ぶるものがあって――
僕は、誘惑に負けて、その戦闘記録を再生してしまった……
『タマキィー・アスナトリア 戦闘記録
「ずいぶん慣れてきたみたいじゃないか、ひと月前はあんなにウブだったのに」
「い、いわないでぇぇ……あなたが、こんなことさせているんでしょ……?」
キーチさんを睨みつけるおねーちゃん。
でも、その眉は弱々しくハの字に寄っている。
頬も、うっすらとピンク色だ。
おねーちゃんはしきりに周囲を気にしているようだった。
「待ちきれないのか?」
「ちがっ!」
「騎士なんてみんなそうだ、だんだん病み付きになってくる。おまえもそうなる」
「そんな……」
絶望に顔色を青くするおねーちゃん。
なんて酷いやつなんだ、キーチさん!
そこで、ずっとおねーちゃんに寄っていた視点が、少し離れる。どうやら周囲は荒野らしく、寂しい風景が続いている――いや、人がいた。
じろじろとおねーちゃんたちを見渡す、熱病に浮かされたような目つきの人間の群れ。
誰だろうと僕が思う間もなく、キーチさんが説明を始めた。
「今日は王都の憐れな民たちに、騎士とはどういうものかを教え、同時に救済を与える。言い方は悪いが、おまえはそのモルモットだ」
「ひ、ひとを動物みたいに言わないでっ!」
「いっぱしの騎士になってからそういうことは言え。いまのおまえなど、家畜以下だ」
「ひどい……!」
キッとキーチさんを睨むおねーちゃん。
そうだ、負けちゃダメだよ、おねーちゃん!
僕は必死に応援する。
そんな僕らを嘲るように、キーチさんは笑った。
「それじゃあ、おまえが家畜じゃないか試してやる」
言うなり、彼はなにか呪文のようなものを唱え始める。
すると、周囲の人々が急に唸り声をあげ、次々に立ち上がり、おねーちゃんへと迫りだす。
「え? な、なんなのこれ? いや、いやぁあああああ!?」
「彼らはゴースト系のモンスターに
にやにやと笑うキーチさんを怒ったように見て、だけどタマキィーおねーちゃんは腰の剣を抜き放った。
「あたしは、あたしはいつか故郷に帰る! マー君が待ってるの! こ――こんなことぐらいじゃ、負けないんだから……ッ!!」
「ああ、意気込むのは勝手だが」
キーチさんが、おねーちゃんを制するように言った。
「人々の身体は本物だ。傷つけたら死んじまうから、注意しろよ?」
「そんな!? それじゃあ、どうしたら……うぶっ!?」
思わず腰が引けたおねーちゃんに、ゴーストに憑りつかれた人々が殺到する。
「や、やめて! 正気に戻って! こんな、こんなことしちゃらめぇええええええ」
おねーちゃんは必死で抵抗するけど、暴力をふるうわけにはいかないから引き剥がすこともできない。その可憐な口元に指を突っ込まれたり髪の毛を引っ張られたりさんざんだ。
そのうち、人々の動きがぐちゃぐちゃと怪しくなり始めて。
「うそ!? うそうそうそ!? は、はいってくりゅ!? いっぱい、あたしのなかになにかがいっぱいはいってくりゅのおおおおおおおおお!!!?」
「
「いぎいいいいい!? こわれりゅ、いっぱい混ざって頭おかしくなっちゃうのおおお」
がくがくと足を震わせ、腰砕けになってその場に崩れ落ちるおねーちゃん。
「潮時か……」
その光景をジッと見詰めていたキーチさんは、腰から抜いた剣を二度、縦と横に振るって十字を描くと、また呪文を唱え始めた。
すると彼の手のなかの剣が輝き始めて。
キーチさんは、それをおねーちゃんたちへ突き付け叫んだ。
「おい! 俺の精気で全部外に押し流してやる! しっかり受け止めろよ!」
「な、なんでもいいかりゃ、はやく! はやくちょうらい!」
「なら、逝けっ!」
「逝っくううううううううう!!」
剣から放たれた聖なる力の奔流が、おねーちゃんたちを包み込む。
絶叫を上げるおねーちゃん。
そして、周囲の人々も次々に倒れていく。
それが終わったとき、おねーちゃんは恍惚とした表情を浮かべていた。
「ほー、生き延びたか、なかなかタフだな。どうだ、いい経験になっただろ? 騎士はこういう奴とも戦わなきゃいけない。しっかり学べよ、半人前の家畜?」
「ひゃ、ひゃい……身の程をぉん、思い知りましたぁ……」
「よしよし。じゃあ、最後はきちんとゴーストたちが天に還れるよう
「はぁい……」
放心状態のおねーちゃんは、それからキーチさんと何度も何度も祈りの言葉を捧げていた。
僕は、自分が興奮していることに気づいてしまった……
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