エピローグ

エピローグ

 神山で起きた大事件から数日後。当時の勇者適性試験の参加者たちは運営本部に呼び出されていた。

 事件が起きたあの日。本来であれば最終試験が行われていたはずだった。しかし、雷神竜の襲来で参加者たちはそれどころではなかった。

 そして、本日。最終試験が行われないまま、アリーゼやヒルダは運営本部を訪れた。

「話っていったいなにがあるんだろう?」

 きょろきょろと周囲を見回しながら首を傾げるアリーゼ。

「まあ、今年の試験は全員失格になるって話でしょうね」

 飄々としていながらもヒルダは小さく嘆息する。他の参加者たちも同じ胸中なのか、全体的に場の雰囲気は落ち込んでいる。

 あのとき最終試験よりも街の人の避難誘導を優先したのは参加者たちの勝手の判断にすぎない。勇者に指示されての行動であればまだ弁明の余地もあるが、独断なのだからそれも有り得ない。端的に言ってしまえすっぽかしたのと同義だ。

「でも、どの道あの状態じゃ最終試験なんてできないよ」

「それもそうなんだけど、最終試験に間に合わなかった、という事実は消えないわ。あとはあの事件のことをどれだけ考慮に入れてくれるかによるわね」

 そんな一縷の希望に縋る。

 そうこう話しているうちに奥の通路から人が現れる。数ヶ月前に適性試験の開始宣言をした最高責任者だ。顔つきは以前にも増して厳しい。

「本日は急な招集にもかかわらず応じていただき感謝する」

 そう前置きにして本題に入る。

「この招集は最終試験が終了後に行われるはずでした。しかし、あの日不測の事態が起こったことは皆さんも知ってのとおりのことだと思います。その不測の事態により皆さんは最終試験よりも避難誘導を優先しました。それ自体を否定はしません。しかしながら、最終試験の開始時にいなかったのは事実です。それは十二分に失格にたる事由と言えます」

 分かっていたことなのに改めて突き付けられるその現実はとても重たく感じた。この場の誰もが失格を覚悟する。

「――そう、本来であれば」

 今まで険しい表情をしていた顔に笑みが宿る。

「皆さんは勇者不在の中、そのとき取れる最善の行動を考え、臆せず実行した。あの状態はたとえ一流の勇者であっても一度は臆するものと言っても過言ではない。その中でまだ見習いの勇者ですらない皆さんの行動は大いに称賛に値するものです。これは運営本部の総意です」

 そして、宣言する。

「本年の勇者適性試験――全員合格とします!」

 一瞬の沈黙。その直後、天空までを轟かせんばかりの大歓声が会場に湧き上がった。

「全員、合格……!」

「こんなこともあるのね……」

 アリーゼとヒルダもさすがに予想できていなかったようで喫驚する。

「やったね! わたしたち、合格だよっ!?」

「そのようね――って、ちょっと!」

 アリーゼは歓喜を抑えきれないようにヒルダに抱きつく。

 学院にいた頃、色々な人から否定され続けた夢。諦めろと言われても決して折れることなく前を向いた。それが今まさに結実したのだ。感極まって目尻には薄らと涙が滲んでいる。

「貴方、最近泣いてばっかりね。でも、おめでとう。親友として私も嬉しいわ」

 抱きついてくるアリーゼに困ったようか顔をしつつも拒否することはせず、ヒルダも労いの言葉を口にする。この適性試験期間中、なんやかんやでヒルダはアリーゼと一緒にいることが多かった。彼女の頑張りを見てきたからこそ、その嬉しさもひとしおだ。

「静かにしない。まだ話は終わっていませんよ」

 場を仕切り直すように最高責任者は声を張る。

「皆さんは今、勇者としての一歩を踏み出した。ですがそれは登竜門も突破したにすぎません。これからは各々の学院に戻り、本格的に勇者になるための鍛錬に励むことになります。その中にはもちろん実戦もあるでしょう。今回の事件を経験した皆さんならきっと立派な勇者になれると信じています。いつかまたここでお会いできることを運営本部一同楽しみにしています」

 未来ある勇者の卵たちへ叱咤激励し、最後に挨拶をして最高責任者は話を締めくくった。


「まさか全員合格になるなんてびっくりですねぇ」

 妙に間延びした声を出しながらローレヌは卓上にこれでもかと並んだ料理に手を付ける。もうすでに皿の上には色んな料理を食べた痕跡がばっちりとある。

「おい、ローレヌ。さっきから食い過ぎだろ。今日の主役はお前じゃないんだぞ」

「まあまあ、そう固いことを言わずにぃ。ね、アリーゼちゃん?」

「は、はい……」

 若干酔い気味で問われてアリーゼは苦笑いをして返す。

 勇者適性試験の運営本部からアリーゼとヒルダが戻ってきて、エストレア学院の近くで二人の合格を祝うパーティーが行われていた。店はスミスがとびっきりのいい店を選んでくれたらしい。

「ていうか、ローレヌはエストレア勤務じゃないだろ。いったいどこから嗅ぎ付けてきたんだ」

「あれ、言ってませんでしたっけ。私、今度からエストレアに転属になったんですよ」

「聞いてない」

「じゃあ私の転属祝いも兼ねてここは一つ……」

「あのなぁ」

「まあまあ、ゼノウの旦那。せっかくの祝いの席だ。そんなにこだわるなって」

「そのとおりだ」

 そう言って店に顔を出したのはシャレイネだ。

「もう用事は済んだのか?」

 今回の祝いのパーティーはシャレイネにも声をかけていた。ただ、用事があるからそれを済ませてから参加することになっていた。

「ああ、今年の適性試験を受けた生徒に労いをしに回っていてな。アリーゼとヒルダで最後だ」

「学院を統括する学院長が一生徒を祝うパーティーに参加して大丈夫なんですか?」

 少しだけ落ち着かなさそうにしているヒルダはふと疑問に思ったように尋ねた。

「まあ本来であればな。ただ、アリーゼの大躍進は私個人としても嬉しい。ちょっとずるいかもしれないが、今回は学院長という役職抜きの参加だ」

そう前置きして、 アリーゼの目を真摯に見つめて、

「おめでとう、アリーゼ。今日までよく頑張った」

 学院で唯一自分の夢を応援してくれたシャレイネの言葉に、またもアリーゼは泣きそうになってぐっと堪える。

 そして、今度はヒルダのほうを向いて、

「もちろんヒルダもだ」

「言われなくも分かってます。マクギラン家の跡取りとしては当然の結果です」

「それだけじゃない。神山での顛末はゼノウから聞き及んでいる。駆け付けてきた勇者たちを相手に大立ち回りしたそうじゃないか。かつての君なら家の名に傷を付けるような行動はしなかったはずだ。だが、今回君は立ち向かった。それは君の中に譲れないものが見つかったからだろう。どうかそれを忘れないでいてほしい」

「そんなこと、い、言われなくも……」

「あれ、ひょっとしてヒルダちゃん、泣いてる?」

「馬鹿っ! そんなわけ、ないでしょ……!」

 ヒルダもまた様々な感情を胸中に抱えながら適性試験に参加していた。彼女としても試験合格は大きな節目になったのだろう。

「じゃあまあ、役者も揃ったことだし、乾杯といきますか」

 スミスが音頭を取って祝いのパーティーが幕を開ける。すでに食べているものいるが。


 パーティーは大盛り上がりで進行し、夜更けに差し掛かり始めた頃。アリーゼがゼノウに声をかけてパーティーを抜け出し、ベランダに向かった。

「ごめんなさい、盛り上がっているところに抜けてもらって」

「それは別に構わないんだが、どうしたんだ改まって」

「ちょっと訊きたいことがあるんです」

 ベランダに出ると、夜風が頬を撫でる。パーティーの喧噪もどこか遠い場所の出来事のようだ。

「ゼノウさんって勇者が嫌いなんですか?」

「ど、どこでそれを……」

「スミスさんがちらっと言っていたのを覚えていて、ずっと気になってたんです。どうして勇者が嫌いなのにわたしに付き合ってくれたんだろうって。教えてくれませんか?」

 真っ直ぐな瞳を向けられて、ゼノウは顔を背ける。それは自分に取って忌ま忌ましい記憶。勇者を嫌うことになった根源。だが、もう乗り越えるときがきたのかもしれない。

「確かに俺は勇者が嫌い……だった。昔勇者たちにひどいことをされてそれから存在そのもの忌み嫌うようになった。それは今でも俺の根底にある。でもアリーゼたちを見て、もう一度勇者を信じてみよう――そう思えるようになった。お前のおかげだ」

 少し恥ずかしそうにゼノウは心中を吐露する。

「そうだったんですか……。ふふ、じゃあわたしはゼノウさんの役に立てたんですね。なんか嬉しいです。……だから、これで最後だと思うと悲しいです」

「最後?」

 予想外の返しにゼノウはきょとんとする。

「だって、ゼノウさんはわたしを適性試験に合格させるために協力してくれたんですよね。だったらもうゼノウさんと関われないなって、そう思って」

 悲しそうな表情を覗かせるアリーゼ。

「勝手に終わりするな。悪いは俺はまだ別れるつもりはないぞ」

「ほ、本当ですか?」

「当たり前だ。俺はまだアリーゼの強さに満足していない。あの人と比べたらまだまだひよっこだ。だから俺は決めたんだ。アリーゼを最高の勇者にする――そう決めた」

「わたしが、最高の勇者に……」

 ゼノウは手を差し出す。

「まだアリーゼと一緒にいていいか?」

 差し出された手をじっと見つめて、そして一回り小さい手を握り返す。

「もちろんです!」

 二人は月下に誓い合う。

「二人ともー。なにこそこそしてるんですかぁ。夜はこれからですよぉー」

 相変わらずのローレヌの間延びした声が二人を呼ぶ。

「みんなが呼んでますね。戻りましょうか」

 そう言ってアリーゼは先にパーティーに戻っていく。

 その背中を見て、不意にゼノウはあの人を幻視する。少し前なら有り得ないと一笑に付していただろう。

「なれるかもな、アリーゼなら」

 ロイエスと語り合ったあの夜となに一つ変わらない月の下、ゼノウはそう強く思う。

「ゼノウさんも早く!」

「ああ、今行く」

 かつて勇者を憎み諦めた青年と、己の目指す勇者像に向かって直向きに突き進む少女。その二人が歩む英雄譚、その一歩はここから始まる。

 最高の勇者に辿り着くその日まで――。

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落第勇者と勇者嫌いの悪魔 moai @moai

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