14. 事務室を出て、

 事務室を出て、駐車場に停めてある車まで、今日子さんを送って行った。


 「今日ちゃん、本当に大丈夫? 酔ってない? ちゃんと運転できる? 俺が運転して行こうか?」と聞いたが、


 彼女は、

 「大丈夫よ、あんなちょっとじゃ酔わないわよ。それに、りょう君、車の免許ないでしょ、そっちの方がやばいわよ。」と何時もの様に言う。


 「じゃあ、もうちょっと休んだ方いいよ。だって、今日ちゃん、顔赤いよ。」


 「それは、自分のした事が恥ずかしいから、、、本当に、ごめんね。それに、今、このまま貴方と一緒にいたら、多分、私、自分を抑えられないかも。そんな事にでも成ったら、貴方の気持ちを踏みにじる事になる。そんな事、したくないの、だから帰る。」


 「わかった。じゃあ、今日ちゃんの電話の番号教えて、30分後にかけるから。」


 彼女はメモに番号を書いて、僕に渡し、

「本当に貴方って、、、もう行くわ、また明日ね。」と言った。


 「運転、気を付けてね、電話するから。」と言うと、彼女は、手を振りながら駐車場をゆっくりと出て行った。



 僕は誰もいない部屋に戻り、洗濯物を集め、ウィスキーをフラスコに注ぐ。そして、それを後ろポケットにつっこんで、ボトルから1口飲む。そして、ギター雑紙と中原中也の詩集を持って、ランドリールームに向う。7時半を少し過ぎたところ。


 大きめの洗濯機に洗物を全部入れてまわし、娯楽室から東京の楽器屋に電話を掛けて、25Wのギターアンプを注文する。


 雑紙を見ながら、残り15分を潰し、今日子さんに電話を掛けた。


 彼女の、

「もしもし、、、」と言う声を確認して、


 「無事に着いたみたいだね、良かった。 今、アンプをオーダーしたから、明日、お金渡すね、来週の月曜か火曜には届って、よろしくね、今日ちゃん。それじゃあ、おやすみ。」と言うと、


 彼女はまた

「さっき、、、本当にごめん、、、」と謝り、


 「明日また、、、おやすみなさい、、、りょう。」と言って、電話を切る。


 もう1口、ウィスキーを飲み、アミに電話を掛けたが、やはり、誰もでなかった。



 ランドリールームに戻ると、ルームサービスのバイトの女の子二人が洗濯機の前で話をしていた。


 僕は、ちゃんとした面識がないので、

「こんばんわ。」とだけ言い、空いてる椅子に座って、また1口飲んでから、雑紙を開いて、洗濯機が終わるのを待っていた。


 すると、1人の女の子が、

「昨日の演奏聴きました。とても良かったです」と言い、


 もう1人が、

「まだ17なんだって、 凄いね。」とキャピキャピ声。


 僕は、このノリは苦手だなと思いながら、、

「どーも。」とだけ言うと、


 キャピキャピ声の子が、

 「今晩、飲み会があるんだけど、どうー、こないー? 男の子の数が少なくてー、数が合わないのよー。」と誘うが、


 「自分はそういうのは苦手だし、それに、今晩は、既に予定が入ってるので、すみません。」と断ると、


 「やっぱり、事務の谷口と付き合ってるだ、、、アハハ、、、どこがいいんだろ、あんなの?」とキャピキャピ声。


 すると、おとなしそうなもう1人の子が

「セツ子、そんな事、言わない方がいいよ。」と言うと、


 キャピキャピーセツ子は、

 「いいじゃんべつに、夏だけのバイトなんだしー、それに、何か気に入らないのよ、あの女。」と馬鹿声で言う。


 なんとなく気分が悪くなった僕は、つっけんどうに、

「ちょっと、どいてくれる、乾燥機使うんで。」と言って、そのセツ子を押しのけるようにして、洗濯物を乾燥機に入れた。


 セツ子は、

「ねぇー、いいじゃん、お姉さん達と遊びに行こうよ、、、カラオケでドュエットしょう。」とひつこく誘うので、


 「悪いけど、徹さんにでも遊んでもって、あんた、趣味じゃないんで。」と冷たい声で答える。


 すると、セツ子は怒った様に、

「ちょっとアンタ、ギターがちょっと弾けて、歌が上手いぐらいで、格好つけてんじゃないわよ、このガキ。」と罵るので、


 「そこの、おとなしいお姉さん、俺が切れる前に、この人、何処かに連れて行ってくれませんか?」


 「そうね、、、セツ子、部屋戻ろうよ、行く支度もあるし、、、」


 「何、トモ子、こいつの肩持つ気なの?」


 「違うけど、、、問題起こしたくないし、、、」


 その時、後ろから、

「りょう君、もう新しい彼女と、もめてるの?」と健二さんが声をかけて来た。徹さんもその横にいる。


 「ベストタイミング、、、徹さん、この人遊びたいんだって、早く何処かへ連れてってやって。」とウィンクをして言うと、


 徹さんは、

「そう、そう、りょうにはもう彼女がおるけんね、手ば出したら問題になるとよ。セツ子ちゃん、俺と遊ぼんね!」と言って、セツ子の手をつかみ、その場から彼女を連れ去ってくれた。


 トモ子さんは、

「洗濯物は私がしとくから、セツ子、先に飲み会行ってて。」と声をかけ、


 「御免なさい、あの子、どうかしちゃってる、、、えっと、、、」


 「りょうです、、、別に気にしてませんけど、飲む前からあれじゃ、どうなるんですか、酔っぱらったら、やっぱり絡み酒ですか? ところで、健二さん、もう上がり? 今日は早いですね。」


 「女子高生の宴会だったんでね。でもあれだけいると、怖いね、、、お前、よく2日も耐えたよ。俺、しばらくの間、女性恐怖症。 ところで、先生は?」


 「さっき帰りましたよ。 健二さん、今晩、飲みます? 後30分位で、洗濯終わりますけど。」

 

 「さしぶりだね、OK。 じゃあ、着替えてくるよ。」と言って、部屋に向って行った。



 乾燥機が終わるのを、また雑紙を見ながら待っていると、トモ子さんが、

「仲がいいんですね、」と言うので、


 「そうかもしれないけど、単に、僕も健二さんも自己中だから、強要し合わないだけです。 自分のやりたい事はするけど、やりたくない事は、やらないだけです。それに協調性がないので、大勢でいても面白くないんですよ。」


 「いいね、、、私はセツ子と高校から一緒なんだけど、いつも彼女にくっ付いてる感じで、ここに来たのも彼女に誘われたからだし、、、私には主体性がないから。」


 僕は、ポケットからウィスキーを出して1口飲み、

「飲みますか?」と聞くと、


 彼女は少しだけと言うので、

「ちょっと、待ってて下さい。」と言って、部屋に戻ると、


 「本当に、行かんとね? 8人全員よ、女の子。」と徹さんが健二さんを誘っている最中だった。


 「悪いね、俺、合コンみたいな飲み会、好きじゃないんだよね。」


 僕は、ウィスキーを片手に持ち、部屋を出ながら右手の親指を立てて、

「徹さん、頑張って、ハーレムじゃん。」とからかいながら部屋をで出る。


 仲居さんの作業室の流し台からグラスを取って、

「トモ子さん、水割り、ロック、それともストレート?」と聞くと


 「じゃあ、水割りで、」と言う返事。


 僕は水割りを作り、ランドリールームり、彼女にそれを渡すと、彼女は両手で、グラスを受け取り、

 「有難う、、、」と言い、そのグラスに口を付ける。


 「ちょっと聞きたいんだけど、さっき、あの人、”やっぱり、事務の谷口と付き合ってるんだ、”って言ったけど、それ、どうゆう意味なんですか?」


 「言いずらいんだけど、、、仲居さん達の間で、、、谷口さんが、色仕掛けで、若い君をそそのかして、好きなようにしてるとか、どうとかっていう噂があるんです。それって、、、」と言ってる時、


 健二さんが戻って来て、

「ごめん、待たした? 徹がうるさくてさ、、、あれ、じゃましちゃった?」と会話に入ってきた。


 「健二さん、もうちょっと、気つかってくださいよ、後ひと押しだったのに、」と冗談下に言うと、


 「りょう、君は、徹みたいに、ナンパじゃなでしょ!」


 「心配しなくていいよ、こいつ、軽そうに見えて、硬いから。」


 「僕は、誰でもいいですよ、Sex だけなら、でも、、、」


 「もういいよ、悪ぶらなくても、腹へった、、、りょう、飯にしようぜ。」


 「健二さん、俺、ちょっと飲みたい気分なんですけど、付き合ってくれます?」


 「いいよ、で、つまみは?」


 「イカの塩からと、鯖缶、その他、あとは、従食のおかずとおにぎり、それで日本酒、、、」と答えると、


 健二さんは、

「お前、泣きたい気分なの?」と聞くので、


 「別に、泣き上戸じゃないけど、なんとなく、日本酒ッポイ日かな。」


 すると、トモ子さんが、

「私も混ぜてもらえませんか? 何か、こっちのほうが面白そうだし、私も合コン好きじゃないんで、、、」と聞く。


 「お前、馬鹿? 男2人だよ、下手したら、まわされるよ?」と健二さんが言うと、


 「多分、貴方たちは、そんな事する人じゃないと思うから。」と彼女は答えるので、


 「じゃあ、条件が一つある。」


 「何でしょうか?」


 僕は健二さんの顔を見て、

「おにぎりを作る事。」と言うと、


 健二さんも、

「飲んだ後のおにぎり、最高だね、りょう、OK、おにぎり。」と同意。


 「健二さん、また徹さん、すねるよね。」


 「好きにさせとけよ。」と彼は言った。



 洗濯が終わった僕とトモ子さんは、部屋に洗濯物を置きに帰り、僕は買い込んでいた缶ずめや酒を持って、調理場の横の従業員用の休憩室に向った。健二さんは五、六本のカップ酒をテーブルに並べ、ヘルプのおじさんとおばさん三人と、ワイワイ言いながら話しながら僕達を待っていた。

 

 僕は、

「すみません、今晩はここで少し騒ぐかもしれません」と言い、


 「飲みますか?」と聞いてから、ウィスキーを注いで回と、初老の男の人がニヤニヤしながら、


 「どう、フロントに引き抜かれて、君やっぱり、谷口と一緒になるの?」と聞いてきた時、トモ子さんが部屋に入って来た。


 僕は茶化しながら、

「おじさん、もう1杯どうぞ。」と言って、ウィスキーを注ぎ、


 「今日子さんですか、、、いいですね、セクシーで、もろ僕のタイプですよ。でも、おじさん、僕は未だ17なんで、結婚なんて考えてませんよ。あぁ、トモ子さん良い時にきた。ねえ、トモ子さん、結婚なんて考えてます?」とわざと軽い口調で聞くと、


 トモ子さんは何が起っているかわからないままに、

「ぜんぜん、まだ私21ですから、結婚なんて、まだまだ、」と笑いながら答える。


 僕は、もう1口ウィスキーを飲み、もう1つ、その人に注いで、

「そんなもんですよ。それに、いくら僕が今日子さんを誘っても、彼女、全然落ちないもん。なんか冷めちゃった。」と言うと、


 「なんだ、つまんねえ。何か今日は疲れたな、おやすみ、また今度、飲もうや。」と言い、部屋を出て行ってしまった。


 他の2人が部屋を出た後、健二さんが、

「どう、りょう、今夜、ブッ飛ぶ?」と言って、手巻きの小さな煙草を見せた。


 「トモ子さん、クラシュコースだから、、、僕も、多分健二さんも、あなたに危害は加えないと思うけど、、、でも引くのなら今だよ。」


 「何が今から始まるの?」と不思議そうな顔で聞く彼女に、


 「アルコ-ルとは違う感性の世界。」と健二さんは、ニンマリと答える。


 「強いですか?」


 「かも、、、直戻るから、トモちゃん。」と健二さんはウインクをして言い、僕達は、外にでて、ほんの少しだけその煙草を吸った。


 そして、休憩室に戻り、弁当箱と缶ずめを開け、それをつまみにしながら、飲みはじめる。


 トモ子さんは、

「おにぎり、今、作るから、」と言い、


 「熱っ、熱っ、」と言いながら、おにぎりを、作り始めた。


 すると、健二さんは、

「それでさ、りょう君、しばらく合ってないけど、どうなってるのかな、先生と? 前も言ったように、じっくりと、尋問するからさぁ。うるさい徹もいないし、酒もつまみも沢山あるし、物静かだけど、可愛らしいトモ子ちゃんもいるし、完璧じゃん。ちゃんと話してもらうから。」と言と、


 トモ子さんは、

「やだぁー、、、でもこうゆう話、なんか興味ある。」と少し興奮している。


 「じゃあ、言いますけど、確かに、健二さんの言う通りでした。交際する事を前提で友達に成りたいって。それで、もし、気が合えば、結婚を前提で付き合いたいって。」


 「えっ!」とビックリ顔のトモ子さんには気にせず、


 「言ったでしょ、それで、、、」と健二さん。


 「結論から言うと、ここに残る気はない事を、今さっき彼女に言いました。だから、そんな交際はできないって、、、」


 「2晩も帰ってこなかったけど、やったの?」


 トモ子さんは、目を輝かせながら、無言で聞いている。


 「彼女、俺に惹かれてるだって、、好きだって、、、」


 「お前は?」


 「言ったでしょ、もろに僕のタイプだって。一緒に風呂に入って、一緒に寝たけど、でもやってないですよ。」


 「まじ? お前、そこまでいってて、やってないの? それ変じゃない?」


 「そうですよ、メチャクチャ不自然ですよ。でも貴女の気持ちに付け込みたくないから。Sex だけの関係なら問題ないんだけど、愛だの恋だのは、今はちょっと、苦手ですから。」


 すると、今まで黙っていたトモ子さんが口を開き、

「それって逆じゃないの? お互いが好きだから Sex するんじゃないの?」と真面目な顔で聞くので、


 「僕は、そうじゃないと思うな、Sex て愛情なんかなくても、性欲だけでできるよ、、、これはあくまでも例えね、例えば、トモ子さんがHな気分に成ってる時、僕が誘うとするでしょう、それで、トモ子さんが同意したら、できるでしょ。それって、愛情じゃないでしょう。


 でも、会ったばかりで、あなたの事、何も知らないのに、”好きだ”とか、”愛してる” とか言って口説くのは、なんとなく嘘ッポイでしょう。 僕はそうゆう感情に簡単に成れないから、、、その逆もだめ。そうゆう風に言われたら、引いちゃうな。」と答えると、


 「りょう、今まで何人と寝た?」と健二さんが煙草を吹かしながら聞くので、


 「7、8人。」


 「その内、彼女として付き合っていた子は?」


 「1人。」


 「えっ、、、じゃあ、あと皆、カジュアルな関係なの?」とまたビックリ顔のトモ子さんが言う。


 「まぁ、今のところは、、、そうです。 実は、今日子さんといると、無邪気な気分に成れるし、気を張っている必要もない。自然体でいられて、すごく心が落ち着いて、居心地がよくて。それに、昔の彼女になんとなく似てて、、、

 

 でも、僕には、ボンヤリトだけど、やりたい事があるから、そんな責任のある立場に身を置きたくないんです。自分勝手だとは思うけど。」


 トモ子さんは、真面目な顔で、

「だけど、、、ちゃんと付き合ってから考えてみたらいいんじゃないの。」と言うので、


 健二さんが、

「トモ子ちゃん、こいつはね、先生に惚れてるのよ。だから怖いんだよな、離れられなくなる事が、だろう、りょうちゃん?」と聞く。


 「そうですよ、健二さんの言うとうりです。」と言って、最後の日本酒を飲み干し、煙草に火を点けた。


 「私のおにぎり、食べないんですか?」


 「もう一回、あれ、吸ってから。」


 すると、トモ子さんが

「それって、麻薬ですか?」とまた真面目な顔で聞くので、僕と健二さんは吹き出してしまった。


 「いや、そうじゃないけど、これを吸うと、食事がとても美味しくなって、少し幸せで、楽しい気分になれるんだよ。音も良く聞こえる様になるかな。」


 「私も試してみていいですか?」と興味深々な顔をしている。


 「もちろんいいけど、トモ子ちゃん、煙草吸うの?」


 「飲んだ時、たまに。」



 3人で外に出て、健二さんは、

「胸いっぱいに吸い込んで、しばらく息をとめるんだよ。」と言い、その煙草に火を点け、胸深く吸い込み、それを僕に回した。僕もそれを吸った後、トモ子さんに、その煙草を回す。


 彼女も僕達と同じように吸い込んだが、直にむせ返して、咳込んでしまった。


 それを見た、僕と健二さんは、笑いながら、煙をゆっくりと出した。


 むせ返して、咳をしているトモ子さんに、健二さんは、

「おい、大丈夫かよ?」と聞くと、 彼女は、まだむせながら、頭を2回縦に振る。


 健二さんとトモ子さんはもう1度吸ったが、僕はそれで止めておいた。空の星は既に、必要以上にキラキラと輝いている。



 休憩室に戻った僕達は、氷で冷やした水を飲み、テーブルの椅子に座る。なんとなく、ニヤニヤしているトモ子さんに、健二さんが、

「どうしたの、何に二ヤケテルの?」と聞くと、


 彼女は、

「どうしてか良くわからない、、、」と言って、また吹き出すので、それを見た僕達も、一緒に吹き出してしまった。



  僕は氷の入ったグラスにウィスキーを注ぎ、それをしばらくの間、カランカランと振っていた。 

 

 「でもね、1人の男としては、少し後悔してる。」


 トモ子さんは、水割りを作りながら、少し空ろな目で、

「私、こうゆう話、男の人とした事ないんだけど、、、後悔って?」と聞く。


 「だって、今日ちゃん、着やせするタイプで、でもめちゃプロポーションええねん。それで、彼女の肌、何か肌にくっ付くような感じやねんもん。一生忘れられへんかも、あの肌の感触。」


 「りょう、もう酔っぱらったの?関西弁に成ってるぜ。」


 「んん、、、3日位、ちゃんと寝てへんから、、、酔いが早いわ。」


 「肌がなんだって?」とトモ子さんが聞くので、


 「ンン、、、スベッとしてんねんけど、ピタァッて吸い付く感じ、アキもあんなんやった。」


 「お前、本当にしてないの?」


 「ウン、してへんよ、裸で一緒に寝たけど、、、ホンマ好きに成りそうやもん、でけへんよ。」と答える。


 「さっきは、自分が振られたみたいな事、言ってたけど違うのね、、、谷口さんの事、かばったんだね、彼女が、中傷されないように、、、優しいのね、りょう君は。」


 「トモ子ちゃん、君、面白いね、俺とりょうの会話に合わせられるなんて、気に入ったよ。そろそろ、おにぎり食べようか、りょうちゃん。」と言って、健二さんは、おにぎりを食べ始める。


 僕は、2つめのおにぎりを食べながら、

「このおにぎり、メチャ美味しいな、健二さん。有難う、トモ子さん、美味しいわ。」と言うと、突然、涙が出てきた。


 健二さんは、

「だめだ、泣きが入ってきた。 そろそろお開きにしますか。」と言い、


 トモ子さんは、

「私、かたずけますから。」と答える。


 僕は、ウィスキーを飲み干すと、

「ちゃうねん、ひさびさに、この人やったら、ええかなって人に合えてんけど、ちゃんとその気持ちに、答えられへんから、、、悪いなぁって思って、、、御免な、今日ちゃん、、、」と言った。


 2人は、何も言わずに、テーブルをかたずけている。


 その間、僕は、天井を見上げながら、自分の周りの女性達の事を考えていた。アキを傷付けた事は無いと思う。でもアミとエンジェルと今日子さんは、今この時点で、確実に辛い思いをさせていると思う。


 「本当に、ゴメン、、、」と呟いたが、その後の事は、あまり覚えていない。



 休憩室をかたずけた後、3人で顔を洗い、

「おやすみ」と言って、それぞれの部屋に帰った。


 

 翌朝、目覚まし時計に起こされて、共同の洗面所で顔を洗っていると、徹さんが起きてきて、


 「きっさん、昨日の晩、トモ子さん誘うたとか? 彼女、飲み会こんかったぞ。」と怒った様に言うので、


 「いや、誘ってないけど、健二さんに、”しんみり飲みたい”って言ったら、彼女、自分から、混ぜて欲しいって、言うんで、、、ところで、どううなったの、昨日の晩?」と聞いてる時、


 健二さんが起きてきて、

「おぅ、徹、どうだった、昨日、スコアーした?」と聞く。


 「あぁ、”すぅぃとう” って言ったら、セツ子ちゃん、ころっと落ちたばい。」と言う。

 

 「僕にはできないな、そんな事。」


 「きっさん、先生とさっさと、やっとろも。」


 「そういう状況にはあったけど、やってないですよ、徹さん。」


 健二さんが、

「やってないみたいよ、徹。」と言って、僕をかばう。


 「怖気ずいた、だけやろも、」


 「いや、こいつは、そんなに気、小さくないと思うぜ。」



 そんな事を言い合っている時、


 「セツ子、ちゃんと謝んなよ、りょう君に。やっぱり、あれは失礼だと思もうよ。」と言う、トモ子さんの声がした。


 「トモ子こそ、どうして、昨日、飲み会来なかったのよ。」とセツ子さんが言いながら、他のバイトの女の子五人と洗面所に現れた。


 僕が

「お早うございます。」と言うと、トモ子さんがセツ子さんの肘を突く。


 「りょう君、昨日は、言いすぎた、御免。」と謝るので、


 「こちらこそ、ちょっとイライラしていたもんで、すみませんでした。」と謝った。


 そして、セツ子さんが、健二さんに、

「トモ子が昨夜、お世話に成ったみたいで、、」と言うので、


 健二さんは、

「いや、、、お世話に成ったのは、こっちらの方で、、、おにぎり、美味しいかったよ、トモ子ちゃん。」と答える。


 セツ子さんは、ビックリした様に、

「トモ子、3人で何してたのよ?」と聞くので、


 トモ子さんは、チラッと僕と健二さんの顔を見て、

「ちょっと、人には言えない事かな。」と答えて、ニンマリと笑い、


 健二さんも、

「そうだね、ちょっと、言えないね。」と言って、ウィンクで返した。



 僕は、早めにフロントに入ろうと思っていたので、準備が在りますのでと言い、顔洗いを済ませ、部屋に戻る。


 着替えを済ませ、部屋を出ようとした時、入れ替わりに入ってくる徹さんに、

「3人で、したとか?」と聞かれたので、


 「まさか、、、徹さんじゃあるまいし。」と言い、部屋を出た。



 「お疲れですね、チーフ。代りに入りますので、もう上がられて下さい。たまには、お子さんの顔、見に帰られたらどうですか?それと、休みは、とられないんですか?なんだったら、僕がダブルで入ってもかまいませんよ。どうせ、何もする事ないし、お金も欲しいですし。」と言うと、


 「じゃあ、遠慮なく上がらせてもらうよ、りょうくん。それとさ、んん、休みの事は、福社長が帰られたら、相談するよ、有難う、りょう君。じゃぁ、後よろしく。」


 お茶を2杯淹れ、その1つを警備の三木さんに渡し、静かな朝を送っていた。


 8時少し前、今日子さんが出勤。殆ど白に近い、とても淡いピンクのワンピースを着て、少し腫れている目を隠すかの様に、ドレスとお揃いの帽子を頭にのせていた。


 「お早うございます、今日は早いですね。」


 「今日から副社長の叔父さん、休みでしょう、だから、、、」と力なく言う。


 「今日ちゃん、お茶淹れるよ、ちょっと待ってて。」と言い、少し濃いめのお茶を彼女に手渡すと、


 夜警の三木さんは、僕達に気を使ったのか、

「じゃあ、りょう君、私も少し早めに上がるけど、いいかな?ちょっと疲れちゃったし、」と席を立つ。

 

 「お気を使わせて、すみません。」


 2人きりに成ったので、僕は小さな声で、

「昨日の晩、今日ちゃんが帰ってから、健二さんとトモ子さん、ルームサービスのバイトの女子大生ね、、、3人で飲んでたんだけど、ヤッパリ、僕達の事、相当噂に成ってるみたい。仲居さん達の噂話しから始ったみたいだけど。皆、今日ちゃんが僕を誘ってるって言ってるらしい。 勝手だったけど、僕が今日ちゃんを誘ったけど、断れたって言ったから。」と言うと、


 「ごめんなさい、、、恥ずかしい思い、させちゃって。」と小さな声。


 「それは、俺の方が、ごめん。今日ちゃん、、、それで、これからの事なんだけど、俺、今日ちゃんの事、中傷されたくないから、、、だから、しばらくの間、俺が今日ちゃんを慕ってて、今日ちゃんは、その俺の気持ちはうれしけど、俺がまだ若すぎるから、その気になれないって、言ってくれないかな?」


 「それじゃあ、りょうが笑い者に成っちうじゃない、それは、駄目。」


 「いいんだよ、今日ちゃん、俺は、大阪育ちだから、笑われる事は、怖くないし、、、知ってる、関西では、人から笑われると、”美味しいなぁ、”って言われるんだよ。」


 「でも、りょう、全然、大阪人らしくない、、、」


 「まだ、今日ちゃんは、俺が酔っぱらった所、見た事ないでしょう。もろ大阪弁になんねんで。俺は今日ちゃんの前ではカッコウ付けてるだけやから。」


 「なんだか、ずるい気がする、全部りょうに、しわ寄せするみたいで。」


 「いいんだ、俺がそうしたい。」


 「少し、考えさせて、、、でも、りょう、格好すぎるとゆうか、格好付けすぎよ。」


 「貴女をそんなに泣かせたんだから、それぐらいはさせて欲しい。」


 「お茶、ありがとう。ちょっと、仕事済ませてくる。女子高のチェックアウトの時、電話ちょうだい、お見送りに出てくるから、、、じゃあ、後で。」と言って、席を立った。



 デスク内には、彼女のうすい香水の香りが残っている。 その香りに包まれながら、なんで自分はこんなにも強情なんだろう? なんで彼女を素直に抱いてやれないのだろか、と考えていた。


 ふと、アミの、

「この暖かさだけが、欲しい時があるちゃよ。」と言う言葉を思い出す。



 何時もの様に、朝シフトの掃除をしていると、順子ちゃんが1人でやってきて、

「これ、後で読んで下さい。」と女の子らしい可愛いらしい封筒を僕に手渡し、


 「じゃあ、、、」と言って帰って行った。


 気が付くと、三沢さんが僕の真横に立っていて、

「りょう君さぁ、どうやったらそんなに女の子に冷たくできるの?」と聞くので、


 「責任持てないのに、そう簡単には、優しくできません、誤解させますから。傷付くのは彼女らですから。」


 「じゃあ、りょう君は、責任持てる様に成るまでは、彼女を作らないの? じゃあ谷口さんはどうするの?」


 「僕が慕ってるだけで、彼女には、ふられました。」


 「何言ってんの、どう見たって、あいつは、君にべた惚れだよ。逃げてるのは、りょう君の方でしょう、、、まぁ、いいや、でも、なんとかしてやんないと、谷口が可哀そうだよ。」


 「だから言ってるんでしょう、僕がふられたって。」


 三沢さんは、僕の肩に手を置いて、

「わかった、わかった。」と言いデスクに戻った。



 僕は、掃除を終わらせ、4組のチックアウトの準備を終わらせてから、順子ちゃんの手紙を開いた。


「りょう、

昨日、私が言った事は、私の本心ではありません。

偶然にも、こんな所で、りょうに出会っちゃたけど、

りょうは私のアイドルなんかじゃない。

昨日の夜、ずっと考えてた。

やっぱり、私はりょうを愛してる。

これだけは、伝えていた方がいいと思って、


PS.

この住所と電話番号は私の実家のです。

もし気が向いたら連絡して下さい。


私も、永遠の片思いです。」と書いてあった。



 手紙を読み終わった僕は深いため息をついた。


 「手紙、なんだって?」


 「そんなのは、答えられないですよ、すごく個人的な事だから、もし、順子ちゃんから了解を取ったら、教えてあげます。」



 4組のチックアウトが終わった頃、観光バスが、ホテルの前に停まったので、事務室の今日子さんに電話をいれる。


 すぐに今日子さんは、フロントにやって来て、

「三沢さん、りょう君とお客様のお見送りをしますけど、いいかしら?」と聞く。


 三沢さんは、

「どうぞ、もう他のゲストのチックアウトは、終わりましたから。」と答え、


 「りょう君、早くいってやれ。」と小声で、僕を急かせた。



 僕は靴箱で自分の靴と彼女のヒールを取り出し、床に置き、彼女の手を取って、履き替えるのを手伝った。玄関先に今日子さんと二人で並んで、女の子達が出てくるのを待っていた。


 今日子さんが、静かな声で、

「さっき、りょうが言った事を考えてたんけど、、、私は嫌よ、りょうが私の事をどう思おうと、私の気持ちは私のだから、そん嘘なんかつけない。正直に貴方と向き合いたいから、、、他の人が何を言っても気にしない。とりあえず、、、」と言ってる時、ワイワイと騒ぐ女子高生達が荷物を持ってやって来た。


 それぞれが、自分の乗るバスに荷物を入れ、バスの回りに集まり始めた頃、Tom がやって来て、


 「Hi, Ryo and Kyoko,  How are you this morning?  Jun gave me a tape yesterday, Thank you very much.  It was a nice recording. Anyway, this is my business card. If you happen to come to Tokyo, Call me. Let's play again, or maybe, we can have some project,you know. Call me, Ryo, OK? Then,,,See you soon.」と言って、右手を出す。


 僕は、Tom と握手をしながら、

「It was nice to meet you,Tom. I will call you,someday.」と答え、


 今日子さんは、

「またのおこしを、お待ちしております。」と言い、深々とお辞儀をし、他の付き添いの先生方にも、


 「有り難う御座いました。また来年もよろしくお願いいたします。」と礼を言い、お辞儀をしていた。



 何時からだろう、気が付くと、順子ちゃんが今日子さんの横に立っている。


 僕達が、一応の挨拶が終わるのを待って、順子ちゃんはその手を差し出し、今日子さんに握手を求めた。


 「今日子さん、私は、やっぱり、りょうが好き。だから、これはライバル宣言です。」と言う。


 「順子さん、じゃあ、私も、、、今日から、あなたは私のライバルです。でもりょうは手強いわよ。」と言い、2人は握手をした。


 すると、順子ちゃんは、大胆にも僕に抱きつき、口にキスをして、

「りょう、愛してる。」と言い、


 唖然としている、他の生徒や先生を無視して、

「今日子さん、宣戦布告です、、、じゃあ、りょう、連絡入れてね。」と言い、ガヤガヤしている他の生徒を掻き分ける様にして、バスに向って歩きだした。



 バスが出て行くのを、2人で見送りながら、今日子さんは、

「私には、彼女の気持ちが良く分かる。自分の人にはできなくても、少なくとも、周りの人達には、自分の気持ちはこうだって、提示しときたい。さっきは言いそびれたけど、これが私の気持ち。だから、嘘は、付かない。」と言い、フロントに戻って行った。



 フロントに僕達が戻ると、三沢さんが、青い顔をしている。


 「りょう君、谷口さん、やばいよ、どうなってんの? あれじゃもろに3角関係だよ!りょう君、あの子に何かしたんじゃないだろうね?」と問い詰めるので、


 「私が保証します、彼は何もしてませんし、何もできませんでした。 ぜなら、私がずっと彼の側にいましたから。」


 「昨日の晩は、健二さんとトモ子さんと飲んでました。」


 それでも三沢さんは、

「でも、まずいよ、すぐに噂になるよ、、、下手したら、首かもよ。」と心配する様に言うので、


 僕は、

「専務がこられ次第、自分から話しますから。」と言い、


 今日子さんも、

「りょう、私も話すから。」と言った。



 「それで、どうなってるの、君達? 皆、好き放題、言ってるよ。」と聞く三沢さんに、順子ちゃんの事を大まかに2人で説明をする。


 「そうなんだ、それだけ聞くと、りょう君は被害者だよな。」


 「私があの子をあおったんです。」



 昼過ぎに専務が出社して来たので、三沢さんに

「話してきます。」と言い、今日子さんと2人で、専務に声をかける。


 僕は、

「専務、すみません、お話したい事がありまして、お時間を少しいただけませんか?」と言い、


 今日子さんは、

「ちょっとしたハプニングがあったの、噂話で大きくなる前に、説明しときたいの、叔父さん。」と言った。




 話を聞き終わった、専務は、

「そうですか、一様は理解しましたが、そんな熱狂的なファンがいるくらい、君のいたバンドは人気があったんですか?」と聞くので、


 「自分で言うのは、恥ずかしいんですが、そうかもしれません。自主で作った千本のテープは、1ヵ月で売り切りました。」


 「バンドを解散したことは、後悔してないのですか?」


 「いいえ、本々、やりたい事しかしないっというコンセプトでしたし、僕達はと言うより、特に僕なんですが、ミュージシャンとしては、まだまだ未熟ですから、長引けば、マンネリ化して来るんで、それに、まだ学ぶ事が沢山ありますから。だから、誰も後悔していません。あれは、あれで良かったんです。」


 「じゃあ、将来は音楽家に成りたいんでしょうね?」


 「そうですが、、、特別、音楽だけにこだわってる訳じゃないですから。」


 「じゃあ、もう1つ、今日子については、どう思っておられますか?」と専務が真面目な顔で聞く。


 すると、今日子さんが、

「叔父さん、それは、、、」 と言ったが、


 専務は、

「私にも責任がありますから。」と答える。


 「今日子さんとは、ここ4日間話してきて、と言うか、始めに会った時から、とても気に成っていたんですが、、、大切にしたいと思ってます。ゆっくりと、時間をかけて知り合っていきたいとは思っていますが、今この時点では、どうとも言えません。」と答える。


 「今日子は?」 


 「叔父さん、私はりょう君を慕っています、、、この人は、、、私よりもずっと大人で、、、私の事を大切にあつかってくれます。」 


 専務は煙草に火を点け、それを吸い終わるまで黙っていたが、

「わりました、副社長には、私から話しておきますから。それと、向こう様の学校から、なんらかのコンプレインがない限りは、ホテル側としては、何も処置はしません。」と言う。

 

 「ご迷惑をおかけしまして、済みませんでした。お手数をおかけします。」


 「有り難う、叔父さん。」



 今日子さんとフロントに戻る途中、健二さんとすれ違う。彼は、 

「りょう、何やってるの、すごい噂よ!」と言うので、


 「健二さん、僕は何もしてませんよ。この件に関しては、僕は被害者ですから。」とだけ答えた。


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ラム酒はとても甘い みずのことは @Punk-Jack

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