第12話 弱さ

 俺は殴り飛ばされ、転がった。


「くっ……どうしてだ。強さは同じはずなのに、どうしてこんなに差がある」

 何ものかの力が作用しているのか。俺の幻影は、明らかに俺よりも強い。

『わかんねぇかなぁ、俺よ。お前さんは、弱くなっているのさ』

「俺が……弱くなっている、だと」

 俺の幻影は頷き、口端を歪めている。


『要因は3つある。1つめは、魔王という圧倒的強者がいなくなったこと。俺に恐怖を与えていたあいつがいなくなったことによって、俺は力を追い求める必要がなくなった』

 俺の幻影の鋭い蹴りが飛んでくる。それは俺の身体を切り裂き、さらに後方の岩をも砕いていく。


『2つめ。守るべき者ができたこと。まぁ、それ自体は悪いことじゃねぇがな。ただ、他のものに目が行き届かなくなるし、判断も遅れる。今の俺にとっては、アイが全てだからな。アイが、何よりも優先される。かつての俺は、確かに仲間を大切に想っていたが、自由気ままに力を振るっていりゃよかった。それが、皆を守ることにつながった。何より自分の後ろを守ってくれる強いヤツらがいたしな。だが、今はどうだ?』

 俺の幻影の拳が、腹にめり込む。俺は遥か高くまで飛ばされる。


『3つめ。その大切な守るべきアイを裏切ってること。後ろめたさが、拳を鈍くしている。ったく情けねぇ野郎だ。誘惑に負けやがるとはな』

 俺は地面に叩きつけられる。

「……いてぇな、この野郎っ!!」

 俺の拳が、俺の幻影を弾き飛ばす。

『ははっ、そうだ。俺の力の原動力は、怒りだ。おらぁぁっ!』

 俺の幻影の拳が、俺に幾度も叩きつけられる。

 俺の膝が地面に落ちた。

『俺はもう、戦いをやめるべきだ。アイと共に、どこかで幸せにのんびりと過ごせばいい。この世界のことなんざ、他のやつに任せときゃいい。俺が戦わなくとも、なるようになるさ。そうだろう?』

「……くっ」

『この先に進むのなら、覚悟が必要だ。大切なものを失いたくなければ、今すぐ帰るんだな。今の俺じゃ、何も救えやしない』

 俺の幻影の手に、マカロンもどきが握られている。その切っ先が、俺の喉元に触れる。

『選べ。進むか、退くか』

 俺は、動くことができない。

 確かに、心にこんなものを抱えたままじゃ、前に進めない。

 俺は何を迷っている。躊躇っている。恐れている。俺らしくねぇ。

『そう、俺らしくねぇな。いっそのこと、大切なものを捨てて、気のままに生きればいいじゃねぇか。そうだ、俺が、捨てる手助けをしてやろうか?』

 俺の幻影の隣に、濃い闇が広がる。

 そこに映し出されたのは、アイの姿だった。俺の幻影は、アイに向かってマカロンもどきを振りかざした。


「やめろぉおぉおぉぉっ!!」


 俺は幻影を殴り飛ばした。

『くくっ、いい感じだ。そう、それこそが……俺の本質。だが、まだまだぁっ!』

 背後からの声に、俺は振り返る。拳が俺の頬にめり込んだ。ビキッと、何かがひび割れるような音がした。

 俺という存在が、ひび割れる音だ。

『ちっ。まさかここまで腑抜けてるとはな。なら、俺がとって代わるまでだな』

 俺の幻影の瞳が、黒く輝く。それはまるで、魔石のようだった。


『さぁ、楽にしろ。委ねろ。そして俺は――になる』

 何だ?

 何を言っているんだ、俺は。

 

 身体の力が抜けていく。意識が遠のいていく。

 何だかとても心地よい。このまま、眠ってしまいたい。


『そうだ。後は、俺に任せな』


 ああ。

 もう、どうでもいい。何もかもがどうでもいい。

 そう、何もかも、どうにでもなれ。


 ――。


 ――。


 俺は……俺は……。



 ――バリン!


 大きな音に、俺は我に返る。

 俺の幻影が、大きく舌打ちした。


 空間に、亀裂が走っている。

『はっ。運がよかったな、俺。ギルバードのやつが試練を突破しやがったみてぇだ。あーあ、もう少しだったのによ』

 ギルバードが……なんだって?


 ガラガラと空間が崩れ落ち、俺は元の場所へと戻っていった。

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俺の嫁を紹介します るーいん @naruki1981

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