2017年のプロメテウス

森水鷲葉

2017年のプロメテウス

 テクノロジーの進化は必ずしも私たちに幸福をもたらさなかった。

 少なくとも、情報革命は私たちにいくらかの災厄をもたらした。


 大いなる贈与は、余計なものも伴ってやってくる。


 そして、これから語ることは、いっさいがっさいの、たった一部にすぎないのである。



 あの年の冬、私は、夜の11時過ぎに住宅街に突っ立っている若い男をにらみつけ、通り過ぎた。


 私が無遠慮に視線を送りつつ、全身から警戒を発していることに、気づいたかどうかわからない。

 彼は、ほんの少しこちらを見ただけで、手元のスマートフォンを操作しつづけている。


 彼がやっているのは、位置情報を利用したゲームでほぼ間違いがない。

 きっと、近隣の大学に通う学生が下宿の近くで、陣取りゲームの番人をしているのだろう。


 真冬の夜の11時に、誰かを待っているというわけでもあるまい。

 ましてや、日替わりでこの場所に違う人物が立っているのを、私は知っている。

 ここにいるのは、いずれも若い男性である。


 別に彼らが不審者というわけではない。

 私はゲームに熱中する気持ちには共感する……するのだが、万一にも、彼らが別の理由で、夜道にいる可能性を否定できない。


 ニコニコしながらゲームの解説をしてくれた先輩たちのことを、私は忘れたことなんかない。

 だが、それでも。

 

 ゲームの制作を生業としながら、私の心には疑問が浮かび続けていた。

 理解できない私が間違っているのだろうか?


 そして、疑心暗鬼とわかっていながらも、せっかくの綺麗な夜空を眺めることもできずに、住宅地を駆け抜けた。

 これ以上、誰にも出会わないことを願いながら。





 そうこうしているうちに、可愛いキャラクターを集めるゲームが大流行して、老若男女が歩きスマホを始めたあの夏。


 私は彼らにぶつからないように気をつけつつ、都心の街中を歩いていた。

 夏の暑さが、いつもよりさらに人の増えたような感覚をもたらす。

 あるいは本当に増えているのか。

 ただでさえ、いつもぼんやりしているのに、暑さのせいで余計にわからなくなる。


 駅のホームに電車が止まるたびに、スマホ操作を注意するアナウンスが流れたのには閉口したが、どうしようもなかった。

 


 アーリーアダプタ……流行にいち早く気付いて、それを広める者たち。

 冬の夜道で出会った彼らこそが、そうだったのだ。


 あの後、彼らの姿を目にすることはなくなった。



 けれども、彼らは世界中に「意味の書き換え」をもたらした。

 書き換えられた世界は、もう元に戻ることはない。


 良心を信じてもたらされたテクノロジーは、良心を持つ人だけが使うとは限らない。

 あるいは、ただの無知が、自分や他者を傷つける可能性もある。


 「まずは使ってみましょう」なんて、WEB2.0は本当に恐ろしいことを始めてしまった。

 使う前に使い方を調べるべきだなんて、もう誰も思っていないだろう。


 

 それとも、彼らは知っていたのだろうか?

 今みたいな未来がやってくる可能性も?

 もしかして、たいしたことないと思っている?



 楽観主義にはうんざりさせられるけれど、きっとこれは私たちへの挑戦なのだ。

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2017年のプロメテウス 森水鷲葉 @morimizushuba

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