綺麗なままで

魚を食べる犬

第1話

 私たちはどこで道を誤ってしまったのか。誰でも良いから教えてほしい。もし、私たちが出会わなければ、こんな辛い思いをせずに済んだのか。もし、私が彼女の大切な人にならなければ良かったのか。考えれば考えるほどに、答えの無い思考の無限ループに填まってしまう。お互いが同じことを考え、同じ道を歩もうとする今、私たちは二人が出会った海岸で夕日を見ながら、何があっても離さないように強く手を繋いだ。

みやび・・・」

「何ですか?みどりさん」

「うん、呼んだだけ」

 なぜ、彼女を呼んだのか分からない。しかし、彼女の名前を呼べる機会は残り僅かであることは分かっている。お互い、何かを話そうとはするが、会話は続かない。そのため、波の音が私たちのいる空間を支配する。

「ねぇ、翠さん」

「なに?」

「私たちは出会って良かったの・・・よね」

「そうだね。雅と出会えて良かった」

「私もです」

 この会話も長くは続かなかった。私と彼女はお互い二七歳の同い歳で、二年前の冬にここで出会った。あの時の私は仕事に嫌気がさして、二日分の有休を使って気晴らしに出掛けていた。その途中に、この海岸に立ち寄った。夕焼けとの組み合わせがとても綺麗で、その風景には引き込まれた。その近くで冬の寒さがあるにも関わらず、海に入ろうとする女性がいた。そう、この女性は雅だ。彼女は家の仕来しきたりが嫌になって、自殺しに海に来た。それを私が無理やり止めた。『なぜ、止めたんですか!』と彼女に怒られたが、『分からないよ!』と言い返した。なぜ、見知らぬ女性を止めたのか、本当に自分でも分からなかった。そして、私は感情的になって『私があなたの心の支えになってあげる』と彼女に言った。それを聞いた彼女は『試してあげる』と私の言葉を真実であるか試すかのように冷たい目をしながら言った。次の日に彼女と海岸のある町を日中歩き回った。彼女を知る人も居たため、『外部の人に町を案内しているのです』と彼女は誤魔化した。別れ際に彼女は私に紙切れを渡した。そこには連絡先と会える曜日が書いてあった。それ以来、お互いの都合が良ければ会い、楽しい時間を過ごした。何時いつしか、私と彼女は仲の良いカップルのように笑い、ふざけたりした。たぶん、この時から私たちは道を誤ってしまったのだろう。『お互いが相手を求める』、一見すると良さそうに見えるが、別の視点では恐ろしい事である。その恐ろしい事が私たちの間に起きた。『相手さえ居れば良い』、そうなった私たちはとても苦しい思いをした。『これ以上、相手を縛りたくない。しかし、相手がいないとダメ』という葛藤が起きた。また、その頃から彼女は身内からお見合い話をされるようになり、その話を彼女の口から聞くと、私の心の中に『誰かに彼女を渡したくない』という嫉妬が生まれ、心苦しくなる。そして、出会ってから一年半後に、お互いの気持ちを打ち明け、お互いが同じ気持ちで、もう苦しみたくない気持ちであることを確認した。そして、彼女の提案で綺麗なままでいようということになった。今、私たちは海岸の砂浜から浅瀬に歩き、足を海の中に入れた。

「翠さん・・・最後にわがままを言って良い?」

「うん・・・良いよ・・・」

「キスして・・・」

「分かった・・・」

 そして、私たちは長く、切ないキスをして、もうこれ以上、未練が無いことを確認した。『生まれ変わっても、あの人と再会できますように』とお互い願いながら、綺麗なままで最後を迎えた。


おわり

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