2人

大学4年生になって、授業も少なくなった頃、昼下がりの喫茶店は私たちの憩いの場所だった。

「でね、その主人公が超イケメンでね!」

「男は顔じゃないって〜。あんたそんなこと言ってたらいつか悪い男に騙されるんだからね」

「2次元と3次元は違うのー!大丈夫だから」

私たち2人はそんな話をいつもする。友達の噂話なんてあんまりしないけど、いつもなにかの漫画や小説のキャラクターについて語り合ってだいたい夕方のバイトの時間まで過ごす。

私と加奈子は大学で知り合った。私がサークルの勧誘にしつこく誘われてる時に加奈子が、嫌がってるじゃないと助けに入ってくれたことがきっかけだった。

「杏子は男運悪そうだしね。まあ今まで誰とも付き合ったことないってのが不思議なんだけどさ」

「私3次元の男にあんまり興味ないかもしれない……」

「えぇ!そうなの!?」

私は好きな子はできたことがあるけれど、付き合ったことは無い。そもそも付き合うっていうことがどういうことなのかよく分からない。

「付き合うって結局どうなる事なの?」

「うーん、そりゃ、んーでも。」

「何年も付き合ってる彼氏がいる加奈子が分からないんじゃ私がわかるわけが無い!」

私はニヤリとしてそう言った。

加奈子は何事もハッキリと言うタイプでクレームなんかもざらにある。ズケズケ言い過ぎなこともあるが、今日はなんだか慎重だった。

一方、私は割と流されやすい体質ではあるんだけれど、異性からの告白は全て逃げてきた。逃げ切ってきた。自分がどうなるか分からないようなことを私は出来なかった。

「あんた、でも22歳で男の経験がないってちょっとズレてるわよ。若さってのは無限には続かないんだから、今のうちに自分を売っとかないと後悔することになるわよ」

「はいはい、分かりました〜」

私は軽く受け流す。加奈子も、まあいいわとため息をついて笑った。

「そうだ!今度夏祭りがあるじゃない?今週の土曜日!浴衣着て一緒に行かない?」

私は加奈子にそう言って店員さんを呼んだ。レモンティーにシロップを3つ頼んだ。私は超甘党だ。

加奈子はサンドを食べながら、

「いいね、行こう」

短く返す。

場所は赤宮公園で、そこはかなり広い面積があり、夏祭りでは大量の出店が並び、何百発の花火が打ち上がる。その花火が大きくてきらびやかなのもあれば、小さくて可愛いのもあって、色とりどりで綺麗で私は大好きだった。

「今までなかなか行けなかったもんね〜。大学卒業しちゃったらなかなか会えなくなると思うし、杏子と一緒に夏祭り行っとこう、最後に。」

加奈子はそう言って、サンドをたいらげた。


夏祭りの日、赤宮公園は大盛況で人混みの中を2人で流されながら歩いた。

私たちは手をずっと握っていて、離れ離れにならないようにした。

赤宮公園は真ん中に小高い丘があって、そこから花火が打ち上がる。

私たちはその花火が綺麗に見える絶景ポイントに陣取って2人で並んで座った。


賑やかな夜だった。

加奈子が唐突に口を開く。

「私さあ、杏子が羨ましかったんだよね」

「えっ!?」

「杏子ってさ、流されやすいって自分では言ってるけど、きちんと芯みたいなものがあるじゃない?誰の悪口も言わないしさ。清らかな川って感じだと思ってるの。」

私はなんでそんな話をしてくるのか、加奈子の真意が分からなかった。

「私、彼氏と別れたんだ。別に好きな女の子ができたらしいよ。私の事遊びだったのかな」

加奈子は涙を流し始めていた。

「私のことが好きだって言われて、付き合い始めたのに、向こうが勝手に好きになって付き合い始めたのに、向こうが勝手にまた別の人のこと好きになって別れるんだよ……。私悲しい。」

「加奈子……」

私は加奈子の手をぎゅっと握った。握ったままで離さなかった。

「そっか、彼は加奈子の良さが分かんなかったか!いつも何かに頑張ってて、彼氏のために色々準備したり、できない料理も挑戦してみたりした加奈子の良さが分かんなかったんだ!そんな奴に加奈子はやれないなあ!」

加奈子は泣きながら私に抱きついてきた。私は加奈子をもっとぎゅっと抱きしめて一緒に泣いた。

夜空は花火が打ち上がり始めた。小さい花火がパラパラと音を立てては散っていく。

私と加奈子は音だけ感じていた。

「杏子……私一人ぼっちになっちゃった」

「私がいるじゃん。よしよし泣け泣け。泣いて忘れて、明日に進もうよ。加奈子の良さが分からない男なんかに加奈子を渡してたまるものか!」

私は江戸時代の時代劇の武士みたいな口調で言った。

加奈子はそれで、何それって笑った。

「花火、見よ!」

私たちが顔を上げた時、真っ赤な花火がドカンと上がって、大輪を夜空に散らせていった。

「お酒飲もっか!お酒!」

その日加奈子は私の家で浴びるほどのお酒を飲んだ。私も加奈子に付き合って浴びるほどのお酒を飲んだ。

お母さんも一緒だったけど、お母さんはもっと飲んでた。

私たちは泥酔して、翌日あっけなく二日酔いになった。お母さんはケロッとしていた。

「あんた達ってさ」

お母さんが言った。

「青春してるわね〜」


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こころのけしき かさかさたろう @kasakasatarou

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