放置自転車

鐘辺完

放置自転車

 放置自転車


 ちまたでは、心ない人の自転車の放置がはびこっている。

 駅前や、スーパーの前、さまざまなところに持ち主もわからない自転車が放置され、人々は迷惑を被っていた。


 新聞記事にも毎日のように事件が報道される。

「五歳女児、放置自転車にかみつかれ、全治一ヶ月」

「放置自転車に轢かれ、老女重体」

「放置自転車数台に囲まれた恐怖の四十分間」


 放置自転車による被害は、この一年だけでも、二千件にのぼるといわれる。凶暴な放置自転車は、市役所などによって捕獲・撤去されているが、放置される数が多いだけに、凶暴化する放置自転車の数はいっこうに減る様子はない。国会では「放置自転車対策法」の法整備を急いでいる。

 放置自転車が特に多い東京都、大阪府などでは、家の床下や天井裏に入り込み巣を作るやっかいな放置自転車もおり、その巣で子育てし、放置自転車はさらに増えているという。屋根裏で放置自転車が走る音のために不眠症を訴える住民も多い。屋根裏から追い出そうとして、逆に襲われて負傷する場合もある。家に住み着いた放置自転車を追い出すのは素人には難しいので、有料だが、放置自転車駆除専門の業者に依頼したほうが無難である。

 役所などでは、空気入れや自転車油などのエサになるものを外に置くのはやめるように指示している。

 中には「自転車がかわいそう」などといって放置自転車をたくさん保護している人もいるが、近所から「ベルやブレーキ音がうるさい」「危なくて子供を近づけられない」などの苦情があったりとトラブルも多い。

 放置自転車も幼児用は危険が少ないが、大きく力の強いスポーツサイクルなどは子供の命を奪う危険もある。放置スポーツサイクルには近付かないように、小学校などでは強く指導している。


 凶暴な放置自転車に出会ったときの対処方法を放置自転車研究家の茶林ちゃばやしいさお氏にたずねてみた。

「凶暴な放置自転車に遭遇したときは、まず相手の目を見据えて、その視線をそらさないまま、ゆっくりとあとずさりして逃げてください。決して背中を向けて走って逃げてはいけません。死んだフリをするのがいいというのはデマです。あと、鈴をつけたり、ラジオを鳴らしながら歩くと放置自転車も襲ってくることはあまりありません。ただし、かなり空腹な状態の放置自転車や、春先などの発情期には婦人用自転車に交尾を求めてくる放置自転車もあるので、細心の注意が必要です」

 茶林氏はこうもコメントしている。

「放置自転車も、人間の勝手で捨てられて、生きるために必死なんですよ。床下や天井裏に巣を作るのも、彼らにとってはただの環境適応ですし。人間と放置自転車との共生の道は遠いですが、彼らもまた生き物なんです。いらなくなったからといって捨てられ、放置自転車となったから駆除される。これは人間のエゴですよ。せめて自分で買った自転車は天命がつきるまで、責任を持って大事に使ってほしいですね」

 結局は人間のモラルが問われる問題だということだろう。

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放置自転車 鐘辺完 @belphe506

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